2025.01.17.
長田典子・工学部教授が温水洗浄便座の新製品開発に協力
「感性工学」でおしりの洗い心地を調査・研究し、 人がおしり洗浄に求める価値を可視化
関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)の長田典子・工学部教授は、専門とする「感性工学」の手法に基づき、便座のおしり洗浄の水流の違いがユーザーの洗い心地にどのような影響を及ぼすのかを調査・研究し、パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社(以下 パナソニック)が2025年2月19日に発売する温水洗浄便座「ビューティ・トワレ」の開発に協力しました。長田教授はこれまでも様々な手法で「感性工学」の実用化に取り組んできましたが、人の「触感の個人差」を感性評価技術で調査・研究して製品化に取り組んだのは初の事例となります。
本件に関する研究成果として、2025年3月5日から7日にかけて京都工芸繊維大学で開催する第20回日本感性工学会春季大会において論文発表を行う予定です*。
ポイント
- 長田教授の初の試みとして、人の「触感の個人差」を「感性工学」の感性評価技術を用いて調査・研究を行いました。
- 人がおしり洗浄に求める価値を「感性工学」により可視化し、ユーザーを5つのタイプに分類しました。さらにその内の2タイプに対し、おしり洗浄における新たな価値を提供できる可能性を導き出しました。
- 今回の長田教授の取り組みが、3つの新おしり洗浄モードを搭載するパナソニック「ビューティ・トワレ」の製品化につながり、温水洗浄便座に新たな付加価値が加わりました。
今回調査・研究したのは「おしりの洗い心地」
このたびの温水洗浄便座の開発協力では、おしり洗浄におけるユーザーごとの「おしりの洗い心地」を評価。長田教授にとっても、「感性工学」の手法である感性評価技術により、人の「触感の個人差」を調査・研究して製品化に取り組んだのは初の試みとなります。
製品開発を行ったパナソニックの調査によると、温水洗浄便座の購入時に重視するポイントとして「おしりの洗浄感」が挙げられる一方、購入後、おしり洗浄に不満を持っているユーザーが多いことが分かっていました。洗い心地の好みは人ぞれぞれです。そこで「感性工学」の手法に注目した同社は、長田教授に製品開発への協力を依頼。長田教授は、パナソニックが独自に開発したおしり洗浄モードを「感性工学」に基づいて検証しました。
ユーザーがおしり洗浄に求める価値を「感性工学」により可視化
ユーザーが既存製品のおしり洗浄に不満を持っていることは確かな一方で、人がおしり洗浄に何を求めているのかについては明らかになってはいませんでした。また、おしり洗浄においてどのような価値を訴求すると、マーケティングする上で効果的であるかについても定かではありませんでした。そこで長田教授はまず、ユーザーがおしり洗浄に求める価値を可視化することを試みました。おしり洗浄における「触感の個人差」を調査し、ユーザーが求める価値を特定することに加え、それらの価値には洗浄時におけるどのような感情や印象、また水流の感じ方が関係しているのかを明らかにしました(図1)。

おしり洗浄の好みからユーザーを5つのタイプに分類
おしり洗浄に求める価値や、洗浄時における感情、印象、水流の感じ方を数量化することで、ユーザーを5つのタイプに分類(表1)。そして、それぞれのタイプが洗浄時にどのような側面を重視しているのかについても解析を行い、タイプに応じて最適な価値を選択して訴求することが実際にマーケティングをする上で効果的であることを提言しました。

さらに実証実験を進めると、水流の好みは類型化できることがわかり、パナソニックの「ソフト洗浄」、「バブル洗浄」、「パワービート洗浄」の3つの洗浄モードを搭載した温水洗浄便座「ビューティ・トワレ」が開発されました。その後、「バランスタイプ」、「ポジティブ感評価タイプ」の2タイプのユーザーに対して、おしりの洗い心地において新たな価値を提供できる可能性があることが導き出されました。同社従来品と比較して、「バランスタイプ」は、「ソフト洗浄」でより優しい洗い心地を感じ、「バブル洗浄」でより癒され感を得ることが、また「ポジティブ感評価タイプ」は「パワービート洗浄」でより良い洗い心地を感じることが明らかになっており(図2)、「感性工学」により温水洗浄便座に新たな付加価値が加わることとなりました。
また長田教授は、おしり洗浄時の脳波や心拍変動などの生理反応と洗い心地(感情・価値・印象)の関係分析から、ユーザータイプ間で洗い心地の形成に関わる神経基盤の機能が異なる可能性を示しました。この結果は、おしり洗浄の価値の捉え方が生理的観点からも多様であることを示唆するものであり、このたびの開発において、おしり洗浄の価値を提供する上で個人差を考慮することの重要性を示すこととなりました。

人の感性やフィーリングを科学する「感性工学」
「感性工学」とは、産業や生活環境において新たな価値を創出するため、人の感性やフィーリングという論理的に説明することが難しいと言われる反応を、科学・技術・芸術を融合した新しい方法論により調査・研究する学問です。製品・サービスの開発においては、カスタマイズ化やパーソナル化への関心の高まりにより、見た目や触り心地などユーザーの好みやイメージに合ったデザインを提供することが重要です。「感性工学」が学問として登場する以前は、熟練者(専門家)による判断(官能検査)や一般向けのアンケート調査といった手法が用いられてきましたが、専門家と実際のユーザーの感性が異なる点、調査に客観性や再現性が欠ける点、一人ひとりの感じ方の違いを把握できない点などにおいて限界があり、感性的な印象の定量化、指標化が十分になされていないという課題がありました。しかし、工学、心理学、統計学などの「科学」に基づき感性やフィーリングを調査・研究する「感性工学」により、製品やサービスに対する漠然とした人の気持ちや感じ方について、客観的な尺度を作成し、それを用いて感性を数値化、可視化することが可能となりました。さらには、製品やサービスに感性的な付加価値を与えることも可能になりました。
長田教授による「感性工学」実用化の数々
<事例1:ファンデーション>
化粧品メーカーとの共同で「透明感」をテーマにしたファンデーションを開発。メイク肌と素肌の透明感を測る「感性のものさし」を心理学の観点で作成し、それを用いて透明感を評価したところ、メイク肌の方にのみ「シルクのような滑らかさ」という独自の触感を表す概念があることを明らかしました。そこで滑らかな触感を持つファンデーションを開発すると、ユーザーからは「透明感が高い」と評価され大好評を得ました。
<事例2:AIによる生地レコメンドシステム>
AIが顧客の好みに合った衣服の生地を提案する「感性AIソムリエ」を開発。生地の色や柄などの特徴と、それらに対して顧客が持つ印象をパターンとしてAIに学習させることにより、多くの候補の中から顧客の好みにぴったりな生地を見つけ出します。このシステムは百貨店やオンラインショップで利用されています。
<事例3:LEDシーリングライト>
パナソニック株式会社との共同で、感性に訴えるLEDシーリングライトを開発。LEDの灯りが「リフレッシュする」、「くつろぎを感じる」、「癒しに合う」といったさまざまな感性価値をもたらすことを、心理計測と脳波計測を用いて明らかにしました。
長田教授のコメント

今回は感性工学を応用して「触感の個人差」を明らかにすることができました。
同じ商品を使っても人それぞれで感じ方が違うということは予想できますが、それを定量的に示し、さらにそれぞれに合わせた機能を推薦できたことは価値創出の観点から意義があると思います。感性工学は業種やジャンルを問わず、人が介するすべての場面に適用可能な共通基盤技術であり応用技術でもあります。これからも感性工学の幅を広げて、身近な生活空間からオフィス、街、工場、公共空間、さらに国や地域、文化圏など人々の感性を対象に研究を進めて地球規模のSDGsやWell-beingに貢献したいと考えています。
*第20回日本感性工学会春季大会で発表予定の論文情報
<論文タイトル>
温水洗浄便座の洗い心地に関する感性価値評価(1)-価値構造と心地の良い洗浄感評価尺度による個人差の検討-, 第20回日本感性工学会春季大会, 2025.
<著者>
都賀 美有紀、山﨑 陽一、長田 典子、飯田 晴香、川島 知子、臼井 萌絵、廣崎 和也、藤井 翔大
<論文タイトル>
洗浄便座の洗い心地に関する感性価値評価(2)-生理心理計測に基づく心地良い洗浄感における個人差の検討-, 第20回日本感性工学会春季大会, 2025.
<著者>
山﨑 陽一、都賀 美有紀、長田 典子、飯田 晴香、川島 知子、臼井 萌絵、廣崎 和也、藤井 翔大
パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社 プレスリリース
新開発のノズルで清潔性と快適性の両立 “おしり洗浄の革新“ 産学連携で感性工学に基づいて検証した洗浄感 外部サイトへのリンク
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