2023.08.22.
「はやぶさ2#」の旅路から、惑星間塵の分布の検出に成功 ~NASA の探査機が観測して以来約半世紀ぶりの成果~
東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)の津村耕司准教授、関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森 康俊)の松浦周二教授、九州工業大学(福岡県北九州市、学長:三谷 康範)の佐野圭助教、瀧本幸司支援研究員、および、JAXA「はやぶさ2」 ONC チームでつくる研究チームは、小惑星探査機「はやぶさ 2」が 2020 年 12 月 6日の地球帰還後、別の小惑星へ向かう拡張ミッションの航行中に黄道光観測を実施し、内惑星領域における惑星間塵の分布を計測することに成功しました。この成果はSpringer Nature 社の発行する Earth, Planets and Space 誌に、8 月 22 日付で掲載されました。
惑星間塵は太陽系内を浮遊する小さな塵(ダスト)であり、太陽系内に存在する最小の天体です。それらがどこで形成され、太陽系内をどのように移動しながら分布しているのかを探ることは、太陽系の進化史を探る上で重要です。本成果は惑星間空間を航行する「はやぶさ 2」探査機の光学カメラを利用して黄道光を長期間観測する(図1)ことで、地球近傍からの黄道光観測では得られない惑星間塵の分布情報の取得に成功しました。
本研究のポイント
○惑星間空間を航行する「はやぶさ 2」(※1)による黄道光(※2)観測から、太陽系の内惑星領域における惑星間塵(※3)の分布を計測することができた。
○本成果は地球近傍からの黄道光観測では得られない情報であり、惑星間を航行する「はやぶさ 2」を用いたからこそ達成できた。
○1970 年代に NASA の探査機が黄道光を観測して以来、約半世紀ぶりの成果となったが、当時と比べて観測装置の性能は格段に向上しており、解析手法も洗練されている。
概要
黄道光は、我々の住む太陽系内に漂う惑星間塵が太陽光を散乱することで生じる淡い光です(図2)。惑星間塵は太陽系内に存在する最小の天体であり、それがどこで形成され、太陽系内をどのように移動しているのかを黄道光の観測を通して探ることで、惑星や小惑星の研究とは別の側面から太陽系のダイナミックな変化を知ることができます。
本研究では、「はやぶさ 2#」 (「はやぶさ 2」拡張ミッション ※1)において、2021 年から 2022 年にかけて、搭載の光学航法望遠カメラ(ONC-T)により日心距離 0.76 au から 1.06 au (※4) の範囲で黄道光の観測を成功させ(図3)、太陽系の内惑星領域における惑星間塵の分布情報が得られました。今回の観測で地球近傍での惑星間塵の濃度がべき乗則(※5)に従うことが明確に示されました(図4)。観測されたべき指数が示す惑星間塵の濃度は、惑星間塵の太陽への落下のみを考慮した標準的な理論と比べて、太陽に近づくほど予測より濃くなることを示してします。この結果は、惑星間塵の太陽への落下についての新たな物理があるか、地球近傍で惑星間塵が生成されるなどの知られていない天体現象があることを示唆しています。これは地球近傍からの黄道光観測では得られない情報であり、惑星間を航行する「はやぶさ 2」を用いたからこそ達成できた成果です。これは、1970 年代に Pioneer 10 号・11 号と Helios A 号・B 号という NASA の探査機が黄道光を観測して以来、約半世紀ぶりの成果となりましたが、当時と比べて観測装置の性能は格段に向上しており、解析手法も洗練されています。この観測結果はこれらの先達と同様に、太陽系進化の理解にとって必要な惑星間塵の分布と移動を制約する重要な観測結果として、今後長く引用されることになるでしょう。
本成果は「はやぶさ 2 拡張ミッション」における最初の科学成果となりました。従来の惑星探査ミッションの多くでは、探査機が目的の天体に到着するまで、観測装置を温存するのに対して、日本の惑星探査機では「のぞみ」、IKAROS、EQUULEUS など、そのクルージング期間を積極的に利用した「クルージングサイエンス」が長らく実施されてきており、本成果も新たな一例となりました。特に今回は「はやぶさ 2」探査機を、工学的な制約を乗り越えて「惑星間空間を航行する天文台」として活用し、天文観測を実現することで、天文学・惑星科学・宇宙工学の学際的協調という、まさに日本の宇宙科学を象徴する成果を挙げたと言えます。
研究の背景
本研究グループは、「宇宙背景光」の観測を通して、初期宇宙での星形成史を探る研究をかねてよりおこなっています(ロケット実験 CIBER-2 や超小型衛星 VERTECS など)。宇宙背景光観測の最大の不定性要因は、前景の明るい黄道光であるため、その不定性を低減させるために黄道光観測に着手しました。一方で、黄道光自身も、太陽系の構造進化や物質輸送を理解する上で重要な観測対象であり、特にその太陽系内における黄道光の分布は、その観測の難しさから新たな観測結果が求められていました。
黄道光とは、惑星間塵による太陽光の散乱光を視線方向に重ねあわせたものです(図2)。従来の黄道光観測は、地球の公転軌道からの観測が主であったため、「手前」と「奥」で散乱された光が重なってしまい、惑星間塵の空間分布を得ることができませんでした。そのため、塵が太陽系内でどのように分布しているかを理解するには、地球から離れてさまざまな場所から黄道光を調べることが必要です。本研究グループはかねてより「はやぶさ 2」が小惑星に向かう航行中に黄道光を観測できれば、惑星間塵の分布を直接的に検出できると主張し続けており、「はやぶさ 2」が無事に地球へ帰還してメインミッションを終えたのちの「拡張ミッション」にて、その観測を実現させることができました。
研究の社会的貢献および今後の展開
今回の成果は「はやぶさ 2#」における最初の科学成果であり、クルージング観測におけるミニマムサクセスを達成したものであるため、「はやぶさ 2#」の価値をさらに高めることに貢献しました。
この成果を受け、「はやぶさ 2」探査機による黄道光観測(およびより発展的な観測)は今後も引き続き継続され、特に 2028 年に予定されている地球スイングバイ以降は、地球公転軌道の外側(1-1.5 au の範囲)での黄道光観測の実現を目指します。さらに、将来の惑星探査機による黄道光観測も検討されています。
今回の成果は、惑星間塵の研究だけでなく、黄道光に埋もれた遠方の銀河や初期宇宙から来る微弱な宇宙背景光を観測するためにも役に立ちます。本成果のメンバーを含む国際研究チームでは、2023年冬に打上げ予定の NASAロケット実験 CIBER-2や将来の惑星探査機により、黄道光や宇宙背景光をさらに詳しく観測する予定です。
用語解説
※1 小惑星探査機「はやぶさ 2」:
2014 年 12 月 3 日に打ち上げられ、地球に接近する軌道を持つ小惑星リュウグウからのサンプルリターンに成功した小惑星探査機。2020 年 12 月 6 日の地球帰還後は、「はやぶさ 2」拡張ミッション(「はやぶさ2# [シャープ]」)が開始され、2026 年の小惑星2001 CC21 のフライバイ、2027 年、2028 年の 2 回の地球スイングバイを経て、2031年に小惑星 1998 KY26 に到着する予定です。本成果はそのクルージング期間中に得られたものです。
※2 黄道光:
惑星間塵(※3)が太陽光を散乱することによって、黄道に沿った領域がほんのりと光る現象を黄道光と呼びます。地球上でも暗い場所では、日没後や日の出前に黄道光を肉眼で見ることが可能です。
※3 惑星間塵:
太陽系内を漂う塵(ダスト)。小惑星同士の衝突や彗星からの放出などによって宇宙空間に放出されています。惑星間塵は現在も、毎日 100 トンほど地球に降り積もっていると見積もられています。
※4 日心距離
太陽からの距離のこと。単位は一般的に地球と太陽の平均距離に由来する距離の単位である au(天文単位)が用いられる。 1 au = 149,597,870,700 m (約 1 億 5000 万 km)
※5 べき乗則
ある観測量が別の観測量のべき乗に比例する関係。物理法則をはじめ、多くの自然現象や社会現象はべき乗則で記述できます。本研究では、惑星間塵の個数密度 n が太陽からの距離 r のべき乗則に従う、つまり n(r)∝r-α(αをべき指数という)の関係がなりたつことを示し、べき指数を正確に決めることができました。
(関西学院大学)「はやぶさ2」の旅路から、太陽系内のダスト分布の検出に成功PDFリンク
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