2018.03.28.
「昆虫社会に見られる警察行動の進化理論予測の検証」

 関西学院大学理工学部の下地 博之助教、千葉大学理学部の菊地 友則准教授、国立環境研究所の大西 一志 研究員、富山大学理学物の菊田 典嗣 氏、琉球大学農学部の辻 和希教授の研究グループは、昆虫社会で協力行動が維持されるメカニズムに関する理論を実証しました。アリなどの社会性昆虫では、女王が産卵し働きアリが産卵せずに働くが、この働きアリの利他的行動は、実は働きアリが互いに働くように監視することで成立している事が近年わかってきました。沖縄に棲むアリの一種のトゲオオハリアリでも、働きアリが利己的に産卵すると他の働きアリが卵を破壊して「取り締まり」ます。下地助教らは、この取り締まり行動が社会(コロニー)の成長段階に応じて変化し、まだ社会が小さく働きアリの利己的行動の社会全体へのダメージが大きい時により厳しく罰せられることを明らかにしました。この結果は長らく未検証だった進化ゲーム理論の予測と一致します。この研究成果は3月28日0時(英国時間)に英国王立協会紀要に掲載された。

ポイント

・アリなどの社会性昆虫では、女王が産卵を担当し、働きアリは育児や採餌などの繁殖以外の仕事を行う。しかし実は多くの種で働きアリは産卵能力を持つ。にもかかわらず産卵しないのは、近年の昆虫学が明らかにしたことによれば、それは利己的行動(自己産卵)をしないよう他の働きアリに取り締まりを受けているからである。

・従来このような取り締まり行動の発現には働きアリ間の血縁関係が重要とされてきたが、それでは説明できない実証例も沢山あることから、総研大の大槻久准教授と辻教授は、取り締まり行動の進化条件を予測する一般理論を2009年に提出していた。

・この理論は、取り締まりの強さは利己的行動の社会の成長への悪影響の強さで決まり、影響の大きい社会がまだ若く小さいときに取り締まりはより強く起こり、社会が十分成長すると取り締まり行動は弱まり、働きアリが利己的に繁殖し始める事を予測していた。

・下地助教らのこの研究はトゲオオハリアリでは上記予測がすべて的中することを行動実験と遺伝子解析で突き止めた。

・本研究の結果は、利己的行動の社会全体に及ぼす不利益が、メンバーに協力を促す相互取り締まり行動の進化の原動力であるとする長年未検証だった理論予測を実証したものであり、昆虫社会の進化の理解を深めるものである。

1.研究の背景と経緯

 アリやミツバチなどのハチ目昆虫は、真社会性昆虫と呼ばれ女王とワーカー(働きアリ、働きバチ)が繁殖に関する分業をすることで社会を形成しています。しかしながら、多くの種でワーカーも卵巣を持ち、交尾を必要としない単為生殖によって次世代であるオスを産むことができます。このような状況下で繁殖に関する分業がいかに維持されているのでしょうか。現代の昆虫学が発見したことによれば、それはワーカーは産卵しない様お互いに取り締まっているからであることが、多くの先行研究より明らかになってきました。取り締まり行動の進化的要因については血縁度の理論から説明がされてきましたが、それでは説明できない現象が多く観察された事から、Ohtsuki & Tsuji (2009) は生活史戦略という考えをとりいれることで説明を試みました。例えば、個体が産まれてすぐには子供を作らず、十分に成長したときに繁殖を開始するように、「超個体」であるアリの社会も、社会がまだ小さく成長段階のときには労働力であるワーカーだけを生産し、社会が十分大きくなったあとで次世代である翅アリを生産するのが社会全体の翅アリ世生産数を最大化させる事が知られています。このモデルは、個々の個体が次世代に残す遺伝子を最大化すべく利己的に競争する状況でも「超個体」全体のパフォーマンスが重要となることを明らかにしました。つまり、社会の成長段階におけるワーカーの利己的繁殖は「超個体」の労働力を低下させ、結果として成熟段階で生産される次世代の翅アリの生産数を低下させるため、社会全体に不利益がもたらされることを示しました。従って、成長段階にあるコロニーでワーカーの利己的産卵は強く相互取り締まりを受けると予測しました。一方で、十分成長した社会では取り締まりはゆるみ、ワーカーによるオス生産が生じると予測しました。この仮説は、従来の取り締まり行動の進化理論に新しい視点から切り込んだものであり、実際の生物での検証が期待されていました。

2.研究成果

 日本産トゲオオハリアリは沖縄本島に生息し、1匹のオスと交尾した1匹の女王と複数のワーカーによって社会を形成しています。また、ワーカーの数が100以上になると生殖虫である翅アリを生産する事から、成長段階と成熟段階が明瞭に現れる事が分かっています。これらはOhtsuki & Tsuji (2009) モデルの仮定によく合った社会の構造を示しています。本種を用いて成長および成熟段階にある社会で取り締まり行動(図1a,b)を観察してその強度を測定しました。その結果、成長段階では強い取り締まり行動が起こる一方で、成熟段階ではその強度が弱くなる事がわかりました(図1c)。また、遺伝子解析の結果、成熟段階ではワーカー由来のオスが産まれる事が明らかになりました。これらの結果はモデルの予測を強く支持するものであり、取り締まり行動の進化的要因がワーカー繁殖がもたらす社会全体への不利益である事を示唆します。

3.今後の期待

 本研究で明らかになった取り締まり行動の社会の成長段階依存性は、従来考えられてきた社会の大きさを考慮しない、いわば静的な状況を仮定した理論からは予測されないものです。今後は変動する社会においてどのように社会が維持されているのか更に研究が進む事が考えられます。本研究で用いたトゲオオハリアリは、アリ種の祖先的な形質を持ち、分子レベルから生態レベルまで多くの知見が蓄積されています。今後は本種を用いて分野横断的に知見を組み合わせて研究を行う事で、昆虫社会の進化メカニズムに迫っていきたいと考えています。

図1.取り締まり行動の様子と取り締まり行動の成長段階依存性
(a) 産卵を試みる個体を複数の個体が羽交い締めにする。
(b) 産卵された卵を奪って破壊する。
(c) 小さな社会では取 り締まりが厳しく、大きな社会ではそれが弱まりワーカー繁殖が起こる。

参考文献: Ohtsuki and Tsuji (2009) Adaptive colonial reproduction schedule as a cause of worker policing in social Hymenoptera: a dynamic game analysis. The American Naturalist 173, 747-758

本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費 (11J03715) および科研費(15H04425,15H02652,26249024, 21247006) のもとに行われました。

※辻和希はペンネームで本名は辻瑞樹 (つじ みずき)

【論文タイトル】

原題: Social enforcement depending on the stage of colony growth in an ant

【タイトル和訳】

社会の成長段階に依存的に変化する社会的強制力

【著者名】

Hiroyuki Shimoji, Tomonori Kikuchi, Hitoshi Ohnishi, Noritsugu Kikuta, Kazuki Tsuji

問い合わせ先

■TEL: 0798-54-6017 (広報室)
■関西学院大学 理工学部 生命科学科 下地 博之 助教
 Email: shimojih@kwansei.ac.jp
 TEL: 079-565-7857
■琉球大学農学部 辻 瑞樹 教授              
 Email: tsujik@agr.u-ryukyu.ac.jp              
 TEL: 098-895-8797