2024.05.15.
ゴキブリの性フェロモンの受容・処理機構を解明し、求愛行動の制御機構を明らかに

ゴキブリの駆除や管理に期待

福岡大学理学部地球圏科学科の渡邉英博助教、中川裕之教授、関西学院大学・立石康介助教(2022年福岡大学大学院理学研究科博士後期課程修了)を中心とした、総合研究大学院大学・渡邊崇之助教、JT生命誌研究館・宇賀神篤研究員、北海道大学電子科学研究所・堂前愛研究員、西野浩史助教、水波誠リサーチフェローらの研究グループは、衛生害虫であるワモンゴキブリの性フェロモン受容体を特定し、分子生物学的手法を用いて性フェロモンを感じられないゴキブリを作成しました。この性フェロモンを感じられないゴキブリの脳神経系や性行動を詳細に解析することで、ワモンゴキブリの求愛行動を拮抗的に制御する神経機構を明らかにしました。この結果により、ゴキブリの求愛行動の人為的な制御が可能になり、今後、衛生害虫であるゴキブリの駆除や管理に役立つと考えられます。
本研究成果は、2024年4月30日(火)に米国科学アカデミー発行の国際科学雑誌『PNAS nexus』 誌に掲載されました。

論文内容

衛生害虫であり、不快害虫であるワモンゴキブリ(Periplaneta americana)のオスはメスが発する性フェロモンに強く誘引され、メスに遠方から定位し、求愛行動を行います。この性フェロモンは主成分であるペリプラノンB(PB)と副成分であるペリプラノンA(PA)からなる物質で、両者の化学構造はよく似ています。ワモンゴキブリのオスはピコグラム(1兆分の1グラム)単位の性フェロモンを認識できる極めて鋭敏な嗅感覚系を長い髭状の触角に備えています。PBやPAは単独で高い誘引性を持つことからゴキブリの駆除剤として広く研究されてきましたが、PBやPAの受容機構や、これらが脳内でどのように処理され、求愛行動に結びつくのかは、ワモンゴキブリの性フェロモンが発見されてから半世紀以上不明でした。
昆虫は触角に存在する嗅感覚細胞に分布する匂い受容体により、匂い分子を受容することがわかっています。
本研究では、分子生物学的手法と神経生物学的手法をワモンゴキブリに適用することで、ワモンゴキブリにおけるPB受容体とPA受容体を明らかにしました。さらに、それら性フェロモン受容体を発現している性フェロモン感覚細胞や、その性フェロモン応答性も解明しました。 続いて、同定した性フェロモン受容体遺伝子を操作することで、PBもしくはPAを感じることのできないゴキブリを人為的に作成し、脳内での性フェロモンの処理機構や、PBおよびPAの求愛行動における役割を明らかにしました。
その結果、オスのワモンゴキブリの脳内では、PBを処理する脳内神経の活性化がメスへの誘引行動や求愛行動の発現に必須であることがわかりました。一方、PAを処理する脳内神経が興奮すると、PB処理経路の活性化が抑えられ、その結果、オスゴキブリの行動活性が抑制されることがわかりました(下図)。自然界では、メスゴキブリから放出されるPBの量はPAの量より約10倍多いことがわかっています。そのため、性フェロモンを放出するメスの遠方では、オスゴキブリの脳内のPB処理経路が活性化し、オスゴキブリを強く誘引します。一方、オスがメスに近づくにつれ、オスゴキブリの脳内ではPAの処理経路が活性化するようになります。PA処理経路の活性化はPBによる行動活性の上昇を抑えるので、オスゴキブリはメスの近傍に留まるようになり、効果的にメスに定位し、交尾できるようになると考えられます(下図)。このように、オスゴキブリは環境中のPBとPAの分布の変化を正確に感じ取り、効率よくメスを探索していると考えられます。

今回の研究成果では、性フェロモン受容体遺伝子の発現を制御することで、ゴキブリの誘引行動や求愛行動を、世界で初めて人為的に制御することに成功しました。今回明らかになった結果より、PB処理経路の活性化がゴキブリの誘引行動や求愛行動の解発につながることが分かったため、これを活用することでより強力なゴキブリ誘引剤の開発に活用できると考えられます。また、PA処理経路はゴキブリの行動活性や求愛行動を抑制する働きがあることもわかりました、この結果はゴキブリの個体数管理に活用できると期待されます。
今回の研究で明らかになった、ゴキブリの性フェロモン受容能は動物界屈指の高感度であるため、このメカニズムを今後明らかにすることで超高感度バイオセンサーの開発につながると考えられます。さらに言えば、ゴキブリの性フェロモン受容体はゴキブリの性フェロモンだけを特異的に受容するため、今回明らかになった受容体分子を活用することにより、住環境に存在するゴキブリのみを探知するゴキブリ探知機の開発につながるかもしれません。

実施主体

【福岡大学理学部】
理学部助教 渡邉英博:責任著者
理学部教授 中川裕之

【関西学院大学】
生命環境学部助教 立石康介:筆頭著者
*福岡大学大学院理学研究科2022年3月学位取得・博士後期課程修了

【総合研究大学院大学】
統合進化科学研究センター助教 渡邊崇之

【JT生命誌研究館】
研究セクター研究員 宇賀神篤

【北海道大学】
電子科学研究所助教 西野浩史
電子科学研究所リサーチフェロー 水波誠(北海道大学大学院理学研究院名誉教授)
電子科学研究所学術研究員 堂前愛

掲載論文情報

掲載誌:PNAS nexus (北米科学アカデミー刊行)
論文タイトル: Interactive parallel sex pheromone circuits that promote and suppress courtship behaviors in the cockroach
(ゴキブリの求愛行動を拮抗的に制御する神経機構)
DOI: https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgae162
Kosuke Tateishi, Takayuki Watanabe, Mana Domae, Atsushi Ugajin, Hiroshi Nishino, Hiroyuki Nakagawa, Makoto Mizunami, Hidehiro Watanabe, Interactive parallel sex pheromone circuits that promote and suppress courtship behaviors in the cockroach, PNAS Nexus, Volume 3, Issue 4, April 2024, pgae162, https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgae162

特徴・PRポイント

特筆すべき発見:

  1. 分子生物学的手法と神経生物学的手法を組み合わせることにより、ワモンゴキブリが用いる二種の性フェロモン(PBとPA)それぞれの受容体を特定し、その詳細な分布受容能を明らかにした。その結果、ゴキブリの2種の性フェロモン受容機構の一端が明らかになった。
  2. 性フェロモン受容体遺伝子の発現を阻害することによって、人為的にそれぞれの性フェロモンを感じることのできないゴキブリを作出した。
  3. 性フェロモンを感じられないゴキブリを用い、脳内の神経から性フェロモン応答を記録し、その応答特性を調べることで、PA処理経路がPB処理経路を抑制する、脳内での性フェロモン処理機構が明らかになった。
  4. 主成分であるPBと副成分であるPAの具体的な役割は半世紀の間不明であった。性フェロモンを感じられないゴキブリの行動を詳細に調べることで、2種の性フェロモンの求愛行動における役割を明らかにした。
  5. 上記の結果から、性フェロモンによって引き起こされる誘引行動や求愛行動を性フェロモン環境依存的に制御する神経メカニズムを明らかにした。

社会に役立つこと:

  1. 世界で初めて、ゴキブリの求愛行動の人為的な制御に成功した。
  2. ゴキブリの誘引行動や求愛行動の解発やその抑制に必要な神経機構を明らかにした。この結果は、より強力なゴキブリ誘引剤の開発や、求愛行動の外的な制御による個体数管理に役立つ。
  3. ゴキブリの性フェロモン特異的な受容体を明らかにしたため、特定環境中のゴキブリの存在を探知するゴキブリセンサーの開発が期待できる。
  4. 地面を歩く昆虫であるゴキブリで見つかった匂い源探知のための新たな行動制御神経機構は、そのまま匂い源探知ロボットのアルゴリズムとしても応用可能である。

(共同プレスリリース・関西学院)ゴキブリの性フェロモンの受容・処理機構を解明PDFリンク