2020.05.04.
グルタミン酸やGABA量の脳領域特異的な変化に タンパク質分解に関わる酵素Scrapperが関与することを発見

矢尾育子・理工学部教授と浜松医科大学のグループ

 浜松医科大学 光イメージング研究室 衞藤史博 大学院生、矢尾育子 元准教授(現・ 関西学院大学 理工学部 生命医化学科 教授)および細胞分子解剖学講座 瀬藤光利教授らは、質量顕微鏡を使用してScrapper ノックアウト (SCR-KO) マウスの脳中の神経伝達物質の量と分布を分析したところ、SCR-KOマウスは脳領域特異的にグルタミン酸やガンマアミノ酪酸 (GABA)が増加していることを発見しました。この研究成果は5月4日、国際学術誌「Scientific Reports」に公表されました。

<研究の背景>
 グルタミン酸やGABAを含む神経伝達物質は認知や運動など脳機能に深く関与しており、神経伝達の障害は中枢神経系の疾患を引き起こします。統合失調症または強迫性障害においては、脳領域特異的にグルタミン酸やGABA量の変化が観察されています。矢尾・瀬藤らによって以前に報告された、タンパク質分解に関わる酵素の一つ、E3ユビキチンリガーゼのScrapperは脳全体に発現し、シナプスの神経伝達物質の放出調整に関与します。電気生理学的にはSCR-KOマウスの海馬や大脳皮質領域で興奮性グルタミン酸作動性伝達の増強が報告されていますが、Scrapperが脳全体のグルタミン酸量にどのような影響を与えるのかの詳細はわかっていませんでした。本研究では、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化質量顕微鏡法 (MALDI-IMS) を使用して、SCR-KOマウスの各脳領域のグルタミン酸とGABA量を調査して、Scrapperのグルタミン酸やGABA量に対する影響を調べました。

<研究の成果>
 SCR-KOマウスにおいて、グルタミン酸量は大脳皮質、脳梁、視床、中脳、小脳皮質、および尾状核で大幅に増加し、GABAは大脳皮質、脳梁、視床、中脳、小脳皮質および視床下部で増加しました。一方、海馬においてグルタミン酸やGABA量の増加は認められませんでした。これらの結果は、Scrapperの欠乏が特異的な脳領域におけるグルタミン酸とGABAレベルの増加につながることを示しています。

<今後の展開>
 今回の結果から、Scrapperが脳領域特異的にグルタミン酸やGABA量の増加にも影響を及すことがわかりました。プロトン核磁気共鳴スペクトロスコピーを用いた、中枢神経系疾患患者の脳内の特異的な領域で神経伝達物質量の変化の観察はよく報告されていますが、なぜ特異的な領域で神経伝達物質量が変化するかの詳細は、不明な点が多く残されています。これまでSCR-KOマウスは行動学的解析で不安行動の異常も報告されており、今後、各脳領域の神経伝達や神経伝達に関連する分子に対するScrapperの機能的関与を調査することは、神経伝達物質量の変化を伴う疾患のメカニズムの理解に役立つことが期待されます。

<発表雑誌>
Scientific Reports

<論文タイトル>
Region-specific effects of Scrapper on the abundance of glutamate and gamma-aminobutyric acid in the mouse brain

<著者>
Fumihiro Eto, Shumpei Sato, Mitsutoshi Setou, and Ikuko Yao. 

<研究グループ>
 本研究は、浜松医科大学光イメージング研究室、同細胞分子解剖学講座、国際マスイメージングセンターの研究成果で、浜松医科大学先進機器共用推進部、文部科学省及び日本学術振興会科学研究費補助金(科研費番号26460388, 16KT0134, 16K19448、JP15H05898B1)、JSTさきがけ(「脳情報の解読と制御」領域)および武田科学振興財団医学系研究奨励の支援により行われました。

<本件に関するお問い合わせ先>
浜松医科大学 細胞分子解剖学講座
浜松医科大学 国際マスイメージングセンター(〒431-3192 浜松市東区半田山1-20-1)
関西学院大学理工学部生命医化学科(〒669-1337 兵庫県三田市学園2-1)
E-mail: yaoik@hama-med.ac.jp