2020.05.11.
世界で初めて喘息モデルマウス肺の アセチルコリン過剰分泌を可視化

矢尾育子・理工学部教授と浜松医科大学のグループ

(参考図1)測定で用いたフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置 (FT-ICR-MS)

(参考図1)測定で用いたフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置 (FT-ICR-MS)

 国立大学法人 浜松医科大学(所在地:静岡県浜松市、学長:今野 弘之)は、質量分析イメージング法を用いて喘息モデルマウスの肺組織内でアセチルコリンが過剰に分泌されていることを世界で初めて可視化することに成功しました。
 この計測技術を駆使することにより、さらなる喘息の病態解明や薬物治療の新たなターゲットが明らかになることが期待されます。

 本研究成果は、浜松医科大学光イメージング研究室の松田孟士元特任研究員(現・立命館大学)、矢尾育子元准教授(現・関西学院大学 理工学部 生命医化学科 教授)、同大学内科学第二講座のグループと、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社との共同研究によって得られたもので、Analytical and Bioanalytical Chemistry に 5月 4日にオンライン掲載されました。


<研究の背景>

 アセチルコリン(以下「ACh」)は副交感神経や運動神経の末端から分泌される神経伝達物質です。骨格筋や心筋、内臓筋などに働くことで、筋肉の収縮や弛緩を調整したり、学習・記憶や認知などを司る脳の海馬や、血圧、脈拍、睡眠などにも関与していることが知られています。
 肺では、気道平滑筋の収縮に対して最も強力に作用するのが、コリン作動性神経であるため、喘息等の気道閉塞性疾患の病態解明や治療ターゲットの研究において、AChを定量的に評価する必要がありました。しかし、生体内のAChはアセチルコリンエステラーゼ(分解酵素)によって速やかに分解されてしまうことから、AChそのものを直接測定することが難しく、組織中の量や分布については不明なままでした。
 組織構造を壊さずに生体物質の局所分布を調べることができる方法として、「質量分析イメージング法」という手法が開発されてきました。「質量分析イメージング法」とは、組織切片にレーザーを照射して、イオン化された物質を検出・分析することで、特定の物質の量と分布を可視化する手法です。矢尾准教授らは、以前の研究で質量分析イメージング法を脳の解析に応用し、マウスの脳切片上のAChを直接検出し、可視化することに世界で初めて成功していました。
 そこで、研究グループは肺組織を対象として質量分析イメージング法を適用し、AChの可視化に取り組みました。

<研究の成果>

 今回、松田研究員らは、浜松医科大学国際マスイメージングセンターのフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析 (FT-ICR-MS) Solarix XR 7.0T (Bruker Daltonics)を用い、精密質量測定により肺組織内のAChの空間分布を測定しました(図1)。健常状態と喘息状態の、肺内AChの量や分布の違いを明らかにするため、喘息モデルマウスの肺組織を用いて検討を行いました。その結果、アレルギー反応(炎症状態)を引き起こす抗原感作を施していない正常モデルマウスに比べて、抗原感作した喘息モデルマウスの肺ではAChが多く分布していることが観測されました(図2、3)。また、アレルギー反応をより強く誘発した重症喘息モデルマウスの肺では前述の喘息モデルマウスよりもさらに多くのAChが観測されました(図2、3)。一方、AChを分解するアセチルコリンエステラーゼの活性は、正常マウス、喘息モデルマウス、重症喘息モデルマウスで同程度であったことから(図4)、今回測定された肺組織におけるAChの分布量の違いは、AChの分解能が低下したことによる結果ではなく、分泌量が増えたことによるものであることが推察されました。

<今後の展開>

 今回、質量分析イメージング法により肺組織のAChの分布を世界で初めて直接可視化することに成功しました。実験方法や手技の改善、機器の精度が向上することによって肺全体の分布ではなく、さらに高い空間分解能での観察も可能と考えられます。この手法を用いることで、喘息のみならず、同様にAChが深く関与している慢性閉塞性肺疾患(COPD)の病態解明、AChをターゲットとした治療メカニズムの理解に役立つことが期待されます。

<発表雑誌>

Analytical and Bioanalytical Chemistry doi: 10.1007/s00216-020-02670-0.

<論文タイトル>

Imaging mass spectrometry to visualise increased acetylcholine in lungs of asthma model mice

<著者>

Takeshi Matsuda, Yuzo Suzuki, Tomoyuki Fujisawa, Yasunori Suga, Nobuyuki Saito, Takafumi Suda, Ikuko Yao

<研究グループ>

 本研究は、浜松医科大学光イメージング研究室、同内科学第二講座、国際マスイメージングセンター、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社の共同研究の成果で、文部科学省及び日本学術振興会科学研究費補助金(科研費番号26460388, 16KT0134, 16K19448)により実施しました。

<本件に関するお問い合わせ先>

浜松医科大学 国際マスイメージングセンター(〒431-3192 浜松市東区半田山 1-20-1)
関西学院大学理工学部生命医化学科(〒669-1337 兵庫県三田市学園 2-1)
E-mail: yaoik@kwansei.ac.jp