2022.08.23.
(共同発表)最先端の永久磁石材料内部の微小磁石の振舞いを3次元で透視

超高性能磁石開発に向けた保磁力メカニズム解明に一歩前進

■発表のポイント
・永久磁石の性能を表す指標である保磁力(注1)について、その発現メカニズムは長年の未解決問題である。
・放射光を用いた磁気トモグラフィー(磁気CT(注2))法により、高性能な永久磁石内部の微小磁石の外部磁場に対する振舞いを3次元的に可視化することに世界で初めて成功した。
・本成果により、表面欠陥(注3)の影響を受けない真の保磁力メカニズム解明、ならびに次世代の超高性能磁石開発につながると期待される。

■概要
永久磁石は、電気自動車の駆動用モータ、エアコンのコンプレッサー用モータ、風力発電などに不可欠な材料であり、2050年カーボンニュートラル実現のために更なる高性能化が望まれています。
永久磁石の性能を表す指標として保磁力がありますが、その発現メカニズムの解明は長年の未解決課題となっています。
保磁力メカニズム解明のための最も直接的な手段は、磁石内部に存在する磁区構造(数マイクロメートル以下の微細なS極とN極の分布であり、微小磁石に相当)を観測することです。
しかし、これまでの手法では材料表面の観察しか行えなかったため、得られる磁区画像は表面欠陥層等の影響を大きく受けたものでした。
 今回、東北大学多元物質科学研究所岡本聡 教授、関西学院大学鈴木基寛 教授らの研究グループは、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター、高輝度光科学研究センター、物質・材料研究機構、大同特殊鋼株式会社と共同で、大型放射光施設SPring-8(注4)で開発された硬X線磁気トモグラフィー(磁気CT)法を用いて、先端永久磁石材料内部の磁区構造の外部磁場に対する振舞いを3次元的に可視化することに成功しました。
本手法によりこれまで不可能であった表面欠陥の影響を受けない真の保磁力メカニズムの解明、ならびに更なる高性能永久磁石の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、Springer Nature社刊行のオープンアクセス科学ジャーナル『NPG Asia Materials』(8月19日付)にオンライン公開されました。

■研究の背景
 2050年カーボンニュートラルの実現に向けて様々な分野で技術革新が強く求められています。高性能の永久磁石は、電気自動車の駆動用モータ、エアコンのコンプレッサー用モータ、風力発電など、環境・省エネ技術に不可欠な重要材料として広く活用されており、より一層の高性能化が期待されています。一般に磁性材料は磁場を加えた際に磁化(S極とN極の向きに相当)の変化が追従しづらい磁気ヒステリシス(注5)という現象を示します。永久磁石は、この磁気ヒステリシスが特に大きい性質を利用する材料です。磁気ヒステリシスの過程において磁化が反転します。途中の磁化がゼロとなる点(磁石内部でS極とN極が釣り合った状態)は保磁力と呼ばれ、高性能かつ強力な永久磁石材料ほど高い値を示します。
 このように保磁力は永久磁石の最も基本的かつ重要な指標ですが、100年以上の歴史をもつ研究において保磁力メカニズムは未解明の問題でした。永久磁石材料の内部では、磁区と呼ばれる数マイクロメートル以下の微細なS極とN極の分布(微小磁石に相当)があり、外部磁場を印加して磁気ヒステリシスに対する磁区構造の変化を観察することが、保磁力メカニズム解明に向けた最も直接的なアプローチと言えます。そのため、古くから数多くの磁区観察に関する研究がなされてきましたが、未だに保磁力メカニズムの解明には至っていません。その大きな理由は、従来の磁区観察手法は磁石表面の磁区構造しか観測することが出来ず、磁石表面の欠陥層等の影響を強く受けたものだったためです。
 本成果により、表面欠陥(注3)の影響を受けない真の保磁力メカニズム解明、ならびに次世代の超高性能磁石開発につながると期待される。

■研究の内容
東北大学多元物質科学研究所、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター、関西学院大学、高輝度光科学研究センター、物質・材料研究機構、大同特殊鋼株式会社からなる研究チームは、大型放射光施設SPring-8で開発された硬X線磁気トモグラフィー(磁気CT)法を用いることで、先端永久磁石材料の磁気ヒステリシスに対応する磁石内部の磁区構造の変化を3次元で可視化することに挑戦しました。今回用いた試料は、大同特殊鋼が開発した最先端のネオジム焼結磁石(注6)です。この材料では保磁力を高めるため、結晶粒子サイズが約1マイクロメートルと、一般的なネオジム焼結磁石の約1/5程度にまで微細化されています。さらにTb-Cu合金を用いた粒界拡散処理(注7)を施しています。その結果、保磁力が一般的なネオジム磁石の約2倍の2.7テスラに達する超強力磁石が得られています。この磁石試料を集束イオンビームにより図1に示すように一辺が18マイクロメートルの角柱形状に加工し、SPring-8硬X線ビームラインBL39XUに持ち込んで磁気CT測定を実施しました。一般的なX線CTスキャンと同様に、試料を回転させながら磁気情報に関する2次元投影像を取得し、再構成計算により3次元の磁区構造を得ました。さらに、集束イオンビームを備えた走査型電子顕微鏡(注8)を用い、同じ試料の3次元の微細組織像(結晶粒子とそれを囲む物質からなる組織構造)を取得し、同一視野領域に対する磁区構造と微細組織像の3次元像を得ることに成功しました(図2上段)。これにより、磁区構造の変化と微細組織との対応を詳細に調べることが可能となりました。磁場を変えながら順次、本測定を行うことで、磁石内部の磁区構造が磁気ヒステリシスに沿ってどのように変化するのかを3次元で可視化することに成功しました(図2下段)。磁区構造の変化と微細組織との相関を詳細に調べた結果、磁区形成の起点となる場所を特定することが出来るなど、今後の保磁力メカニズム解明につながる成果が得られました。さらに、マイクロ磁気シミュレーション(注9)において、今回の観察結果を現実の磁石材料で測定されたモデルとして活用することで、計算精度の向上が期待されます。このように、実験・計算の両面から超高性能磁石材料の開発への貢献が見込まれます。
 本研究は文部科学省元素戦略磁性材料研究拠点(ESICMM)の助成(課題番号JPMXP0112101004)を受けて実施しました。

図1 大型放射光施設SPring-8で実施した先端永久磁石材料の磁気CT測定の概略図
図1 大型放射光施設SPring-8で実施した先端永久磁石材料の磁気CT測定の概略図キャプション

図2 先端永久磁石材料を用いた3次元磁区構造の観察結果。(上段) 同一観察領域における3次元の微細組織像(左)と磁区構造像(右)。(下段) 外部磁場を変化させて磁気ヒステリシスに対応した3次元磁区構造像の変化
図2 先端永久磁石材料を用いた3次元磁区構造の観察結果。
(上段) 同一観察領域における3次元の微細組織像(左)と磁区構造像(右)。
(下段) 外部磁場を変化させて磁気ヒステリシスに対応した3次元磁区構造像の変化

■今後の展望
今回の測定を通じて、先端永久磁石材料の磁気ヒステリシスに対する磁区構造の変化を3次元的に可視化することに成功しましたが、一方でいくつかの課題も明らかになりました。第一に、今回得られた磁気CT画像には多くのノイズが含まれており、より詳細な解析のためには画像ノイズの低減が必要です。今後、信号強度比を増大させることで、より鮮明な3次元磁区構造像の取得を目指します。第二は、3次元データは従来の2次元測定に比べて扱うデータ量が格段に多く、今後はAI活用による自動解析手法の構築なども進める予定です。これらを通じて永久磁石材料の保磁力メカニズムの解明、さらにより一層の高性能磁石の開発に貢献することを目標としています。

■論文情報
タイトル:Real picture of magnetic domain dynamics along magnetic hysteresis inside an advanced permanent magnet
著者: M. Takeuchi, M. Suzuki, S. Kobayashi, Y. Kotani, T. Nakamura, N. Kikuchi, A. Bolyachkin, H. Sepehri-Amin, T. Ohkubo, K. Hono, Y. Une, and S. Okamoto
掲載誌:NPG Asia Materials
DOI:10.1038/s41427-022-00417-0

■用語説明
注1.保磁力
磁性材料に外部磁場を印加し、磁化反転をさせる際に磁化がゼロとなるのに必要な磁場の大きさ。永久磁石材料や磁気記録材料は大きな保磁力が望ましく、一方で電力変換部品やモータ磁心などに用いられる軟磁性材料は小さな保磁力が望ましい。

注2.磁気CT
CTとはComputed Tomographyの略であり、X線などを用いて被測定対象の透過像をいくつかの角度から取得し、透過像から元の情報(被測定対象物の内部)をコンピュータによって再構成計算により画像化する手法。病院などで断層画像診断に用いられるCTスキャンは、X線の吸収率を使って画像化するものである。磁性材料では磁化の向きに応じてX線の吸収率に差があり、この差を用いることで磁気情報によるCTが可能となる。

注3.表面欠陥
永久磁石の表面では、加工時のダメージや酸化等により永久磁石特性が失われている。そのため、磁石表面の磁区構造は欠陥層の影響等のため、磁石内部とは大きく異なっているものと予想されている。

注4. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その利用支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。

注5.磁気ヒステリシス
磁性体に外部磁場を印加すると磁化は磁場方向を向こうとする。磁場を正から負、さらに負から正へと掃引した場合、磁化の大きさと磁場の関係をプロットすると磁場ゼロを中心として膨らんだ曲線が描かれる。これは磁場変化に対して磁化が追従しづらい様子を反映したものであり、磁気ヒステリシスあるいはヒステリシス曲線と呼ばれる。

注6.ネオジム焼結磁石
Nd2Fe14B化合物を主成分とする世界最高性能の永久磁石。1982年に佐川眞人博士(現 大同特殊鋼顧問)によって開発された。本研究では、ヘリウムジェットミルを用いて微細粉末原料を作製し、ラボ試作工程で焼結磁石化を行った。

注7.粒界拡散処理
ネオジム焼結磁石の保磁力を向上(高温特性を改善)させるためにはDyやTbなどの重希土類元素の添加が不可欠であるが、重希土類元素は高価格である上、産出地域偏在性、磁化の低下などの問題がある。粒界拡散処理は、重希土類元素を磁石表面から粒界を通して磁石内部に拡散させる処理で、少量の重希土類元素で効果的に保磁力を向上させることが可能となる手法である。

注8.走査型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種であり、収束した電子線を試料表面に走査し、試料から放出される二次電子、反射電子などを検出して画像化する。

注9.マイクロ磁気シミュレーション
磁化の動力学方程式に基づいて、有限サイズの磁性体における磁化挙動を計算する手法。