(国研)科学技術振興機構(JST)が運営している競争的研究資金制度に「さきがけ」がある。社会・経済ニーズに沿って作成された国の戦略目標の実現に向け、ハイレベルな基礎研究が採択される。研究期間3年半を目途に、総額3,000万円~4,000万円の研究費が措置され、個人型研究としては大きな予算の獲得が見込まれる。関西学院大学では2017年度に理工学部化学科の田中大輔准教授が採択され、研究を実施している。その研究課題のキーワードは先進的な材料開発とAI。それが拓く未来への可能性はもちろん、現在の研究課題に至る発想や基礎となった経験について田中准教授にお話を伺った。

金属-有機構造体(Metal Organic Frameworks : MOF)との出会い                                     

―あらためて田中先生の研究について教えてください。

 端的に言えば「材料開発」です。その中でも金属イオンと架橋配位子形成される金属-有機構造体(Metal Organic Frameworks : MOF)に注目しています。
 MOFは金属イオンと有機分子(=配位子)が周期的に組み合わさった構造を持つ材料です。特徴としては①構造の中に小さな穴がある「多孔質」であること②有機物と無機物の両方の性質を併せ持つというものです。
 例えばその穴の大きさを利用して、原油の中のある成分だけしか通さないフィルターを作る、という可能性が考えられます。原油の精製は蒸留過程がありますから、化石燃料に熱を加えて分離したのちに冷却する、一度温めてまた元の温度に戻すという、非常に無駄なエネルギー消費が生じます。これを特殊なMOF材料を通して分離させる形にすれば、熱エネルギーの消費が不要な、よりエコな原油精製プロセスが実現するかもしれません。
また、MOFは金属と配位子の組み合わせ次第で、理論的には膨大な種類を創り出すことが可能です。これが新材料として注目される所以です。一説には2万種類以上の化合物が報告されているとも言われています。

―MOFとの出会いを教えてください。

 私が大学院で学位を取得するまで在籍していたのは、京都大学の北川進教授の研究室でした。研究室に配属された当時、私は有機EL材料の合成をテーマにしていたのですが、そのころから北川先生のMOFに関する研究が急速に注目を集めます。その中で、研究室での私の役割が変わってきた感じです。そこから2008年にドイツのアーヘン工科大学に研究員として行くまで、MOF研究の世界的な盛り上がりの中心地である北川研究室に身を置けたのは貴重な経験だと感じています。

―所属している研究室が急速に世の注目を受けるというのはどのような感じなのでしょうか。

 まず、研究室に所属している研究員が増えました。6年で4倍くらいに膨れ上がったのではないでしょうか?学生からの人気も私が配属されたときに比べて、卒業時には非常に高くなっていましたし、これだけで体感的な雰囲気が変わりますね。すごく活動が活性化していくイメージです。また、研究室で手掛けた研究成果、要するに論文ですが、これが著名なジャーナルにどんどんアクセプトされていく。これには驚きました。それと競争的な外部研究資金の獲得ですね。JSTのERATOをはじめ、大きなプロジェクトを実施し、そこで装置が充実していく、また雇用原資の獲得を通じて研究員が増える。私が学位をとって卒業した年の前後はそんな状況でした。

―その後、アーヘン工科大学に研究員として移籍しますが、どのような研究をされたのでしょうか。

 北川研究室の雰囲気というか、海外で腕試しをするぞというのが当たり前のような感じがありました。そこで揉まれる、鍛えられるということが重要視されていたと理解しています。私もその流れに乗る形でドイツに行きました。ただ、研究としては一旦、MOFから少しだけ距離を置こうかなと考えました。アーヘン工科大学には2年いたのですが、バイオポリマーや界面化学のテーマを扱っていました。所属していた研究室のボスが非常に理解のある方で、かなり自由にやらせてもらいました。今でも時々連絡を取りますが、本当に感謝しています。

種を撒くことの重要性                                                                                                     

―現在採択されている「さきがけ」についてお話をお聞かせください。

  「さきがけ」にはドイツから帰国して以降、毎年応募していました。やはりブランド力のある競争的研究資金です。これまで採択された方々を見ても、実力に定評のある研究者が多い。また、テーマ型とはいえ、個人研究で大きな研究資金を得ることが可能というのも魅力です。ただ、申請は上手くいかなかった。何度も落ちましたね。初めて応募した時に面接に呼んで頂いたのですが、その後は書類で落選する年が続きました。その過程で、自分の予想に反して科研費での不採択という経験もあり、本気度も上がって応募を重ねていきました。

―採択に際し、何か転機があったのでしょうか。

マテリアルインフォマティクスといって、材料研究に情報科学の要素を組み入れる。これが、私が採択された「さきがけ」の領域です。この領域特性に私がやっていることがマッチしたという手ごたえがありました。
私が「さきがけ」の研究課題で実施していることを具体的に説明すると、MOFの合成条件に関してAIを活用しながら探索していく点に特徴があります。MOFは2万種類にのぼる化合物を造ることができるという長所がある一方で、市販され、広い分野で有用性が十分に研究されているものは10種類程度なのではないかと思います。どういったMOFが、目指す材料特性に合うのかという点を効率的に探索していくことは、MOF研究の重要なテーマです。ハイスループット合成という、機械が高速且つ効率的に合成を行うシステムがあります。これと機械学習を組み合わせて、人間の手の限界を超えていこうというのが私の「さきがけ」課題での目的です。関西学院大学に赴任した翌年の応募で面接に呼んで頂き、その年は残念ながら不採択でしたが、そこで「ターゲットを明確に」という指摘があり、その指摘を踏まえた再応募で2017年度に採択して頂きました。具体的には、「塗布型太陽電池」に適した物性を持つMOFの合成基盤技術の確立を目標に掲げています。

―MOFの合成基盤技術にAIの要素を組み入れる発想はどのように生まれたのでしょうか。

 もちろん、マテリアルインフォマティクスの先行研究の存在があります。ただ、「さきがけ」課題における私個人の発想の変遷ということであれば、やはり他領域の研究成果や技術を勉強したり、実際に試したりする中で発想が形になったと思います。アーヘン工科大学時代もそうでしたが「少し違う事をやってみる」ということに抵抗があまり無いのかもしれません。複数撒いた種のうちの何個かが、「さきがけ」の面接での指摘に対応するための材料として芽吹いたというイメージです。学内では理工学部情報科学科の猪口明博准教授にAI・機械学習のことを教えて頂いたことや、同じく理工学部先進エネルギーナノ工学科の吉川浩史准教授(取材当時の職)とリチウムイオン電池の共同研究をさせていただいたことをはじめ、多くの方から異分野の研究について学ばせていただきました。

今後の展望について                                                                                                       

―「さきがけ」課題の実施期間終了も見えてきました。現在地と今後の展望をお聞かせください。

「さきがけ」課題の研究は当初予想していたよりも順調に進んでいると感じています。ただ、長い目で見てどういう方向性で研究を進めるか、という点では岐路に立っているとも感じています。私なりのMOF合成基盤技術の確立というのは当面の目標ですが、どういう方向性で発展させていくべきか、という点で悩んでいますね。一つの方向性としては、AIに様々な合成結果をどんどん学習させていくというものです。それには、とにかく量をこなしていかなければいけません。AIを用いて合成をスマートに行う、という観点からするとやや逆説的にも思えますが、イギリスの研究グループなどは、ここに大きな人的・資金的パワーを投入して、ロボット化を進めています。要するに、ジャブジャブ人とお金をつぎ込んで大量のデータを学習させていく。それで量的なアドバンテージを取るためのノウハウを相当蓄積しています。国内の大きな活動規模の大学でも、少なくとも私の分野では、この方向性では完全に後れを取っているように感じます。
 一つの選択肢としてこの道を進むというのはあります。ただ、こういう激しい国際競争に私の研究室が直球で参入していくにはどうすればよいのか、というのはかなり悩ましい問題です。私の立ち位置を考えると、パワーや物量ではなく、もっとアイディアで勝負する道を選んだ方が良いのではないかとも考えています。科研費や「さきがけ」課題の採択で、研究装置・設備が充実してきました。当面はこの環境の中で研究を進めていきますが、その後の道筋というのは慎重に考え、選択していかなくてはいけません。

―最後に、実用化という観点での将来展望をお聞かせください。

 もちろん「さきがけ」課題で塗布型太陽電池というターゲットを据えていますので、実用化を強く意識しています。ただ、現時点で「良い太陽電池をつくろう」という方向に舵を切ることができるかというと難しい。まだ、その可能性を持つMOF材料を探索するための研究というフェーズです。ここをきちんと仕上げていくことが重要だと考えています。MOFの材料研究の状況を考えてみると、できた材料を評価する、実際に使ってみる研究者の層が厚くなっています。私の場合、それを提供する側に立っていると認識しています。

―今日はありがとうございました。

取材日:2020年11月24日

【「とびら」~未来を拓く知の創造~】 関西学院大学 准教授 田中大輔 研究紹介 2018年4月4日公開

Profile                                                                                                                     

田中 大輔(たなか だいすけ) 理工学部 化学科 准教授

2008年に京都大学大学院工学研究科博士後期課程を修了。ドイツアーヘン工科大学博士研究員、大阪大学理学研究科助教などを経て、2015年4月より関西学院大学理工学部准教授に就任。金属錯体の合成、表面・界面物性に関する研究が専門。

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