[ 文学部 ]学部長メッセージ
文学部長 久米 暁(くめ あきら)
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉をご存知でしょうか。「ポジティブ・ケイパビリティ」が「効率よく迅速かつ正確に答えを見つける力」であるのに対し、「ネガティブ・ケイパビリティ」は「答えの出ない状況に耐える力」「不確実で不可解な状態に留まる力」を指します。現代は明確な答えを見つけにくい不確実性の時代です。その中でこの力が必要不可欠なものとして注目され始めています。
実は、効率を度外視して待つ力・じっくりと向き合う力・もどかしさに耐える力がなければ、美しさや楽しさ、そしてさまざまな人間的な感情に出会うことはできません。たとえば音楽は、そのリズムに一定の時間付き合うことで初めて美しさを感じるものです。我慢できずに三倍速で再生すれば、その魅力は台無しになってしまいます。物語も同じです。結末の「ネタバレ」はご法度であり、先の見えない展開にじっくり向き合うことでこそ面白さを味わえます。人の話を聴いたり会話したりする時もそうです。「要点だけを述べよ」というビジネスライクな態度では人間的な関係を築くことはできません。そこには愛や癒しといった感情が生まれる余地もないでしょう。もどかしさ・わからなさに耐え、そこに留まる力こそが、美や喜び、そして人間らしい感情をもたらし、私たちを人間にしてくれるのです。「ネガティブ・ケイパビリティ」こそ「人間力」なのです。
AI技術の発展により、近い将来、効率よく正確な答えを見つける「ポジティブ・ケイパビリティ」の役割をAIが担う時代が来るでしょう。そうなれば、人間自身がこの能力を身につける意義は次第に薄れていきます。しかし、「ネガティブ・ケイパビリティ」については事情が異なります。この力を発揮している当人だけが、上で述べた楽しさや豊かさを味わえるのだから、AIにこの能力を搭載し肩代わりさせることに意味がありません。「ネガティブ・ケイパビリティ」は人間自身が身につけなければならない力なのです。
私は、文学部こそ「ネガティブ・ケイパビリティ」を体得する場だと考えています。大学に入るまで、皆さんは主に「ポジティブ・ケイパビリティ」を鍛えてきたことでしょう。しかし、これからは「ネガティブ・ケイパビリティ」の時代です。関西学院大学文学部には11の専修があり、様々な方法で「人間とは何か」を探究していますが、それらに共通するのは、それぞれの仕方で「ネガティブ・ケイパビリティ」の体得に関わっているということだと思います。文学部での学びを通じて、「ネガティブ・ケイパビリティ」すなわち「人間力」を存分に養い、さらに磨いてほしいと願っています。