2021.12.15.
ミリメートルスケール魔法角ツイスト2層グラフェンの作製とフラットバンドの直接観察に成功

工学部の若林克法教授、日比野浩樹教授ら~名古屋大学などとの共同研究

超伝導の起源の解明や転移温度向上、ツイストロニクスの実現につながると期待

 関西学院大学工学部の若林克法教授、日比野浩樹教授らは、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院工学研究科の乗松航准教授ら、佐藤京樹博士前期課程学生(研究当時。現在ローム株式会社社員)、シンクロトロン光研究センターの伊藤孝寛准教授、マサチューセッツ工科大学(アメリカ)のジーワン・キム准教授との共同研究で、従来の数千倍である3x5 mm2以上の面積を持つツイスト2層グラフェン(注1)を作製し、フラットバンド(注2)の直接観察に成功しました。本研究成果は、2021年12月14日付でイギリスNature Research Groupの「Communications Materials」誌オンライン版に掲載されました。

 この研究成果により、ミリメートルスケールのTBG試料を用いて、これまでできなかった計測手法で実験を行うことができるようになり、超伝導の起源の解明や転移温度向上、ツイストロニクス注5)の実現にもつながると期待されます。

 2層のグラフェンをわずかに回転させて積層した、ツイスト2層グラフェン(TBG)において、魔法角と呼ばれる1.1度のTBGでは、超伝導が発現することが知られています。これまでは、グラファイトの機械的剥離による数十μm程度の大きさの試料しか得られませんでしたが、本研究では、SiC熱分解法注3)によって作製した5 x 5 mm2のグラフェンを転写することによって、ミリメートルスケールの魔法角TBGを作製することに世界で初めて成功しました。さらに、角度分解光電子分光注4)によって魔法角TBGの測定を行ったところ、超伝導の起源と考えられるフラットバンドを直接観察することにも成功しました。

 本研究は、文部科学省科学研究費基盤研究Bをはじめとする支援のもとで行われたものです。

【ポイント】
・3 x 5 mm2以上の面積を持つツイスト2層グラフェンの作製に成功した。
・ミリメートルスケールの魔法角ツイスト2層グラフェンにおいて、超伝導の起源とされるフラットバンドの直接観察に成功した。

【研究背景と内容】
 厚さ1原子層の炭素物質であるグラフェンを、わずかに回転させて積層した物質を、「ツイスト2層グラフェン」と呼びます。様々な基礎研究・製品開発が行われているグラフェンに、ツイスト角という新たな自由度を加えることで、多くの新しい物性が発現することが報告されています。このように、2次元物質を回転させて積層することによる新たな技術は、「ツイストロニクス」と呼ばれます。中でも2018年には、魔法角(magic-angle)と呼ばれる1.1度ツイスト2層グラフェンにおいて超伝導が報告され、世界中の注目を集めました。

 様々な興味深い基礎物性が報告されている一方で、そのほとんどの実験は、グラファイトを機械的に剥離して得た、大きくても0.05 mm角程度の、小さな試料を用いて行われてきました。より多彩な物性測定を行い、ツイストロニクスを実現するためには、大面積のツイスト2層グラフェン試料を作製する技術を開発する必要がありました。

 そのような背景の中で研究グループでは、図1に示す手順で、SiC熱分解法によって作製した5 x 5 mm2の単一方位グラフェンを転写することによって、ミリメートルスケールのツイスト2層グラフェンを作製することに成功しました。SiC熱分解法では、SiC単結晶基板をAr雰囲気中1700度程度で加熱すると、表面からSiのみが脱離し、残ったCがグラフェンを形成します。絶縁性基板上に大面積の単一方位グラフェンを成長することができる手法です。この手法で作製したグラフェンを引き剥がし、別のグラフェン/SiC基板上に、ツイスト角θ分だけ回転させて貼り付けることで、大面積のツイスト2層グラフェンを作製しました。

 魔法角ツイスト2層グラフェンにおける超伝導の起源は、フェルミエネルギー付近にフラットバンドと呼ばれる平坦なバンドが存在し、状態密度が大きくなることに関係していると言われています。本研究では上記の手法により、ミリメートルスケールの魔法角ツイスト2層グラフェンを作製し、角度分解光電子分光(ARPES)測定を行うことによって、フラットバンドの直接観察を行いました。図2には、魔法角ツイスト2層グラフェン試料の光学顕微鏡像とARPES測定結果、ならびに対応する計算結果を示しています。光学顕微鏡像から、SiC上エピタキシャル単層グラフェン(EMLG)と、その上に転写したグラフェンの角度、すなわちツイスト角θは、およそ0.6-1.0度と見積もられます。ARPES測定の結果、赤と青矢印で示すように複数のバンドが観察されました。また、破線で示す-0.22、-0.37、-0.51 eV付近の強度が強くなっていることがわかります。1.08度のツイスト2層グラフェンに対して計算したスペクトル関数では、-0.37 eV付近にフラットバンドが見られます。実験像および計算像における黒矢印で示すkx=0.016 Å-1付近の強度プロファイルのグラフを見ると、破線で示すように強度極大の位置が一致しています。特に、赤の破線はフラットバンドによる強度極大を示しており、実験結果においてもピークが存在することから、フラットバンドの観察に成功したと言えます。フラットバンドが-0.37 eVに位置しているという事実は、ツイスト2層グラフェンが電子ドープされていることを意味しています。フラットバンドに対して、低エネルギー側と高エネルギー側の両方の観察に成功したのは、世界で初めてです。また、これまでのツイスト2層グラフェンにおける実験では観察されなかった、隠れた対称性の存在を示唆する結果も同時に得られました。

【成果の意義】
 これまでは、0.003 mm2程度のごく小さい面積でのみ作製が可能であったツイスト2層グラフェンを、15 mm2程度以上の大面積で作れるようになりました。これにより、これまで行うことができなかった実験手法を用いて、ツイスト2層グラフェンの特徴を調べることができるようになるため、新しい性質が解明されることが期待されます。
 また、フラットバンドを直接観察することができ、電子状態と超伝導を含む物性との関係についての新たな知見を得ることができました。この成果は、ツイストロニクスとそれによる新しい物質開発の実現への道を拡大し、より高度な情報通信技術に貢献すると考えられます。

【用語説明】
注1)ツイスト2層グラフェン:
2層のグラフェンを、わずかに回転させて積層した物質。魔法角と呼ばれる1.1°のツイスト2層グラフェンでは超伝導が生じる。

注2)フラットバンド:
魔法角ツイスト2層グラフェンにおいて、2層分のグラフェンのエネルギーバンドが干渉することによって生じる平坦なバンド。フラットバンドにより状態密度が極めて大きくなることが超伝導の起源の一つとされる。

注3)SiC熱分解法:
SiCを加熱することでSiを除去し、残った炭素によってグラフェンを形成する手法。基板と同じサイズの単一方位グラフェンを絶縁性基板上に形成できる。

注4)角度分解光電子分光:
試料表面のエネルギーバンド構造を直接観察することができる手法。
注5)ツイストロニクス:
グラフェンだけではなく、様々な2次元物質を回転させて積層することで、新しい物性や機能を得る技術。
 

【論文情報】
雑誌名:Communications Materials
論文タイトル:Observation of a flat band and bandgap in millimeter-scale twisted bilayer graphene
著者:Keiju Sato (当時名古屋大学大学院生、現ローム株式会社), Naoki Hayashi(当時名古屋大学大学院生), Takahiro Ito(名古屋大学准教授), Noriyuki Masago(ローム株式会社), Makoto Takamura(ローム株式会社), Mitsuru Morimoto (ローム株式会社), Takuji Maekawa(ローム株式会社), Doyoon Lee(マサチューセッツ工科大学), Kuan Qiao (マサチューセッツ工科大学), Jeehwan Kim (マサチューセッツ工科大学), Keisuke Nakagahara(関西学院大学大学院生), Katsunori Wakabayashi(関西学院大学教授), Hiroki Hibino(関西学院大学教授), Wataru Norimatsu(名古屋大学准教授) 
DOI: 10.1038/s43246-021-00221-3

共同発表)ミリメートルスケール魔法角ツイスト2層グラフェンの作製とフラットバンドの直接観察に成功PDFリンク