2023.08.01.
【タッチダウン to 関西学院大学】神戸海洋博物館メインホールで「はやぶさ2」実物大模型展示、小笠原雅弘氏を招いたトークイベントなどを開催

7月22日(土)、神戸海洋博物館メインホールで【タッチダウン to 関西学院大学】を開催しました。

イベントでは、「はやぶさ」初号機から技術者として携わっていた小笠原雅弘氏(日本電気航空宇宙システム株式会社)を招き、「はやぶさ2」実物大模型の前で本学の田中裕久・工学部教授とのクロストークを実施。司会進行役は山崎淑行氏(NHKラジオ第一「NHKジャーナル」解説キャスター)が務めました。その後は「未来トーク」と題し、本学の大学院生・学部生3名も参加してトークセッションを行いました。

小笠原雅弘氏((元)日本電気航空宇宙システム株式会社)

小笠原雅弘氏((元)日本電気航空宇宙システム株式会社)

小笠原氏と田中教授によるクロストークは、それぞれの業績・研究紹介からスタート。

小笠原氏はまず、日本の宇宙開発の歴史を概説しました。自身が開発に関わったハレー彗星探査機「さきがけ」から、「はやぶさ」初号機と「はやぶさ2」の違い、さらには将来の火星衛星探査計画(MMX : Martian Moons eXploration)、「はやぶさ2#」などについても話しました。
続いて、小笠原氏は実物大模型を使いながら「はやぶさ2」の各部品について説明。「『はやぶさ2』は大きな太陽電池パネルが目立つ。人工衛星は太陽電池で電気をまかなうエコな機械だ。上部に付いている2つのアンテナはそれぞれ異なる系統のアンテナ。周波数の異なる電波を使用する目的と、予備の役割を担っている。下部に付いている4つの球はターゲットマーカーと呼ばれるもので、衛星の地表に近づいたら投下する。ターゲットマーカーは機体から発光すると反射して光るので、それらを目印にして機体がタッチダウンする。このターゲットマーカーの開発で参考にしたのがお手玉だ。無重力の環境で跳ね返ってこないよう、エネルギーを捨ててくれるメカニズムを持った球の参考にした」と、ターゲットマーカーの開発秘話を交えて解説しました。

田中裕久・工学部教授

田中裕久・工学部教授

材料開発を専門とする田中教授は、エネルギーや触媒の研究を志した経緯を紹介。「田中研究室のテーマのひとつとして、『モノは人を幸せにする』という仮説の証明がある。学生時代から材料研究をしていて、企業に入りモノづくりの道へ進んだ。当時は1980年代、バブルでモノがあふれている時代だ。このままで良いのか、本当に『モノは人を幸せにする』のか自問自答したが答えが見つからず、360度見渡す限り何もないサハラ砂漠へ旅に出た経験が、冒頭の仮説に繋がっている」と語りました。続けて、「その後は触媒を研究し、走れば走るほど周りの空気よりもきれいな排ガスを作る触媒を開発・実用化し、多くの自動車で使用されている。その他にも、水素も貴金属も使わない燃料電池車を開発した。白金や石油など貴重な天然資源は世界中で争いや悲惨な歴史を生み出してきた。だから、そういった資源を使わない燃料電池車を作ることで紛争をなくし、仮説を証明したいと考えた」と自身の企業での研究開発の経験を紹介。「これからは宇宙技術にも目を向けていきたい」と語りました。

山崎淑行氏(NHKラジオ第一「NHKジャーナル」解説キャスター)
 
続いて山崎氏は「日本の人づくり、人材育成はどうあるべきか」と質問。

これに対し、小笠原氏は「失敗しても諦めない、打たれ強い人材づくりが必要。失敗から学ぶことができれば、それは失敗ではない。だから、『はやぶさ2』はミッションをほぼ完璧に遂行できた。技術も人も『はやぶさ』の教訓を最大限活かした結果だ。自分も失敗や困難に直面した経験が何度もある。例えば先ほどのターゲットマーカー。実は『はやぶさ2』が搭載しているターゲットマーカーは硬い。もともとはお手玉のように柔らかいはずだった。しかし、空気がある環境での実験はうまくいったものの、真空では跳ねてしまうことがわかった。布の縫製が反発の原因だったが、当時の私はお手上げ。そこで、別のメンバーが硬いターゲットマーカーというアイデアを出してくれた。まさに私にとってコペルニクス的転回だった。チームでやっていればこういった困難も乗り越えられるし、落ち込んだら支えてくれる」と、失敗を恐れない人づくりや協働できる人材づくりの必要性を強調しました。

田中教授は小笠原氏の意見に賛同しながら、「どんなことにでも首を突っ込むような好奇心が大切だ。研究では予想と違った結果が出ることだらけ。自分は、そんな時に面白いと感じてしまい、失敗だと思わずにどんどんその先に進んでしまう性格だ。そんな風に楽しめる気持ちを持つのもいいのでは」と語りました。

山崎氏は最後に「宇宙分野ではどういう人材が必要だと思うか」と問いかけました。 これに対して小笠原氏は「人のやってないことをやってみようという人材が求められていると思う。例えば、小惑星に行ってサンプルを取ってくる方法はウェブで検索しても出てこないし、教科書にも載っていない。それを考えるのは一人でなくて良いし、誰かと協力して考えられたら良い。誰も成し遂げたことがないことに挑戦する気概が大切だ」と話しました。 田中教授は「チームワークができて、コミュニケーションを図れる人材が大切。あとは、苦手なことを苦手と言える人。苦手な分野があれば、その分野が得意な人に協力してもらえば良い。ひとりで全てのことをしようと考えず、苦手な分野は仲間に助けてもらって、自分が好きだと思う分野に注力すると、自分だけでなく周りも一緒に楽しめる。そのためにも、自分の宝物になるような好きな分野を見つけてほしい」と、若い世代へのメッセージを込めて語りました。

理工学研究科修士1年生 上垣伸弥さん


後半の小笠原雅弘氏と本学大学院生・学部生3名によるトークセッション「未来トーク」は、学生からの質問に小笠原氏が答えるかたちで進行しました。

自動車触媒の材料を用いた、水素を安全に取り扱う触媒の研究をしているという理工学研究科修士1年生 上垣伸弥さんは「いま電気自動車や燃料電池車の研究が盛んだが、宇宙開発に携わった技術者として注目するのはどんな技術か」と質問。これに対して小笠原氏は「電気自動車に使われているバッテリーに注目している」と答え、「人工衛星の開発でもバッテリーで行き詰まっている部分がある。リチウムイオン電池の開発以降、次がないのでブレークスルーが求められている。水素もいろいろな可能性を秘めていると思う。月の南極や北極には氷があり、水素を作れるので、月の水で水素を作ることができるかもしれない」と、宇宙開発技術者の視点から回答しました。
理工学研究科修士1年 中山智仁さん
続いて理工学研究科修士1年生 中山智仁さんが宇宙空間での機体操作や通信の面で苦労したことを尋ねると、小笠原氏は「遠い宇宙に行くような探査機につきものの問題は時間差。『はやぶさ2』は約3億km離れた小惑星リュウグウに行った。通信には片道1000秒、応答があるまで30分だ。初号機の『はやぶさ』も、この時間差ゆえに、機体が地表に着陸しているのか分からなかった。時間差をマネジメントするのはなかなか難しい。もうひとつのリスクは人。疲れてくると人はミスをしがちだ」と応えました。
理工学部先進エネルギーナノ工学科4年 川添真里亜さん

 
現在4年生で、電力会社に就職が決まっているという川添真里亜さんは、「『はやぶさ2』の技術開発にはいろいろな困難があったと思うが、仕事を続けるためのモチベーションは何だったか」と質問。小笠原氏は「仕事だから、というのはもちろんある。意地もあったかもしれない。同じような質問を、『はやぶさ』からの通信が途絶えて消息がつかめなかったとき、交信担当のオペレーターにぶつけてみると『使命だから』と返ってきた。『私が見つけなかったら誰が見つけるのか』と、まるで『はやぶさ』に我が子のような愛情を注いでいた」と、当時のエピソードを交えて応えました。

その後も小笠原氏と学生のトークは時間いっぱいまで続き、神戸海洋博物館でのイベントは盛況のうちに幕を閉じました。