2025.07.10.
新種の磁石に光を当てる 高機能な有機磁性材料の実現に期待

発表のポイント

  • 新種の磁石の候補とされる有機系結晶の光学特性から磁気的性質とその起源を明らかにしました。これにより、一般に弱い磁性しか示さない有機系物質においても、高機能な磁気デバイスの実現が期待されます。
  • 有機磁性体(磁石)の光学特性を測定するために、磁性体に限らずあらゆる物質に適用可能な光の反射に関する簡潔な一般公式を厳密に導出し、それに基づく測定法を開発しました。これは従来極めて複雑だったあらゆる物質における光学特性を計測する新しい手法の開拓にも繋がります。

概要

磁石に光を当てると、その光はどうなるでしょうか。もちろんどんな磁石でも光は反射します。そして、反射光から磁石の性質を知ることができます。では、どんな磁石からの反射光でもその性質を知ることができるかというと、これまではそうではありませんでした。近年見つかった「くっつかない」タイプの磁石がまさにそれに該当し、その解明には学術と応用の両面からの期待が高い一方で、その性質を光で調べるためには大きな壁がありました。東北大学金属材料研究所の井口敏 准教授、高輝度光科学研究センターの池本夕佳 主幹研究員、森脇太郎 主幹研究員、関西学院大学理学部物理・宇宙学科の伊藤弘毅 教授、東北大学理学研究科物理学専攻の岩井伸一郎 教授、東北大学金属材料研究所の古川哲也 助教、佐々木孝彦 教授からなる研究グループは、新種の磁石の候補とされる有機結晶に、新たに求めた光に関する一般公式を適用し、その磁気的性質と起源を解明しました。
本研究成果は、2025年7月7日(現地時間)に アメリカ物理学会が発行する学術誌 Physical Review Researchに掲載されました。

詳細

研究の背景

一般的に知られている磁石は互いにくっつきますが、世の中には近くに置いてもくっつかない磁石があります。最近の研究により、後者のくっつかない磁石には2種類が存在すること、その内の1つは新種の磁石であることが分かりました。それは交替磁性体と名付けられ、学術と応用の両面から注目されています。交替磁性体は第3の磁性体(磁石)とも言われています。第1は強磁性体と呼ばれる通常のくっつく磁石で、第2は反強磁性体と呼ばれ、物質内でミクロな棒磁石のNS極が反対向きに交互に並ぶ構造を有しており、どのようにしてもくっつかない磁石です。第3の磁性体である交替磁性体は第2の反強磁性体に似てくっつかないタイプである一方で、第1の強磁性体に似た特徴も持っています。つまり、磁石としては弱いにもかかわらず、強い磁石のように磁気を帯びた電流を流すこともある不思議な磁石です。そのためこれまで反強磁性体として「間違って」分類されていた物質がたくさんあることが分かってきました。そこで、その不思議な性質を解明することが学術的に注目されており、また応用面では強磁性に似た性質を利用した高機能なデバイスを実現することが期待されています。ここで重要なのは、その性質は重い元素の磁気的相互作用が必須ではないということです。そのため、軽い元素でできた環境負荷の小さい有機結晶でも良いと言うことができます。このたびの研究では、研究グループは有機系の交替磁性体の候補物質に着目しました。

今回の取り組み

研究グループは、有機分子でできた交替磁性体の候補κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Cl (図1)の交替磁性的な不思議な機能を磁気光学カー効果(注1)という現象を観測して明らかにしようと考えました。第1の磁性体である強磁性体に光をあて、その反射光を調べると、光電場の振動方向(偏光(注2)と呼ぶ)が回転していることが分かります。磁気光学カー効果はこの偏光の回転現象のことで、MOディスクやMDなどの記録媒体で利用されてきた現象です。記録媒体で利用できる理由は、磁極NSが反転していると偏光の回転方向が逆になるため記録ビットの違いが分かるからです。第2の反強磁性体ではこの現象は起こらない一方で、第3の交替磁性体は第1の強磁性体と性質が似ており同現象が起こると理論的には指摘されていますが、実験的に正確に検証することは困難です。例えば、直方体の結晶構造を持つ物質で磁気光学カー効果を測定すると、図2のように傾いた楕円であることまでは分かります。ところが、その結果から磁性の情報をより明確に引き出すための物性量(非対角光学伝導度(注3)と呼ぶ)を計算する方法は確立していませんでした。立方体のように90度回転しても同じ構造である物質の場合は問題ありません。この場合の楕円の傾きと膨らみ具合の測定値から非対角光学伝導度を求める「限定的な」公式はこれまでも広く知られています。しかし、今回取り扱った有機結晶の構造は直方体であるため、この「限定的な」公式を用いることができません。そこで研究グループは、電磁気学で最も重要な基礎方程式であるマクスウェル方程式(注4)から、直方体だけでなく平行四辺形のように歪んだ結晶にも適用可能な「一般公式」(図3)を導出しました。これにより、ようやく目的物質の磁気光学カー効果が測定でき、その非対角光学伝導度をスペクトルとして正しく求めることに成功しました。スペクトルとは周波数依存性のことで光の場合は色の違いによる強度分布と捉えることができます。また、測定は大型放射光施設SPring-8(注5)の赤外物性ビームラインBL43IR(注5)で行いました。
得られた非対角光学伝導度スペクトル(図1)には3つの特徴があることが分かりました。1つはスペクトルの端に磁極状態の差を示すピークがあることです。磁石としてはくっつきませんが、ミクロに観察するNS極が反対に並んでいることが確認できます。別の2つの特徴はスペクトルの中間部にあります。図1では非対角光学伝導度を複素数(実部と虚部)で表しています。実部は楕円の傾きに対応しており、一般的には偏光の回転や結晶の歪みを表します。今回の結果では交替磁性に関わる結晶の歪みを検出しました。一方、虚部は楕円の膨らみに対応しており、反射光の傾きが時間的に遅れることを表します。これは光によって物質内に生じた電流が回転する効果とみなすことができます。このように、「一般公式」から非対角光学伝導度を正しく求めることで、交替磁性体の磁性、結晶歪み、電流回転という異なる起源がそれぞれ明らかになりました。

今後の展開

本研究の主な成果として、以下の2点をあげることができます。
第一に、あらゆる物質に適用可能な光学公式を導出したことで、楕円偏光の測定から非対角光学伝導度を得るための原理を確立することができました。第二に、それを有機交替磁性体に適用し、得られた非対角光学伝導度スペクトルから、さまざまな性質を明らかにすることができました。これらの成果から学術および応用上の波及効果が得られると期待できます。学術面では、非対角光学伝導度は磁性の調査に欠かせない物性量の1つであるため、基礎物性の研究対象の幅と深さが格段に広がります。特に、スペクトルを定量的に求めることで、対称性など定性的な性質だけでは分からないような具体的な磁性関連メカニズムの解明に大きく役立ち、「第3の磁石」の新発見に繋がります。さらに、非対角光学応答には磁気光学効果だけでなく磁気と無関係なキラル物質(注6)の光学活性(注6)もあるため、これらの精密な計測により学術的な理解が大きく前進すると考えられます。応用面では、本研究で得られた光学公式と測定原理は個々の物質には依存しない一般的なものであるため、これらを用いることで楕円偏光解析(エリプソメトリ) (注1)などに関連する光学計測技術の精密化への貢献が期待されます。

図1. 左から順に、有機結晶を横から見た構造、上から見た分子配列と矢印で描いたミクロな磁石 (この結晶では2分子がペアになっているので丸で囲んでいます)、対角と非対角の光学伝導度スペクトル。

図2. 測定方法の模式図。試料に直線偏光を入射し、楕円に偏光した反射光を、光弾性変調器(注7)を用いて変調し、検出された光強度の直流および変調成分から楕円の傾きと膨らみ具合を算出することができます。

図3. 行列形式の反射率から伝導度を求める公式。下段は非対角誘電率の具体的な表式。 ωは光の角周波数、ε0は真空の誘電率。

謝辞

本研究は、科学研究費補助金、学術変革領域研究(A) (代表:佐々木孝彦、JP23H04015), 基盤研究(B) (代表:佐々木孝彦、JP23K25811), 基盤研究(B) (代表:伊藤弘毅、JP23K22420), 挑戦的研究(萌芽) (代表:古川哲也、JP23K17659), 基盤研究(C) (代表:井口敏、JP23K03271), 基盤研究(B) (代表:佐々木孝彦、JP23H01114)、 基盤研究(B) (代表:伊藤弘毅、JP22H01149)、および高輝度光科学研究センター、SPring-8において赤外ビームラインBL43IRを用いた課題 (2024B1236, 2024A1193, 2023B1489, 2023B1397, 2023A1462, 2023A1229, 2022B1514, 2016A0073)の支援を受けました。

用語説明

注1.
磁気光学カー効果、カー回転角、カー楕円率、楕円偏光解析
図2のように、磁性体に直線偏光(注2)を照射すると反射光の電場が傾いた楕円偏光(注2)になり、磁極(NS)が反転すると回転方向が逆になります。この現象を磁気光学カー効果といい、その名称は発見者のジョン・カー(John Kerr)に由来します。楕円の傾き角をカー回転角、楕円の膨らみ具合をカー楕円率といいます。一方、楕円偏光自体は磁性と無関係であり、楕円偏光の測定、解析を行うことを楕円偏光解析またはエリプソメトリと呼び、測定物の屈折率などを知るために用いられます。
注2.
直線偏光、楕円偏光
光の電場がどのように振動するかを表したものです。直線偏光は光電場が直線的に振動する光で、楕円偏光は図2のように楕円に沿って振動します。
注3.
非対角、対角の光学伝導度
対角とは、図3の反射率行列の中だとrxやryのように左上から右下へ対角線上に並んだ要素です。非対角は残りのrxyやryxのようなx(横)成分とy(縦)成分を入れ替える要素で、一般に回転や歪みの効果を表します。対角、非対角ともに図3上段の量の全てにあります。
注4.
マクスウェル方程式
ニュートンの運動方程式と並ぶ古典物理学の基本方程式で、光も含め電気と磁気の現象を説明する4つの方程式です。
注5.
大型放射光施設SPring-8、赤外物性ビームラインBL43IR
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。BL43IRでは赤外放射光を使用した実験が可能です。
注6.
キラル物質、光学活性
キラルは掌性ともいい、キラル物質には通常、右手と左手の関係に対応する2種類があります。ショ糖や酒石酸は有名なキラル物質で、光を通すとその偏光が回転しますが、左右が異なると回転方向が逆になります。このような現象を光学活性といいます。
注7.
光弾性変調器
石英ガラスなどでできた光学素子で、屈折率を電気的に制御することで、透過光の偏光状態を変化させることができます。図2の実験では、楕円偏光を傾いた直線偏光と傾いていない楕円偏光に分離するために使用しています。

論文情報

タイトル:Magneto-optical spectra of an organic antiferromagnet as a candidate for an altermagnet
著者: Satoshi Iguchi*, Hiroki Kobayashi, Yuka Ikemoto, Tetsuya Furukawa, Hirotake Itoh, Shinichiro Iwai, Taro Moriwaki, and Takahiko Sasaki

*責任著者:東北大学 金属材料研究所 准教授 井口敏
掲載誌:Physical Review Research
DOI: https://doi.org/10.1103/nnz3-tq7y
URL: https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/nnz3-tq7y