2024.01.10.
超高速充放電二次電池のための新しい正極構造構築に成功 ~災害に強く持続可能な社会に貢献する金属亜鉛エネルギーサイクル構築へ~

論文誌の表紙絵

論文誌の表紙絵

【本件のポイント】
●新しい正極構造の構築成功により超高速で充放電可能な二次電池への道が拓かれた。(特許出願・論文発表)
●災害に強く安全性の高い金属亜鉛を負極とすることが特徴。
●瞬間的に大きな電気エネルギーが必要な車載電源やドローン等への軽量電源応用に向けた研究の加速が期待される。

【概要】
山形大学理学部の石﨑学講師・栗原正人教授、関西学院大学工学部の吉川浩史教授らの研究グループは、一般に広く知られる顔料であるプルシアンブルーの類似体ナノ粒子を活物質、単層カーボンナノチューブを導電助剤とした新しい正極構造の構築に成功した。電解質イオン(Na+やK+)と電子が迅速に移動することで、10秒以下の超高速で充電/放電する二次電池への道が拓かれた。特に、負極に大気中で発火の危険性がある金属LiやNaではなく、安全に扱え、高い起電力が得られる金属亜鉛(Zn)を用いることを特徴とする。亜鉛は供給面で地政学的リスクが低く安価で毒性がないため、地震災害が多発する我が国においても、これを蓄積・保管することで、どこでも電気に再生できる。風力・太陽電池等の間欠的に生じる自然エネルギーを短時間で効率よく充電し利用できる超高速充放電二次電池による「金属亜鉛エネルギーサイクル」の構築は我が国において喫緊の課題といえる。本成果の一部は、山形大学理学部の松井淳教授・安東秀峰講師との共著で、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行するJournal of Materials Chemistry A (Impact Factor : 11.9) に掲載された。採用された表紙絵のように、電気自動車やドローン等への軽量・ハイパワー二次電池の他に、大型電源、非常用電源としての開発も期待される。

【背景】
化石燃料に代わる電気エネルギー消費の増加とともに、電力の平準化のための二次電池の多様化が加速している。また、風力や太陽光など自然エネルギーから得られる大電力は間欠的であるため、これを迅速に効率良く充電し、必要な時に迅速に電力供給する高速充放電二次電池の開発が世界競争になっている。特に、地震災害の多い日本では、送電線分断時に安全に運搬可能な大容量二次電池が不可欠である。平時において、Liイオン二次電池は有用である一方で、金属状態のLiは供給面で地政学的リスクが高く、発火など低安全性が問題視される。その代替として、金属亜鉛(Zn)を負極としたイオン二次電池が注目されている。金属Znは金属LiやNaよりも大きな体積エネルギー容量(mAh cm-3)があり、大気中や水に触れて発火することがなく安全に扱えるため、大災害を想定した電気エネルギー源としてその貯蔵性に優れている。こうした背景において、高速充放電Znイオン二次電池の開発で、正極性能に大きなブレークスルーが求められてきた。例えば、基礎研究であっても、容量を維持しながら10 C、さらには100C以上(充電または放電時間36秒以下)の超高速性能を達成する正極構造の開発は困難を極めている。超高速充放電可能なZnイオン二次電池の正極開発は、今後の我が国の安全・安定なエネルギーサイクル社会を支える基礎技術となる。

図1 プルシアンブルー類似体(PBA)の構造と、複合イオン電解液を用いたZnイオン二次電池の駆動モデル。

【研究手法・研究成果】
本研究では、正極には多孔性配位高分子であるプルシアンブルー類似体(PBA)ナノ粒子(NP)と単層カーボンナノチューブ(SWNT)を含む複合電極、負極には金属Znを用いるイオン二次電池(図1)の超高速充放電化に成功した。正極では、無尽蔵に存在するNa+の脱挿入が、負極では亜鉛イオン(Zn2+)と金属Znの溶解析出反応を利用するため、2種の陽イオンを含む複合イオン電解液を用いた。一般的な電極は、活物質と炭素粒子系導電助剤、バインダーを混錬したペーストを電極に塗布して作製される。この手法では、活物質が凝集し、電解質イオンの高速伝導経路が構築できない(図2a)。本手法ではPBA NPに導電助剤として微量のSWNTを用いて、それら材料の分散液を混合・濾過することでバインダーフリー電極を作製した。その構造では、SWNTが個々のPBA NPを連結・電気伝導パスを形成し、これらを独立して機能させるとともに、個々のナノ粒子間にナノ細孔が生じ、電解質溶液を満たすことで、電解質イオンがストレスなく移動できる (図2b)。掲載された論文では、植物の根(Root)-土(Sand)-水(Water)に模して、その頭文字からRSW構造と称した。

図2. (a)既存法で作製した正極および(b)本研究で作製した正極の電子顕微鏡像および構造モデル。(b)の正極は、PBA NPが独立してSWNTに接することで電子の伝導経路を有する。また、ナノ粒子間のナノ細孔が迅速な電解質イオン移動(拡散)を可能としている。

RSW電極を正極としたZn-Naイオン二次電池は、従来の正極を用いた場合よりも高速充放電が可能になった。希少金属を使用しない安価なZnと鉄(Fe)イオンからなるPBA(ZnPBA)は、充放電時にFeの酸化数変化および電荷補償のためのNa+の脱挿入による構造変化が殆どない。よって、充放電時の構造変化ストレスを抑制されることで、超高速充放電が実現した。図3aにZnPBAを含むRSW電極の充放電曲線を示す。1000 C(充電または放電時間3.6秒)であっても、明瞭なプラトー領域があり、ZnPBA NPと亜鉛電極間での超高速な酸化還元を示している。更に、少なくとも15万回の充放電の繰り返し後もRSW電極の構造は壊れることなく電池性能を維持した(図3b)。RSW電極は、イオン二次電池由来の高いエネルギー密度(Wh kg-1)とキャパシタ電池に匹敵する大きな出力密度(W kg-1)の両方の特徴を併せ持つ新たな電池機能を発揮した。本研究によって、活物質の性能を最大限に引き出すRSW構造の発見により、金属Znを負極とする超高速充放電可能な安価/高安定/高安全な二次電池開発への道が拓けた。

図3. (a)ZnPBAを含むRSW電極の充放電特性(Cレート依存性)と、(b)耐久性試験結果。 耐久性試験は400 C(充電・放電時間9秒)で15万回の充放電を繰り返した。
 

【今後の展望】
RSW電極の活物質はPBAに限定されず、研究が盛んに進められている他の活物質にも有効である(特許出願:PCT/JP2022/032132)。従来の正極構造によって制限されていた見かけの電池性能ではなく、基礎研究においても、今後、真の電池機能解明に向けて新たな展開が期待され、同時に、産業化に向けたプロトタイプ二次電池開発を進めていく予定である。単位面積当たりの活物質量の増大、その作製プロセスの簡素化など、新たな産官学の連携を構築し、車載、大型ロボット、ドローン用ハイパワー二次電池など駆動用電源の他に、大規模な非常用電源等、その用途の可能性について意見交換を行いながら、持続可能な社会に貢献する基盤技術として「金属亜鉛エネルギーサイクルの構築」を目指す。

発表雑誌
雑誌名: Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル: High-density cathode structure of independently acting Prussian-blue-analog nanoparticles: a high-power Zn–Na-ion battery discharging ∼200 mA cm−2 at 1000 C
著者: Yuta Asahina, Ryo Terashima, Manabu Ishizaki,* Hideo Ando, Jun Matsui, Hirofumi Yoshikawa and Masato Kurihara*. *は責任著者
発行年, 号, ページ番号: 2023, 11 , 26452-26464
DOI: 10.1039/D3TA05143A

特許
PCT/JP2022/032132 発明者;石﨑学・栗原正人,出願人;山形大学.

※用語解説 
1.正極構造:充電時に電子を放出し、放電時にその逆の動作をする電極。一般的には、活物質と炭素粒子導電助剤、バインダーを混錬し金属箔(集電材)に塗布して作製されるため、活物質および炭素粒子が凝集した電極構造を示す。本研究の正極は、凝集を防ぐ独自の技術を利用して、活物質ナノ粒子が独立した状態を保持している。
2.二次電池:充電することで繰り返し利用できる電池。
3.プルシアンブルー:鉄イオンとシアニド基が交互に連続した基本骨格を有する三次元多孔性結晶。歴史的に知られる安価で毒性の無い青色の顔料(江戸時代に浮世絵で使用)。鉄を他の金属元素に置換した類似体も工業的に大量生産できる。金属原子が酸化還元活性を示すとともにNa+やK+などがナノ細孔を介して脱挿入する。
4.Cレート:充放電速度を表す指標。1 Cは1時間に1回の充電/放電が可能。1000 Cでは3.6秒の超高速で充電/放電する。
5.多孔性配位高分子:金属イオンと有機分子(配位子)が連続して結合を形成し、その結晶構造において微細な細孔(ナノメートルサイズ)を有する材料。
6.カーボンナノチューブ:炭素の同素体。炭素原子の六員環構造を基本骨格とするチューブ状構造(1枚のグラファイトを丸めた筒状構造でその直径がナノメートルサイズ、長さはミクロメートルを超える繊維状)。高い電気伝導性・熱伝導性を示し、化学的・熱的に高安定な材料。
7.バインダーフリー電極:一般的な電極では、活物質と導電助剤粒子を接着するため有機高分子等のバインダー(接着剤)が添加される。一方で、絶縁性バインダーは、電子伝導やイオンの拡散を低下させるため、本研究ではカーボンナノチューブが活物質ナノ粒子と絡みあった構造を形成することで、電極構造の安定化を図り、バインダーを用いない(バインダーフリー)電極の作製に成功した。
8.酸化数変化:活物質を介して電子の貯蔵/放出するため金属原子の酸化還元反応を利用する。電子を貯蔵するため金属原子の酸化数が低下する(還元)。電子を放出する際はその逆反応が起こる(酸化)。
9.電荷補償:二次電池は、活物質に含まれる金属原子の酸化還元反応によって電子を貯蔵/放出する。それによって生じる負/正電荷を電気的中性に保つ(電荷補償)ため、陽イオンが活物質に脱挿入される。電極内でこの陽イオンの拡散が遅いと高速で充放電ができなくなる。図2(b)のRSW構造はこのイオン拡散が迅速化する。
10.プラトー領域:充放電評価の際に、電池容量の変化に対して電圧が一定になる領域。活物質の酸化還元による電力の貯蔵を意味し、安定な出力に不可欠である。
11.キャパシタ:電極または活物質表面へのイオン等の電荷勾配形成(電圧変化)により電力を貯蔵する。二次電池に比べて高速で蓄電/放電可能だが、その電力は小さく、自己放電により長期間の充電保持が難しい。
12.エネルギー密度:単位質量あたり、または単位体積あたりのエネルギー貯蔵量。値が高い方が、多くの電力を貯蔵でき、小型の電池作製に有利になる。単位は、Wh kg-1またはWh L-1。
13.出力密度:単位質量あたり、または単位体積あたりのエネルギー出力量。値が大きくなるほど、瞬間的に大きなエネルギーを出力可能になる。単位は、W kg-1またはW L-1。