2022.04.07.
芳香族アゾ化合物と酸化還元活性な金属イオンからなる有機-無機ハイブリッド化合物を正極活物質とすることで、高容量・高電圧を示すナトリウムイオン電池を開発 -次世代蓄電池の開発に期待-

■参考図■ SIBの模式図。CPL-4正極におけるイオン挿入を、車庫(CPL-4)に入る車(ナトリウムイオンまたはリチウムイオン)で表現。ナトリウムイオンはCPL-4の空孔をスムーズに通過できるのに対し、リチウムイオンは空孔を通過できず、CPL-4の前で渋滞する。

■参考図■ SIBの模式図。CPL-4正極におけるイオン挿入を、車庫(CPL-4)に入る車(ナトリウムイオンまたはリチウムイオン)で表現。ナトリウムイオンはCPL-4の空孔をスムーズに通過できるのに対し、リチウムイオンは空孔を通過できず、CPL-4の前で渋滞する。

関西学院大学工学部の吉川浩史教授、米子工業高等専門学校総合工学科の清水剛志特命助教(関西学院大学大学院理工学研究科 理系学部研究員)と、関西学院大学理学部の豆生田匠海氏、豊嶋広樹氏、田中大輔教授、秋吉亮平助教らからなる研究チームは、ナトリウムイオン電池の電極材料として、芳香族アゾ配位子と酸化還元活性な金属イオンを含むユニットからなる有機-無機ハイブリッド化合物が、高容量と高電圧を実現することを見出しました。
ナトリウムイオン電池(SIB)は、リチウムイオン電池(LIB)に匹敵する電力を安いコストで得られることから、次世代蓄電池の一つとして注目されています。最近では、豊富な資源を原料とする軽量な有機化合物を活物質とし、さらに高性能なSIBが開発されています。その中でも、芳香族アゾ化合物は、多電子酸化還元反応と急速充放電を両立する有望な活物質です。しかし、既報の芳香族アゾ化合物には、電解液への溶出による容量減少を防ぐために酸化還元不活性なカルボキシレートが結合しており、重量当たりの容量が小さくなるという欠点がありました。また、電圧が1.2 Vと低いため、正極活物質としては利用されていませんでした。本研究チームは、電圧2.0 Vを示すアゾピリジン(azpy)配位子、および酸化還元活性なCu2+イオンを含む[Cu(pzdc)]レイヤーからなるCPL-4(組成式 : [Cu2(pzdc)2(azpy)]、pzdc- =ピラジン-2,3-ジカルボキシレート)を正極活物質とすることで、芳香族アゾ化合物の電解液への溶出を防ぐとともに、高容量と高電圧を兼ね備えたSIBを開発しました。また、SIB ではCPL-4内部のイオン挿入/脱離によって高容量を示したのに対し、LIBではイオン挿入/脱離がCPL-4表面近傍のみで起きたため小さな容量を示しました。このように、CPL-4は電解液に含まれるカチオン(キャリアーイオン)によって異なる反応機構を示すことも本研究から明らかとなりました。本成果は、芳香族アゾ化合物を正極活物質として利用するアイディア、およびLIBと異なる新たな活物質設計の指針として、SIBをはじめとする次世代蓄電池の開発に広く活用されることが期待されます。
本研究成果は、4月7日(日本時間)にアメリカ化学会のエネルギー化学系雑誌「ACS Applied Energy Materials」オンライン版に掲載され、カバーピクチャーにも採択されました。


《ポイント》
・カルボキシレートが付加した芳香族アゾ化合物では低電圧1.2 Vの負極活物質でしたが、本研究ではアゾピリジン(azpy)が電圧2.0 Vを示すことに着目し、芳香族アゾ化合物を正極活物質とすることに成功しました。
・酸化還元不活性なカルボキシレートの代わりに芳香族アゾ化合物をCu2+イオンと結合させることで、活物質の電解液への溶出による容量減少を改善するだけでなく、重量当たりの容量を大きくすることに成功しました。
・Azpy配位子、および酸化還元活性なCu2+イオンを含む[Cu(pzdc)]レイヤーからなるCPL-4は、SIBの正極活物質として優れた電池特性を示しました。また、LIBではCPL-4表面のみでイオン挿入/脱離が起きたのに対し、SIBではCPL-4内部までイオン挿入/脱離が起きたため、高容量を得ることができました。
・本研究成果で提案した、芳香族アゾ化合物などの有機化合物を正極活物質とするアイディアを用いることで、SIBをはじめとする次世代蓄電池の開発に繋がることが期待できます。


《研究の背景と経緯》
蓄電池は、正極と負極上の酸化還元活性物質(活物質)の電子授受および電解液中のキャリアーイオンの活物質への挿入/脱離を駆動力として、繰り返し蓄電と放電ができるエネルギーデバイスであり、蓄電池の性能は活物質とイオンの物性に依存します。現在では、LiCoO2、LiMn2O4、LiFePO4などの高電圧を示す無機系正極活物質、リチウムイオンをキャリアーイオンとしたリチウムイオン電池(LIB)が広く利用されていますが、電池材料の資源枯渇やエネルギー問題、電力需要の高まりに対応するため、これまでに様々な活物質およびイオンを利用した蓄電池が開発されてきました。
最近では、ナトリウムイオンをキャリアーイオンとしたナトリウムイオン電池(SIB)や有機化合物を活物質とした、LIBに匹敵する電力を安いコストで得られる蓄電池が新たに開発されています。その中でも、芳香族アゾ化合物はSIBの負極活物質として多電子酸化還元反応と急速充放電を示すことから、活物質における有力な候補とされています。しかし、既報の芳香族アゾ化合物では、電解液への溶出による容量減少を防ぐために酸化還元不活性なカルボキシレートを結合させる必要があり、重量当たりの容量は小さくなってしまいます。また、カルボキシレートを結合させたアゾ化合物は低電圧1.2 Vを示すため、正極活物質としてはこれまで利用できませんでした。このような芳香族アゾ化合物を正極活物質として利用するためには、カルボキシレートを使わず、酸化還元活性な原子と結合させることが必要です。


《研究成果》
今回、田中教授、秋吉助教、吉川教授、清水助教の研究チームは、SIBの正極活物質として、アゾピリジン(azpy)配位子、および酸化還元活性なCu2+イオンを含む[Cu(pzdc)]レイヤーからなるCPL-4(組成式 : [Cu2(pzdc)2(azpy)]、pzdc =ピラジン-2,3-ジカルボキシレート)を用いることで、芳香族アゾ化合物の電解液への溶出を防ぐとともに、高容量と高電圧を兼ね備えたSIBを開発しました。これは、azpyの2.0 VとCu2+イオンの酸化還元反応に基づく容量であり、Cu2+からCu+の可逆な酸化還元反応を伴うナトリウムイオンのCPL-4内部への挿入/脱離が起きていると考えられます。さらに、CPL-4を正極活物質としたLIBの電池特性を比較したところ、リチウムイオンの挿入/脱離はCPL-4表面近傍でのみ起きており、小さな容量を示しました。このように、CPL-4は、キャリアーイオンによって異なる反応機構を示すことも本研究から明らかとなりました。本研究成果は、芳香族アゾ化合物を正極活物質として利用するアイディア、およびLIBとは異なる新たな活物質設計の指針として、SIBをはじめとする次世代蓄電池の開発に広く活用されることが期待されます。

《今後の期待》
芳香族アゾ化合物などの有機化合物を金属有機構造体の配位子とする正極活物質を活用した、高性能かつ安価な蓄電池が開発されれば、スマートフォンやノートパソコンなどの携帯機器の性能を飛躍的に向上させるとともに、電池材料の枯渇やエネルギー問題を解決することができます。さらに、キャリアーイオンの違いによる充放電反応機構の違いに基づく本研究成果は、イオンセンサーやイオンダイオードといった、イオンを制御する新しいスマートデバイスの開発にもつながるのではないかと考えています。 
今後は、カリウムイオンやカルシウムイオンなどをキャリアーイオンとした新しい蓄電池の開発およびその反応機構解明が進展し、よりよいエネルギー社会の創設が期待されます。
 

■研究助成
本研究はJSPS科学研究費(21K14727、21K20544、19K22222、20H04680、20H04646、20H02577)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築(研究総括:常行 真司)」における「ハイスループット合成・評価システムと機械学習の統合による革新的太陽電池材料の探索(研究者:田中 大輔)」(JPMJPR17NA)、矢崎科学技術振興記念財団、研究拠点形成事業「A. 先端拠点形成型 先進エネルギー材料を指向したポリオキソメタレート科学国際研究拠点(研究総括:定金 正洋、研究者:吉川 浩史)」、2021年度大学共同研究(関西学院大学、学長指定研究)の支援により行われました。

■論文タイトル
Application of Porous Coordination Polymer Containing Aromatic Azo Linkers as Cathode Active Materials in Sodium-Ion Batteries
(和訳:芳香族アゾリンカーを有する配位高分子のナトリウムイオン電池の正極活物質への応用)

■著者
Takeshi Shimizu, Takumi Mameuda, Hiroki Toshima, Ryohei Akiyoshi, Yoshinobu Kamakura, Katsuhiro Wakamatsu, Daisuke Tanaka, and Hirofumi Yoshikawa

■ACS Applied Energy Materials誌のトップページ URL
https://pubs.acs.org/journal/aaemcq