2020.05.15.
原子層厚さでの強誘電特性を実証 ~メモリやナノ発電実現へ新たな道を開拓~

若林克法・理工学部教授と東京大学の研究グループ

 東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の東垂水直樹博士研究員、長汐晃輔准教授らの研究グループは、関西学院大学の若林克法教授、国立交通大學のWen-Hao Chang教授らとの共同研究により、2次元層状物質である硫化錫(SnS)において単層を初めて成長させ、その強誘電特性(注1)を実証しました。

 これまで強誘電特性は、材料の極薄化により特性を失うことが報告されており、近年の電子デバイスの微細化において大きな問題となっていました。本研究では、初めて面内分極(注2)を有する層状物質である硫化錫(SnS)において1 nmより薄い単層を物理蒸着法により成長し、その強誘電特性を実証しました。層状物質においても、面外分極を示す系においては、強誘電特性の劣化が観察されていることから、面内分極の優位性を示しています。これらの成果は、微細化に強いことから将来的なメモリや、圧電性を利用したナノ発電等への応用が期待されます。

 本研究成果は、英国科学雑誌Nature Communications(5月 15 日 米国東部夏時間)に掲載されました。

■ポイント■

◆原子層厚さの硫化錫(SnS)単層を初めて合成し、強誘電特性を実証した。
◆強誘電特性は材料の極薄化で特性を失うが、層状面内分極のため単層でも強誘電性を維持した。
◆半導体メモリやナノ発電材料として期待される。

<研究の背景>
 炭素原子1層からなるグラフェンの発見以降、二次元層状材料は大きな注目を集めています。電子・光デバイスへの応用が主に議論されてきましたが、最近、圧電/強誘電特性を示す二次元層状材料が理論・実験両面から報告されています。強誘電特性に関しては、主に酸化物材料において議論されており、数ナノメートル程度への極薄化により特性を失うためデバイスの微細化に対して問題となっていました。二次元層状物質においても、面外分極を示す材料系においては同様に極薄化により特性は劣化することがすでに報告されています。最近、二次元層状物質である硫化錫(SnS)において、面内分極を示す強誘電特性が理論的に予測されました。極薄化した際においても分極が保たれることが予想されることから、これまでの問題を解決できる材料として注目を集めていましたが、単層の成長は未だ実現されていませんでした。

<研究内容>
 物理蒸着法を用い、原子レベルで平坦なマイカ基板上に成長温度条件を制御することによりこれまで報告されていなかった単層SnSのマイクロメートルサイズでの成長に成功しました(図1)。第一原理計算による格子振動のモードとの一致を確認しています。原子レベルで多層の表面構造を調べた結果、2次元核生成による成長機構であることが分かりました。単層において第二高調波発生(SHG、注3)を観測したことから、非点対称性を有する結晶構造であることが示されました。層の上下で分極の向きが逆になる積層構造が安定なため、多層においては偶数層で分極を打ち消し合い、奇数層でのみSHGが観察されることが予測されましたが、単層から15層程度の臨界膜厚までのすべての層数でSHGを示しました。高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法(注4)により、臨界膜厚下では分極の向きが揃った非点対称性を有する準安定な積層構造をしていることを突き止めました(図2)。2端子デバイスの電流―電圧特性において,分極反転に伴いショットキー障壁が変化することによるヒステリシスを観測し、double wave測定から強誘電特性を実証しました(図3)。

<社会的意義・今後の予定>
 通常の強誘電体は絶縁体ですが、2次元層状SnSはバンドギャップをもつ半導体です。強誘電酸化物とSi半導体を組み合わせた従来の強誘電メモリに対して、SnS自身が半導体チャネルであり強誘電性を示すため、従来と異なる構造のメモリが可能となります。また、圧電特性も優れていることが理論的に予測されており、ナノ発電素子等への応用も期待でき、デバイスの多機能化への貢献が期待されます。

※用語解説
(注1)強誘電特性
外部に電場がなくても電気双極子が整列し、かつ双極子の方向が電場によって変化する特性のことを強誘電特性といいます。

(注2)面内分極
2次元層状材料の平板面に平衡方向に電気双極子が整列する場合のことを面内分極と呼びます。

(注3)第二高調波発生(SHG)
入射光の2倍の周波数の光を発生させる現象のことであり、SHGが観測される結晶は、非点対称性を有しています。

(注4)高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法
細く絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出することにより原子量に比例したコントラストが得られます。

■発表者■

東垂水 直樹(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 博士課程大学院生、現:同 博士研究員)
川元   颯巳(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 修士課程大学院生)
Chien-Ju Lee(国立交通大學 電子物理系 博士研究員)
Bo-Han Lin(国立交通大學 電子物理系 修士課程)
Fu-Hsien Chu(国立交通大學 電子物理系 修士課程)
米盛   樹生(関西学院大学 理工学研究科 先進エネルギーナノ工学専攻 修士2年生)
西村   知紀(東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 技術専門職員)
若林   克法(関西学院大学 理工学研究科 先進エネルギーナノ工学専攻 教授)
Wen-Hao Chang(国立交通大學 電子物理系 教授)
長汐   晃輔(東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 准教授)

■発表雑誌■

雑誌名:Nature Communications(オンライン版:5月15日 米国東部夏時間)
論文タイトル:Purely in-plane ferroelectricity in monolayer SnS at room temperature
著者:N. Higashitarumizu, H. Kawamoto, C. -J. Lee, B. -H. Lin, F. -H. Chu, I. Yonemori, T. Nishimura, K. Wakabayashi, W. -H. Chang, K. Nagashio*
DOI番号:10.1038/s41467-020-16291-9

■解禁時間■
日本時間5月15日(金)午後6時(米国東部夏時間:5月15日(金)午前5時)

■問い合わせ先■
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻
准教授 長汐 晃輔(ながしお こうすけ)
Tel:03-5841-7161
E-mail:nagashio@material.t.u-tokyo.ac.jp

関西学院大学理工学部先進エネルギーナノ工学科
教授 若林 克法(わかばやし かつのり)
E-mail:waka@kwansei.ac.jp