2021.05.14.
大型放射光施設SPring-8の実験を授業に活用
世界最先端放射光計測の体験機会を学部学生に提供
関西学院大学
フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体
関西学院大学(学長:村田治)は、大型放射光施設SPring-8注1)での実験講習の機会を、2021年9月より学部学生を対象とした授業科目として開講します。
現在、SPring-8での先端放射光実験には専門知識と豊富な実験経験が必要とされるため、大学での放射光利用研究は、主に、研究室に所属する4年生や大学院生が指導教員のもとで実施しています。今回、関西学院大学では、学部学生が早期に先端科学技術に触れられるよう、放射線業務従事にかかわる安全教育から放射光利用研究の基礎、放射光利用実験講習、取得したデータの解析までの一連の内容を学部学生用にプログラムとして提供することで、放射光実験を体験できる授業科目を開講します。
関西学院大学は、フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体(以下「FSBL産学連合体」、代表:松野信也 (旭化成株式会社))注2)に参画し、産業界で活躍できる研究者・技術者の育成を目指してきました。これまでは、多くの大学の研究室による利用研究と同様に、研究室で推進する研究を通した教育を実施してきましたが、今回、FSBL産学連合体の専用利用枠を授業用に活用することで、定常的な授業として提供するスキームを構築しました。
なお、本授業科目の設置は、関西学院大学の文理融合型キャンパスである神戸三田キャンパス(以下「KSC」)が2021年4月、これまでの理工学部と総合政策学部の2学部体制を再編し、新設の理系4学部(理・工・生命環境・建築)とリニューアルした総合政策学部との文理5学部体制へ改組したのを機に、国境、文系理系、学問分野、大学と社会などさまざまな境界を飛び越える「Borderless Innovator(境界を越える革新者)」の育成をめざす、文理横断型教育システムの確立の一環として行われたものです。
1.背景:関西学院大学における教育指針と人材育成
関西学院大学は、1889年に現在の神戸市灘区で創設され、1929年にはキャンパスを上ケ原(現西宮市)に移転し、緑あふれる美しいキャンパスを舞台に、社会をリードする多くの人材を育成してきました。この間、第4代院長・初代大学学長C.J.L.ベーツによって提唱された「Mastery for Service(奉仕のための練達)」をスクールモットーとし、隣人・社会・世界に仕えるため自らを鍛えるという関学人の育成を行ってきています。そして1995年、上ケ原に続く第2の学びの舞台として、KSCを開設し、総合政策学部と理工学部による文理融合型キャンパスとして教育・研究を推進してきました。
近年、経済、科学技術の急速な進展の一方、地球温暖化などの世界的課題を解決するための持続可能性の探求など、社会からのニーズは多様化しています。関西学院大学の新生KSCでは 、SDGsの目標7「持続可能なエネルギー(Sustainable Energy)」を重点研究テーマの一つに設定しています。理学部の次世代有機EL、工学部のパワーエレクトロニクス、生命環境学部の人工光合成、建築学部の環境共生型スマートシティをはじめとする研究を推進しており、文系学部である総合政策学部に蓄積された教育・研究成果を活用し、持続可能な社会の実現に寄与することを目指しています。さらに、経営学基礎、人工知能(AI)活用、持続可能な開発目標(SDGs)など学部によらずに社会で必要とされる素養にかかわる授業、起業や先端放射光分析など特色あるスキルを提供する授業を、学部の垣根を取り払い、KSC分野横断型教育システムとして、KSCに在籍する全ての学生に提供していきます。
2.関西学院大学におけるこれまでの放射光研究者人材育成
関西学院大学と同じ兵庫県内にある大型放射光施設SPring-8は、世界三大放射光施設の一つとして、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で高強度の放射光を得ることができ、国内外の幅広い分野で活用されています。近年では、学術研究のみならず産業界の製品開発や品質保証に無くてはならない分析技術として定着しています。そのため、放射光分析を習得した人材の育成が急務となっています。
SPring-8で提供される放射光の共同利用実験では、研究課題ごとに利用申請し、競争率1.5倍程度の課題審査を経て採択されないと利用の機会が得られず、定常的な実験機会の確保は困難です。2021年4月に開設した理学部、工学部、生命環境学部の前身である理工学部は、FSBL産学連合体に参画し、FSBL産学連合体の専用利用枠を利用して、定期的に利用研究できる環境を人材育成に生かしてきました。これまでは、放射光利用研究を実践する教員が、研究室に所属する学生に対してSPring-8での利用実験研究を通して、産業界で活躍できる研究者・技術者の育成を目指してきました。しかし、社会では多様な知識と技能を持った人材が求められています。また、放射光分析が産業界で必要不可欠な分析技術となった今日、将来を見据え、研究室における教育のみならず、関西学院大学の理系学部に所属する全ての学生に放射光分析を学ぶ機会を提供することが求められるようになってきました。
3.今回のSPring-8活用授業の内容と今後の展望
2021年4月に開設した理系4学部のうち、理学部、工学部、生命環境学部では、上記のような時代の変化とニーズに応えるため、KSC分野横断型教育システムの実践と多くの学生への放射光分析の修学機会の提供のために、引き続き参画するFSBL産学連合体の専用利用枠を利用し、希望する学部学生が放射光利用研究の体験を出来る授業科目を開設します。授業は、これから専門知識を身につけていく1年生でも受講可能としました。このために、放射線にかかわる基礎的事項や放射線の取扱いに関する安全教育から、放射光と利用研究の基礎について十分に時間をかけて講義を行います。SPring-8のビームラインでの講習では、放射光利用に熟練した教員が推進する研究に参画して、先端放射光分析を体感します。放射光利用研究の講習後は、取得したデータの解析まで行い、放射光利用研究で必要な知識と技能を網羅した内容を学ぶことができます。本プログラムは、放射光利用研究にかかわる人材育成の必要性が指摘される中で、継続的に教育プログラムを提供する特色のある内容です。
<用語解説>
注1)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す国立研究開発法人理化学研究所(RIKEN)の施設で、その利用者支援などは公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8GeVに由来する。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、アメリカのAPS、フランスのESRFの3つがある。SPring-8による電子の加速エネルギー(80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
注2)フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体
フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体は、日本の代表的な高分子関連素材メーカー(化学材料、タイヤ、繊維等)と大学等の学術研究者が結成した産学連携組織で、国立研究開発法人理化学研究所(RIKEN)と公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の協力を得て、大型放射光施設SPring-8の設置場所BL03XUに日本で初めてのソフトマター研究開発専用のビームラインを運営している。関西学院大学は、フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体発足当初から参画し、産業界で活躍できる研究者・技術者の育成を実践している。