2020.10.20.
【現地調査報告】令和2年7月豪雨による被災地調査

ニュースレターFUKKOU VOL.43掲載記事

災害復興制度研究所主任研究員・准教授 斉藤容子

新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、7月3日から7月31日にかけて、日本付近に停滞した前線の影響で、暖かく湿った空気が継続して流れ込み西日本及び東日本で大雨となった。中でも九州では4 日から7 日は記録的な大雨となった。この大雨により、球磨川や筑後川が氾濫した。更に高知県、長野県、岐阜県等の日本各地で河川の氾濫や土砂災害、低地の浸水が発生した。

特に熊本県では、65名の人命が失われ、未だに2名が行方不明となっている(2020年10月現在)。熊本県庁によれば8,881棟の住宅被害があり、被災者は避難所、仮設住宅、みなし仮設、在宅避難等での生活が強いられている。

▲お茶会の様子(2020年10月20日撮影)

▲お茶会の様子(2020年10月20日撮影)

10月19日、20日、熊本学園大学の社福災害学生ボランティアグループに同行させていただき熊本県人吉市及び球磨村を訪れた。社福災害学生ボランティアグループは人吉市出身の学生を中心に直後から救援活動を開始した。当初から泥かきや在宅被災者へレトルトの野菜スープを配りながら現状を聞く活動をされていた。現在は在宅避難者への支援を継続しながら、新たに設置された仮設住宅での高齢者の聞き取りや、敷地内での青空お茶会を実施している。熊本地震の時と比べて一般ボランティアも少ないが、学生ボランティアも少ないと代表の山北翔大さんは話す。新型コロナウイルス感染症によって学生のアルバイト収入も激減しているため、ボランティア活動に行く時間も余裕もないという課題がある。そこで同ボランティアグループは学生がボランティアを希望する場合は長靴など必要資材の購入やお昼代を寄付金や助成金を使いながら支援し、学生の負担を軽減することでボランティアへの参加の機会を確保している。仮設住宅の一角にテントを張り、学生らが住民にお茶会の声かけをしてまわると居住者の方が少しずつ出てこられた。もとはどこの地域に住んでいたとか、50年前の洪水時の経験談などが交わされた。ある住民の方はシカ肉を炊いたので味見をといって持ってこられた。その中で「以前持っていた圧力釜が流されてしまった。それがあればもっと簡単に炊けたのに。」という話しをしていると、他の被災者が「洪水の片づけをしているときは水に浸かっていないものまで全部いらないと思って捨ててしまって、今になってあれは置いておけばよかったと思うことが多い」と話された。過去の被災地でも同様の話を聞いたことがある。直後の混乱の中で早く片づけたいという想いが先行して全部処分をしてしまったが、仮設住宅に入居し、生活が少し落ち着き始めた時に出てくる想いかと想像する。

現在、新型コロナウイルス感染症蔓延防止のため仮設住宅に作られた集会場も頻繁には使用できない状況があるため、仮設住宅でのお茶会は若い学生との交流のみならず、住民同士が知り合うきっかけにもなっていた。引率の社会福祉学部教授の高林秀明先生、同ボランティアリーダーの山北翔大さんには1月の復興・減災フォーラムにもお越しいただく予定である。

▲球磨川沿いに建つ被災住宅(2020年10月20日撮影)

▲球磨川沿いに建つ被災住宅(2020年10月20日撮影)

次に球磨村を訪れた。人吉市からもっとも離れた神瀬地区は被災前は204世帯の集落であった。しかし現在被災者の多くは1時間以上離れた廃校の避難所で避難生活を続けているか、別の仮設住宅に入居している。毎週土曜日に地区の再生委員会が開かれ地域の復興を住民らが考え始めたところであった。地域に戻った人、避難所、仮設住宅に住む人など様々な状況にある被災者が今後の集落について共に考えていく機会は復興に向けて大きな一歩になると考える。

新型コロナウイルス感染症によって多くのボランティアや支援団体が現地へ行くことを躊躇する中で、これまでの被災地の知恵や専門性を持った人・支援団体が少ないながらも現地に入り、地元の方と共に奮闘をされていた。これまでの被災地で培われた教訓や知恵が新型コロナウイルス感染症によって伝わらないことがあってはならず、コロナ禍においても被災者の支援をどうあるべきかを考え、支える体制を作っていく必要性を大いに感じた。