PICK UP! 法学部生 境 晋一朗さん
[ 2018年8月10日 更新 ]
九州から関西へ、そして世界へ。行動力で広がる交友の輪
【名 前】境 晋一朗
【出身高校】佐賀県立小城高等学校
【人物紹介】
佐賀県佐賀市出身。2015年度に指定校推薦で法学部法律学科に入学。
外国語必修科目で学んだ「中国語」の面白さに心惹かれ、2年次に台湾へ外国語研修に参加。
世界と繋がる楽しさを実感し、帰学後は留学生をサポートする「日本語パートナー」を担当。
大学生活残り半年間は、交換留学で台湾・東海大学(Tunghai University)で学ぶ。
趣味はスポーツ、野球サークル「ATOMS」所属。
関西学院大学を選んだ理由
関西に縁は無かったのですが、関西の「お笑い」や「商売人気質」など、独特の文化に興味がありました。関東の大学へ進学する道もあったのですが、関西の生活の方が面白そうだと思い、関西学院大学をめざすようになりました。
法学部を選んだ理由は、世の中のすべてに繋がる分野だと思ったからです。高校時代から社会科が好きで、世の中の仕組みをもっと深く勉強したいという思いもありました。
入学して直ぐに関西の生活には慣れましたか?
関西に出るときから、不安よりも期待の方が強かったので、比較的早く馴染めたと思います。
関西は思ったとおり個性的な人たちが多くて、そのキャラクターにも助けられ、直ぐに友人ができました。社交的で周りを受け入れる文化は、自分にとってもありがたく、好きな気質でした。
世界と繋がる。
中国語の授業が契機となり、留学へと心を突き動かされた。
法学部では、英語に加え必修の外国語を入学前に決めなくてはなりません。私が中国語を選んだそもそもの理由は、選択できる外国語のなかで一番簡単そう、という不純な動機からでした・・。
1年生のとき、中国語の先生がとても厳しく、必死で勉強しなければならない予想外の状況が起きました(笑)。結果的にそのお陰で基礎が叩き込まれ、世界に興味を持つようになりました。
2年のときの先生はとても優しく、何でも相談できる先生でした。当時教職課程をめざしていたので、せめて短期間でも留学してみたいと先生に相談したところ、直ぐに周りの先生にもコンタクトを取ってくださり、親身に相談に応じてくれました。
日本語パートナーの活動
外国語研修で世界と繋がる楽しさを実感し、帰学後は「日本語パートナー」に応募しました。 関学には、日本語や日本文化を学ぶために毎年多くの留学生が世界中からやって来ます。日本語パートナーは、1人の留学生に2人の日本人学生が付き、週1回程度、日本語上達のサポートをしたり、文化を伝えたりする役割です。私はこの日本語パートナーを計2回務めましたが、2人ともアメリカ人の留学生でした。1人はハワイ州、もう1人はオハイオ州出身でした。
行動力によって広がった「価値観」と「輪」
ゼミ活動(国際私法)
1年生のとき「国際社会と法」という授業で、後にゼミの先生となる岡野祐子先生の講義を受け、国際私法に興味を持ちました。ゼミでは、例えば「日本で働く日本人が海外出張で海外法人の飛行機に乗った際、不運なことにその飛行機が墜落してしまった。この場合、慰謝料はどの国の法律を基準にして支払うのか?裁判になった場合はどの国の法律で裁くのか?」といった問題を扱いながら研究を進めています。グローバル社会において、今や国際私法は決して遠い存在ではなく、実は私たちの生活にも結びついた身近なテーマだと言えます。
※法学部では、ゼミは必修科目ではありません。
(このため境さんは、4年次は春学期のみゼミに参加し、秋学期は交換留学に行きます。)
熊本地震の募金活動
2年生の新学期が始まった2016年4月16日、沖縄出身の友人とご飯を食べていたとき、熊本地震の速報が流れました。自分たちが慣れ親しんだ九州が大変な状況に遭っている光景をテレビで見て、関西で生活を送る自分にはどうすることもできず、無力感でいっぱいでした。
地震発生から数日後、あのとき一緒に食事をしていた沖縄の友人に「自分たちに出来る事はないか、募金活動でもしたいな」と何気なく話したところ、その友人が「だったら今すぐ一緒にやろう」と言ってくれました。
すぐさまスーパーで段ボールをもらい、手作りのプラカードと募金箱を用意して、それからしばらくの期間、授業の合間や放課後に阪急西宮北口駅前に立って募金を呼びかけました。九州の人たちのことを思うと、恥ずかしいとか照れくさいとかいう気持ちは一切ありませんでした。
温かい言葉をかけてくれた人、幼稚園児からお年寄りまで貴重なお金を入れて私たちに想いを託してくれた人、募金活動を通じて、言葉にできないほどの「人の心の温かさ」が伝わりました。
関学法学部に入学して良かったと思うこと
すべてです。将来、自分の子どもも関学に入学してほしいです。この大学に入って本当に多くの友人や尊敬できる先生に出会うことができました。 勿論、別の環境でも人には出会えます。ですが、その数や幅広さは、関学でなければ決して巡り合うことはできませんでした。 「佐賀で生まれ、佐賀で暮らし、佐賀で生涯を終える」ものと思っていた当時の平凡な考えは、関学の4年間で大きく広がり、いつしか世界に憧れ、世界と繋がるまでに膨らみました。
地方から関学法学部をめざす受験生へ
高校時代の私は(実際のところ)模試の結果が関学=E判定でした。それが結果的に指定校推薦で入学することできたのです。 もしも、高校生に戻ってもう一度受験勉強することになったとしたら、そのとき私は再び関学を選択します。例え浪人したとしても、関学に入るまで受験を諦めないと思います。それほど、この大学は私にとってのベストだと思っているからです。 地方出身の高校生には、関西という異なるフィールドで視野を広げて挑戦してもらいたいです。 地元を離れ、1人で関西に出る不安は少なからずあるでしょう。ですが、自分より遥か遠くから来た友人に出会ったとき、そんなメンバーが実はたくさんいるとを知ったとき、その不安はいつしか消えて無くなっているはずです。 関学の入学は、決してゴールではありません。むしろ、グローバルに活躍できる力を身につける「最高のスタート地点」です。