2020.06.02.
熊本地震後にみられた地下水位の異常上昇の原因-巨大地震による山体地下水の解放を捉えた!―

谷水雅治・理工学部教授と熊本大学大学院などの研究グループ

 熊本大学大学院先端科学研究部の細野高啓准教授らの研究チームは、カリフォルニア大学バークレー校のMichael Manga教授ら、ならびに関西学院大学理工学部の谷水雅治教授らとの共同研究により、平成28年(2016年)熊本地震発生前後に採水した様々な水試料の安定同位体比を分析しそれらの変化特徴を読み解くことで、熊本地震後に広域地下水流動系の涵養域を中心に観測された地下水位の異常上昇は、阿蘇西麓山体に蓄えられていた山体地下水が透水性の増加に伴い解放され、流下部の広域地下水流動系に新たに付加されたことが原因で生じたことを突き止めました。巨大地震発生に伴う水位上昇や水量増加については、これまで世界で多く観測されてきましたが、その原因やプロセスの詳細については不明な点が多く残されていました。地下水都市熊本は多くの観測井戸を有し、今回はその直下で地震が発生したため、結果的にこれまでになく十分な比較材料となる情報を入手でき、地震による上記水文環境の変化特徴を世界で初めて詳細に捉えることに繋がったといえます。本研究の成果は、地域の安全な水利用対策に生かされることになります。

 本研究は、Nature Publishing Groupオープンアクセス誌「Nature Communications」に、令和2年6月2日午後6時(日本時間)に公開されました。

(ポイント)
・平成28年(2016年)熊本地震発生後、広域地下水流動系の涵養域を中心に、最大10 m程度の地下水位の異常上昇が確認されました
・熊本地震発生前後に採水した様々な水試料の安定同位体比を分析することで、この水位異常上昇をもたらした原因は、地震活動によって阿蘇西麓山体帯水層の透水性が増大し、山体起源の新たな水が流下部へと供給されたためだと分かりました
・巨大地震発生に伴う水位上昇や水量増加の原因やプロセスについては不明な点が多く残されていましたが、本研究により、詳細な水文環境変化を明らかにすることができました。また、本研究の成果は、地下水を飲用水源とする熊本地域において、水資源の保全やガバナンスの観点から重要だといえます。

[研究の背景]
 地震発生に伴い池や井戸の水が枯れる、突如流水が生じる、または水位が上昇するなどのいわゆる水文環境の変化は、古くはローマ時代に遡り、これまで世界の多くの地域で記述されてきました。その原因として、地殻変動による間隙水圧の変化、地震動による透水性の増大、また新たな亀裂を通した水の移動など、様々な説が提案されてきました。これら原因を特定するためには、手掛かりとなる情報を入手するための観測井戸や水源または河川観測地の存在が重要となります。ところが、特に内陸直下型地震の場合、地震が起こった地域でたまたまこれら観測点が時空間的に整っていることは一般的に希だといえます。また、災害発生前から発生後のデータと比較するために必要な各種データが揃っているケースはますます少なくなります。このような背景から、地震によってどのような水文環境の変化が生じるのかという問いに対し、私たちはこれまであまり明瞭なイメージを持てていませんでした。

 熊本市周辺地域は飲用水源のほぼ100%を地下水で賄っている国内随一の地下水都市として知られています。そのため、同地域では多くの観測井戸が存在し、水位や水質など様々なデータが継続的に観測されています。今回、こうした地域の直下で巨大内陸地震が発生したため、結果的に地震発生前後の各データを比較できる十分な情報を入手でき、地震による水文環境の変化をこれまでになく詳細に捉えることに繋がりました。また、災害が地域のみずがめに及ぼす影響を把握することは、水資源の保全や健全な水利用を継続する上で重要といえます。こうした観点から、地元の大学である熊本大学の研究チームが中心となり、サントリーホールディングス(株)の資金援助を受け日本地下水学会の専門家集団からなる研究チームを発足させました。そして、公益財団法人くまもと地下水財団をはじめとした地元行政からの協力を得ながら、3年計画で研究が進められてきました。加えて、関西学院大学の谷水教授らの研究チームとも共同で継続的な試料採取調査を実施してきました。これらの成果についてはこれまでいくつか報道を通して発信してきましたが、その一部が正式に論文として受理されましたので今回ご報告する次第です。

[研究の内容]
 熊本地震発生に伴い様々な水文環境変化が起こったことについては既にいくつかの報告・報道があります。今回の論文で注目したのは、本震発生後から認められた、特に広域地下水流動系の涵養域(図1a)で顕著だった地下水位の異常上昇(図1b)の原因です。この水位異常上昇は、本震発生から1年以内に最大10 m程度の上昇ピークを記録し、その後落ち着いてはいるものの、本震から3年経過した時点でも続いています。この原因は、平常の水文サイクルとは異なる場所からの水の流入が生じたためだと考えられ、その起源について解析を行いました。

 今回水の起源特定のツールとして用いたのが水の安定同位体比というものです。水は水分子H2Oからなり、それぞれ水素Hと酸素O原子から構成されます。Hは1Hと2H、Oは16O、17O、18Oの異なる質量をもつ「安定同位体核種」を有し、それらの存在比(2H/1Hおよび18O/16O)のことを安定同位体比とよびます。地球表層の水の安定同位体比は、蒸発や凝縮など地球上で起こる様々なプロセスを介してほんの僅かに変化するため、場所によって固有の数値をとるようになります(*注釈、詳しくは補足資料参照のこと)。私達はこうした水の安定同位体比を水の起源を推定するマーカーとして利用することで、ターゲットとなる水がその場所に至る原因やプロセスを調べることができます。
 

 今回、地震発生前後における水の安定同位体比を比較し、異常水位上昇をもたらした原因を特定することを試みました(図2)。なお、図中において各安定同位体比(2H/1Hおよび18O/16O)は標準物質(水の場合は海水)からのずれの千分率であるδDおよびδ18Oの標記で示されています。

[成果] 
 δ18OとδDの関係図から、熊本地域涵養域において採水した地下水の安定同位体組成は、地震以前はおおまかには低標高山体湧水、涵養域土壌水、白川河川水の組成範囲をカバーするような広い組成特徴を持っていたものが(黒枠の組成範囲)、地震発生後はその多くが低標高山体湧水の組成と類似した、より限定された組成範囲内(青枠の組成範囲)に収斂していることが読み取れました(図2b)。また、同様の傾向はより流下部の地下水流動域から流出域(図1a)にかけても認められました(図2c)。主にこうした同位体比の変化特徴の観察から以下の考えに至りました。

 すなわち、地震発生前は、地域の地下水は低標高山体帯水層地下水、涵養域土壌水、白川中流域における河川水由来の浸透水が主な涵養源となるような水循環系が発達していたが、地震発生後、阿蘇外輪山西部ならびに西麓にて発生した地震破砕により山体帯水層の透水性が増加し、低標高山体を涵養源とするような山体に蓄えられていた地下水が解放される形で流下部にある広域地下水流動系のいわゆる‘地下水プール’として知られる涵養域部分に付加され、その寄与が一気に高められることで同エリアの水位が上昇したと説明されます(図3)。さらに、一度地下水プールに付加された山体地下水は、選択流などを通じて地下水流動域から流出域にまで達し、本震直後に低下した地下水位(図3b)を一年以内にほぼ回復させたことまで分かってきました(図3c)。

 阿蘇西麓山体に限定して概算しても108 m3以上の水が山体から解放されたことが試算されています。地震発生により高まった透水性は、根詰まりなどが原因でまた元の状態に戻ることが想定されます。他の研究の見積もりを合わせると、多くの場所では本震発生から5年程度で元の水位レベルに落ち着くと推定しています。

[展開]
本研究は、巨大地震が地域に及ぼす水文環境変化をこれまでになく詳細に明らかにしています。加えて、発見された現象は、環太平洋地域などにある本邦と類似した気候・地質条件におかれている地帯ではどこでも起こりうる、といった地球規模での普遍性についても言及しています。研究の成果は、今後世界の類似・関連現象を取り扱う際に参考にされ学術の進展に貢献できるとともに、災害時における地域の水利用の指針を構築する上で役立てられると期待されます。

(論文情報)
論文名:Stable isotopes show that earthquakes enhance permeability and release water from mountains
著者:Takahiro Hosono*, Chisato Yamada, Michael Manga, Chi-Yuen Wang, Masaharu Tanimizu  (*責任著者)
掲載誌:Nature Communications
doi:10.1038/s41467-020-16604-y
WEB: https://www.nature.com/articles/s41467-020-16604-y

※本研究は以下の支援を受けて実施したものです。
 ・サントリー熊本地下水みらいプロジェクト
 ・2016 JST 国際緊急共同研究・調査支援プログラム(J-RAPID)
 ・文部科学省 科学研究費助成事業 基盤研究B(17H01861)
 ・文部科学省 科学研究費助成事業 基盤研究C (17K00527)
 ・The National Science Foundation(USA) (1615203)
 ・2016年度 関西学院大学大学共同研究

補足資料

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
 熊本大学大学院先端科学研究部 水圏環境科学研究室
  准教授 細野高啓
  e-mail:hosono@kumamoto-u.ac.jp

 関西学院大学理工学部 環境・応用化学科
  教授 谷水雅治
  e-mail:tanimizum@kwansei.ac.jp

<報道に関すること>
 熊本大学総務部総務課広報戦略室
  電話:096-342-3271
  e-mail:sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp

 関西学院広報室
  電話:0798-54-6017
  e-mail:kg-koho@kwansei.ac.jp