2022.06.09.
(共同発表)従来製品の100倍以上の光耐久性を持つ ペンタセン誘導体の開発に成功

大阪公立大学工学研究科の手木 芳男客員教授(大阪市立大学名誉教授)、理学研究科の吉田 考平博士研究員、南 錦大学院生(博士前期課程2022年度修了)らの研究グループは、光に安定なペンタセン誘導体であるTIPS-ペンタセンの100倍以上の光耐久性を有する新たなペンタセン誘導体の開発に成功し、関西学院大学生命環境学部の橋本 秀樹教授(大阪市立大学名誉教授)らのグループと共同で、この系の超高速励起状態ダイナミクスを明らかにしました。この系のペンタセン部位では、励起一重項状態から励起三重項状態への遷移が百フェムト秒(10-13 秒)という時間領域で超高速に起こっていることを実証できました。レアメタルなどの重原子を含まない純粋な有機物では、このような系間交差は通常ナノ秒(10-9 秒)より長い時間スケールで起こります。本研究での実証結果により、今後、光に不安定な物質を安定化して開発する手法としての応用が期待されます。
本研究成果は、2022年4月11日、「Physical Chemistry Chemical Physics」にオンライン掲載され、また当該雑誌の裏表紙としても採択されました。

ペンタセン誘導体の開発

<本研究のポイント>
◇光に対して安定性のあるペンタセン誘導体※1として化学メーカーから市販されているTIPS-ペンタセンの100倍以上の光耐久性を実現。
◇重原子を含まない純粋な有機物で起こる系間交差※2約1万倍高速化。
◇光に対して不安定な物質を安定化できる一般的手法として多くの応用に期待。

<手木 芳男客員教授からのコメント>
分子の平面性を高めてp電子の共役を強くしたラジカル置換基をつけるだけで、優れた光耐久性が実現できました。高い有用性を実証できたこの方法が、自然界でも使われているものと期待しています。今後、電界効果トランジスタ性能などを検証し、有機半導体として応用できればと思っています。

<研究の背景>
ペンタセンやその誘導体は、それらの高い電荷(ホール)の移動度のため、有機半導体の代表格として、基礎と応用の両面から多くの研究がなされてきました。特に、電界効果トランジスタ等の半導体デバイスへの応用が期待されています。また、有機半導体はインクジェットプリンティングによる安価な素子作成が期待でき、かつ金属を用いないので環境負荷も少ない利点があります。しかし、ペンタセン等の有機半導体の骨格は、可視光の下では酸素分子と容易に反応してしまい、有用な特性を消失するという問題点があり、実用化に向けて光耐久性の向上が課題となっていました。手木教授らの研究グループは、ラジカル付加により、光に不安定なペンタセンの光耐久性を著しく高められることを報告し(Angew. Chem. Int. Ed. 2013)、橋本教授らのグループと共同で、その機構がラジカル付加により引き起こされる超高速の励起状態の失活※3によることを明らかにしてきました(Angew. Chem. Int. Ed. 2014)。

<研究の内容>
本研究では、分子の平面性を高めて、p電子の共役を強めることにより、以前に報告した分子やTIPS-ペンタセン(図1左図の青色)を遥かに凌駕する光耐久性を実現しました(図1左図の赤色と黒色)。また、同時にその著しい光耐久性の機構を解明する目的で、フェムト秒パルスレーザーを用いた超高速の過渡吸収測定を実施し、この系の特異な励起状態ダイナミクスを明らかにしました。この系のペンタセン部位に着目すると、重原子を含まない純粋な有機物において、これまで達成されたことが無いほどの超高速(百フェムト秒=10-13 秒)で系間交差が起こることが明らかになりました。さらに、それに続く基底状態への超高速失活が、百ピコ秒(10-10 秒)程度の時間内で起こることも観測されました(図1右図)。

図1
図1:光耐久性の評価と超高速励起状態ダイナミクス

<期待される効果>
本研究成果は、ペンタセン誘導体や有機半導体分野に限らず、光に不安定な物質を扱うさまざまな分野で、物質を安定化して開発する手法として応用されることが期待されます。

<資金情報>
独立行政法人日本学術振興会「科学研究費助成事業」
 基盤B・16H04136 研究代表:手木芳男
 基盤B・20H02715 研究代表:手木芳男
 挑戦的研究(萌芽)・18K19062 研究代表:手木芳男

<用語解説>
※1 ペンタセン誘導体…ベンゼン環が5つ一列に並んで構成される有機分子。結晶状態や膜状態でプラス電荷を輸送する性質が高く、有機物からなる半導体の代表格。ペンタセン誘導体は、そのペンタセンにさまざまな置換基で化学修飾した有機物。
※2 系間交差…項間交差とも呼ばれ、異なる電子スピン多重度をもつ状態の間で起こる無輻射遷移(光を発しない遷移)のこと。
※3 失活…エネルギーの高い状態がエネルギーを失って、化学反応性などの活性が低下すること。

<掲載誌情報>
【発表雑誌】 Physical Chemistry Chemical Physics (IF=3.676)
【論文名】p-Topology and Ultrafast Excited-State Dynamics of Remarkably Photochemically Stabilized Pentacene Derivatives with Radical Substituents
【著者】Nishiki Minami, Kohei Yoshida, Keijiro Maeguchi, Ken Kato, Akihiro Shimizu, Genta Kashima, Masazumi Fujiwara, Chiasa Uragami, Hideki Hashimoto, and Yoshio Teki
【掲載URL】 https://doi.org/10.1039/D2CP00683A