2023.12.18.
光触媒を用いるカルボン酸の新変換技術を開発

医薬や農薬の開発加速に貢献

関西学院大学理学部の村上慧准教授と榊原陽太博士は、原料となる一つのカルボン酸から、複数の異なる化合物をそれぞれ狙いどおりに合成できる新技術を開発しました。鍵となったのは光触媒。今回、村上准教授らが見いだした光触媒を用いた反応は温和な反応条件で行うことができるため、分子内に様々な官能基を含むカルボン酸について適用することができます。これにより様々な構造をもつ分子を合成することが可能になりました。さらに、今回見いだされた合成方法は、迅速に異なる化合物を複数合成できることから、効率的に多種多様な有機化合物を取得したいといったケースに有用です。具体的には、医薬や農薬の開発における化合物スクリーニング段階への適用が考えられ、今回開発したカルボン酸の変換技術が研究開発を加速することが期待できます。

本研究成果は12月17日に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

ポイント

・カルボン酸は、有機化合物の中で最も代表的な酸性の化合物です。様々な構造を有するものが知られており、多くの天然物(例えば、クエン酸/柑橘系果実)や食品(例えば、酢酸/酢、酒石酸/ワインの渋味、乳酸/ヨーグルトや乳酸菌飲料の味、コハク酸/日本酒の旨味成分など)などにも含まれています。本研究では、カルボン酸のカルボキシ基を変換する新技術を開発し、カルボン酸を用いる分子合成に新たな選択肢を提示しました。
・従来のカルボン酸変換技術としては、電気化学による反応が知られていますが、強い酸化条件を伴うため、変換に用いることができる原料化合物に制限がありました。これに対して新技術では、光触媒を用いた温和な条件で反応を行うことが可能となり、様々な構造を有する化合物を合成できます。
・今回、最適となる光触媒を探索するとともに、選択された光触媒の性質と得られる生成物との相関を明らかにしました。これにより、原料となる一つのカルボン酸から、複数の異なる化合物をそれぞれ狙いどおりに合成することを可能にしました。
・医薬や農薬の分野における新しい開発候補化合物の選定プロセスでは、短期間で多様な分子合成が求められます。今回、村上准教授らが開発した新たな合成手法は、医薬や農薬の分野における化合物スクリーニング段階において効果的であり、研究開発を加速することが期待できます。

研究の経緯

従来のカルボン酸変換技術の代表例として、電気化学によるKolbe法(1847年)とHofer–Moest法(1902年)が知られていますが、これらの反応を用いた場合、強い酸化条件が必要であるため、合成できる分子に制限がありました。村上准教授は、2015年から光触媒を用いる反応開発の研究を行っており、カルボン酸を用いる有機合成反応を開発してきました。例えば、これまでにカルボン酸の脱炭酸によるアミノ化や酸化反応を発表してきました。一連の研究の途中で、用いる光触媒によって生成物が作り分けられることを榊原博士と発見しました。この現象の発見から、電気化学的な反応が光触媒で代替できることを着想し研究を進め、このたび実現することができました。

研究成果

今回、新たに見いだした光触媒を用いた技術は、反応条件が温和であるため、分子内にカルボキシ基以外の官能基が含まれている場合でも、これらの官能基に影響を及ぼすことなくカルボキシ基のみを変換することができます。そのため、分子内に様々な官能基を有する分子でも原料化合物として用いることができます。また、光触媒の性質と変換により得られる生成物の相関を明らかにしました。これにより、目的にあった光触媒を選択することで、原料となる一つのカルボン酸から、狙いどおりに複数の異なる化合物を合成することを可能にしました。

医薬や農薬分野の研究開発での有用性が期待

医薬や農薬の開発では、新しい様々な分子合成が必要となります。開発の初期過程ではまず多様な構造を有する化合物を評価し、シード化合物を見つけ出します。その後さらなる活性を有する化合物を見いだすために、シード化合物と類似した構造を有する周辺誘導体を多数合成して評価し、最適な化合物を新規開発候補化合物として選定します。
今回、村上准教授らが開発した新技術は、開発候補化合物の選定プロセスにおいて有用な手法を提供し、医薬や農薬における研究開発を加速できるものと期待されます。加えて、本変換技術は、既存の手法に比べて経済的であるため、医農薬分野の研究開発プロセスにおける基盤技術のひとつとして、幅広く用いられることが期待されます。

論文情報

掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル: Switchable Decarboxylation by Energy- or Electron-Transfer Photocatalysis
著者: Yota Sakakibara, Kenichiro Itami, Kei Murakami (榊原陽太、伊丹健一郎、村上慧)
DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.3c11588

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