そうせいTIMES 第1号 ポスト3.11 関学総政宣言2011 自然と人間、総合性の復活~そのとき総合政策学部はどう動いたか(2011/7/30 発信)

[ 編集者:総合政策学部・総合政策研究科       2015年7月22日   更新  ]

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◆教員のステータス、担当授業科目は、2011年7月30日発行時点。
◆室崎益輝教授は、2013年3月31日まで在職。

各教授陣

その時、総合政策学部はどのように動いたか

山田教授

山田教授

東日本大震災が起こってから、およそ3ヶ月以上が経過しました。
まず震災があった時、総政の先生方、また学生たちの反応をお聞きしたいと思います。室崎先生のところへいち早く学生の声が寄せられたということなので、そのあたりからお話し下さい。

室崎教授

室崎教授

地震が発生した3月11日は台湾にいたのですが、NHKの国際放送で東日本大震災のことを知ることができました。映像を通じて大変なことが起きたと、阪神淡路大震災の時よりひどい事態になっていると直感しました。
翌日、急いで日本へ帰ってくると、学生から「何かできることはないですか」といったメールが次々と寄せられてきました。その数の多さに驚くと共に、学生たちの「なんとか被災地の支援をしたい」という想いを、形にしたいと思い、3月22日緊急集会を開きました。

連絡をくれた学生たちに呼び掛けると、教室が一杯になるほどの学生が集まり、真剣な話し合いが行われました。教員が学生に指示するのでなく、学生自身が積極的に動いたことが印象的でした。
関西学院大学は、1923年の関東大震災の時にも学生が現地に赴いて、いろんな支援活動を行なったという記録が残っています。こうした伝統が、目に見えない形で学生に引き継がれているように思いました。

村瀬専任講師

村瀬専任講師

総政では、学生、教職員が一体となってうまく支援に立ち上がったように思います。こうした動きは、1年生にもよく伝わっているようです。
私が担当するチャペルアワーでは、必ずしも震災に関わることだけを取り上げているわけではありません。

しかし、学生の関心は高く、「自分に出来ることは小さくても必ずあるはず。休みになったら早く被災地へ行きたい」といった声をよく耳にしますし、私自身もこうした声にしばしば励まされました。

長谷川教授

長谷川教授

3月22日の緊急集会の翌日に、学生2人と大学院生の計4人で、ゼロ泊3日という強行スケジュールで石巻市に出発しました。現地では、炊き出し中心のボランティアに参加しましたが、被災地の大変な状況を見て、被災した方々の話を聞く中で、日本全体で対応していかなければと強く思いました。

それ以降、ボランティア活動を希望する学生が相次ぎ、4月3日にはバスを借りて、学生13人と教員で石巻市まで行きました。崩れた家屋の泥出しをしたのですが、下の方にある重油が非常に重いのです。みんなで必死に泥出しをやって、帰りのバスの中ではくたくたに疲れて寝ていましたね。

ちょうどその時、仙台にある東北学院大を拠点にして、青山学院大が活動されていたので、3大学の学生・教員で話し合いの場を持ちました。大学という枠を超えて、今後どのように支援をしていくか、学生としてどのように関わっていくのかなどを話し、連絡を取り合って行くことになりました。

山田教授

山田教授

現在も、学生たちが連携しながら自主的に活動しているのですか?

長谷川教授

長谷川教授

ボランティアに行ったからといって、すぐに現地の人たちに受け入れてもらえるわけではありません。自分の意思で何度も現地に支援のため足を運ぶことで、被災者の信頼を得ることができます。他大学と連携した活動も継続して行なっていますし、学内の他学部や各キャンパス間でも交流や繋がりが拡大しています。

これから夏休みにかけて、さまざまなプロジェクトがスタートしていくと思います。関学だけでなくて、東北学院大学など他大学と一緒に行うプロジェクトや、関西の学生が結集した取り組みなどが予定されています。時に危ういと感じることもありますが、学生を信じて任せるのが正解という気がします。

この震災をきっかけに、総合政策の学生という枠ではなく、関西学院大学の学生、関西の学生、そして日本の学生ですという大きな視点を持った学生が生まれてくると確信しています。