2021.06.24.
【報告】令和2年7月豪雨災害被災調査ー制度の壁

ニュースレターFUKKOU VOL.45掲載記事

災害復興制度研究所主任研究員・准教授 斉藤容子

兵庫県に出されていた新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が2021年6月20日に解除されたため、令和2年7月豪雨災害からもうすぐ1年を経ようといている熊本県人吉市・球磨村を訪れた。市内は住居が解体された後の更地が目立つようになってきていた。また同時に公費解体の順番待ちのため1年前とほぼ変わらない姿でそこに佇んでいる建物も多くみられる。そしてその近くには真新しく建てられた家もあり、早く再建できる人と今後の生活が見通せず仮設住宅で不安な日々を過ごされている人との差が開いていることが浮き彫りになりつつあった。

人吉市は復興計画を策定し、それに沿って特に被害の大きかった地域において月1 回から2回、地区別懇談会を開催し「復興まちづくり計画」の策定を進めている。住民主体の計画づくりを目指しており、今後の計画策定プロセスそして計画実施について注目していきたい。一方、今回被災者の方とお話する中で様々な復興に関する不安や不満を聞く機会があった。そのひとつが「住宅の応急修理制度」に関する不満である。

住宅の応急修理制度とは以下の通りである。

【基準】 

①大規模半壊又は半壊の被害を受けた世帯:59 万5000円以内 

②準半壊の被害を受けた世帯:30 万円以内

【対象者】 

㋐ 大規模半壊の住家被害を受けた世帯又は半壊若しくは準半壊の住家被害を受け、自らの資力では応急修理をすることができない世帯 

㋑ そのままでは住むことができない(日常生活に不可欠な部分に被害がある)状態にあること 

㋒ 応急修理を行うことで被害を受けた住宅での生活が可能と見込まれること
※全壊の住家は原則応急修理の対象となりませんが、応急修理を実施することにより居住可能である場合は対象
※借家であっても、所有者が修理を行えず、かつ、居住者の資力をもってしては修理ができないために現に居住する場所を確保できない場合は、所有者の同意を得て応急修理可能
(出典:熊本県弁護士会HP より)

▲更地が目立ち始めた球磨村神瀬地区

▲更地が目立ち始めた球磨村神瀬地区

令和元年台風15 号から準半壊(一部損壊)も対象とされた。そしてこれまでは応急修理制度を利用すれば応急仮設住宅に住むことはできなかったが、令和2年7月豪雨から修理期間中に一時的な住宅確保のために応急仮設住宅に住めるよう基準が緩和された。これは総務省の災害時の「住まい確保」等に関する行政評価・監視―被災者の生活再建支援の視点からー結果に基づく勧告による。その勧告には応急修理の一般基準である「1か月以内に完了」は、現実的な基準とは言えず被災地では特別基準によって延長されていることが指摘されている。ここでは被災者が「災害後の精神的な余裕がない中で仮設か応急修理かという選択をせまられないように」とある。この問題を解消するための仮設住宅の入居への緩和であったはずであるが、仮設住宅に居住できる期間は6か月という制限がついた(やむを得ない事情があると認められる場合はこの限りにあらず)。まず上記勧告で指摘されている通り応急修理が1か月で終了することはない。そして人吉市の場合、最も早い建設型仮設住宅の入居が8月22日であり、要配慮者など高齢者が優先的に入居した。その後9月から徐々に入居し、最後の入居は12月である。例え10月、11月に入居できたとしてその時点で災害発生からすでに3か月、4か月が経過している。被災者が残された期間はわずか3か月、2か月である。(今回国と相談の上3月末までの入居が認められたため8か月は入居可能となった)。建設型仮設住宅を待てない場合はみなし仮設に入ることも可能である。しかし一部損壊程度の修理ならまだ可能であるかもしれないが、大規模半壊や半壊の場合修理費が59万5千円で足りるとは考えにくい。またその修理費を利用して修理できる対象箇所は限られているためその他は自費で修理しなければならない。そのため期間内に修理を完了できること、そして工賃も値上がりしている中で大規模な修理費用を出せることが求められる。仮設住宅に住み続けるために59万5千円を諦めたという被災者の方の話があった。また別に修理はしたが病気がちだったためしばらく仮設に留まりたいと願ったが6か月で退去しなければならなかったという話もあった。一人一人の事情に配慮したうえで決められることが理想的ではあるが、少なくとも現行の6か月(今回の場合8か月)で被災者が焦らず自宅について考えられる期間というにはあまりにも短い。制度の壁を様々な点で感じた調査であった。