2010.01.11.
「災害復興基本法(素案)」の提案について

災害復興基本法案 逐条解説

 これまでの議論を踏まえて従前の災害復興憲章試案を改めた“災害復興基本法案”全17条は以下のとおりである。

災害復興基本法 案

 我々は,幾多の自然災害に遭い,多大な犠牲を代償に数々の教訓を得てきたが,地球規模で大災害が続発する中,災害列島たる日本国土で暮らす我々に突き付けられた課題は尽きない。たとえ我々が防災・減災に力の限りを尽くしても現実の被害は避け難く,災害後の復興の取り組みこそが求められる。
 自然災害によって,かけがえのないものを失ったとき,我々の復興への道のりが始まる。我々は,成熟した現代社会が災害の前では極めて脆弱であることを強く認識し,コミュニティと福祉,情報の充実を図りながら,被災地に生きる人々と地域が再び息づき,日本国憲法が保障する基本的人権が尊重される協働の社会を新たにかたち創るため,復興の理念を明らかにするとともに,必要な諸制度を整備するため,この法律を制定する。

第1条 復興の目的
 復興の目的は,自然災害によって失ったものを再生するにとどまらず,人間の尊厳と生存基盤を確保し,被災地の社会機能を再生,活性化させるところにある。

第2条 復興の対象
 復興の対象は,公共の構造物等に限定されるものではなく,被災した人間はもとより,生活,文化,社会経済システム等,被災地域で喪失・損傷した有形無形の全てのものに及ぶ。

第3条 復興の主体
 復興の主体は,被災者であり,被災者の自立とその基本的人権を保障するため,国及び地方公共団体はこれを支援し必要な施策を行う責務がある。

第4条 被災者の決定権
  被災者は,自らの尊厳と生活の再生によって自律的人格の回復を図るところに復興の基本があり,復興のあり方を自ら決定する権利を有する。

第5条 地方の自治
 被災地の地方公共団体は,地方自治の本旨に従い,復興の公的施策について主たる責任を負い,その責務を果たすために必要な諸施策を市民と協働して策定するものとし,国は被災公共団体の自治を尊重し,これを支援・補完する責務を負う。

第6条 ボランティア等の自律性
 復興におけるボランティア及び民間団体による被災者支援活動は尊重されなければならない。行政は,ボランティア等の自律性を損なうことなくその活動に対する支援に努めなければならない。

第7条 コミュニティの重要性
 復興において,市民及び行政は,被災地における地域コミュニティの価値を再確認し,これを回復・再生・活性化するよう努めなければならない。

第8条 住まいの多様性の確保
 被災者には,生活と自立の基盤である住まいを自律的に選択する権利があり,これを保障するため,住まいの多様性が確保されなければならない。

第9条 医療,福祉等の充実
 医療及び福祉に関する施策は,その継続性を確保しつつ,災害時の施策制定及び適用等には被災状況に応じた特段の配慮をしなければならない。

第10条 経済産業活動の継続性と労働の確保
 特別な経済措置,産業対策及び労働機会の確保は,被災者の生活の基盤と地域再生に不可欠であることを考慮し,もっぱら復興に資することを目的にして策定,実行されなければならない。

第11条 復興の手続
 復興には,被災地の民意の反映と,少数者へ配慮が必要であり,復興の手続きは,この調和を損なうことなく,簡素で透明性のあるものでなければならない。

第12条 復興の情報
 復興には,被災者及び被災地の自律的な意思決定の基礎となる情報が迅速かつ適切に提供されなければならない。

第13条 地域性等への配慮
 復興のあり方を策定するにあたっては,被災地の地理的条件,地域性,文化,習俗等の尊重を基本としつつ,社会状況等にも配慮しなければならない。

第14条 施策の一体性,連続性,多様性
 復興は,我が国の防災施策,減災施策,災害直後の応急措置,復旧措置と一体となって図られるべきであり,平時の社会・経済の再生・活性化の施策との連続性を考慮しなければならない。復興の具体的施策は目的・対象に応じて,速やかに行うべきものと段階的に行うべきものを混同することなく多様性が確保されなければならない。

第15条 環境の整備
 復興にあたっては,被災者と被災地の再生に寄与し防災・減災に効果的な社会環境の整備に努めなければならない。

第16条 復興の財源
 復興に必要な費用は,復興の目的に資するものか否かを基軸とし,国及び地方公共団体は,常に必要な財源の確保に努めなければならない。

第17条 復興理念の共有と継承
 復興は,被災者と被災地に限定された課題ではなく,我が国の全ての市民と地域が共有すべき問題であることを強く認識し,復興の指標を充実させ,得られた教訓は我が国の復興文化として根付かせ,これらを教育に反映し,常に広く復興への思いを深め,意識を高めていかなければならない。

以下,逐条的に災害復興基本法案の内容とその趣旨を敷衍して述べる。

(前文)
我々は,幾多の自然災害に遭い,多大な犠牲を代償に数々の教訓を得てきたが,地球規模で大災害が続発する中,災害列島たる日本国土で暮らす我々に突き付けられた課題は尽きない。たとえ我々が防災・減災に力の限りを尽くしても現実の被害は避け難く,災害後の復興の取り組みこそが求められる。
自然災害によって,かけがえのないものを失ったとき,我々の復興への道のりが始まる。我々は,成熟した現代社会が災害の前では極めて脆弱であることを強く認識し,コミュニティと福祉,情報の充実を図りながら,被災地に生きる人々と地域が再び息づき,日本国憲法が保障する基本的人権が尊重される協働の社会を新たにかたち創るため,復興の理念を明らかにするとともに,必要な諸制度を整備するため,この法律を制定する。


災害復興基本法案には前文を置いた。前文は,必ず置かなければならないものではないが,この基本法が復興の理念を高らかに謳いあげ,今後の災害復興の具体的な制度創設の旗印となることを願い,その思いを込めて置いたものである。
まず,前文を宣言する主語を「我々」とした。主語は,この基本法を宣言する者を指す。もし,復興の施策を実施する行政等が主体となるなら,国民,市民,被災者といった個々の存在は,客体として位置付けられることになる。しかし,復興の主体は,被災者であって,個々の国民,市民,人間である。したがって,一人ひとりの人が自ら宣言するという意味を込め,主語を「我々」とした。なお,日本国憲法でも,主語には「日本国民は」と「われらは」があり,この基本法でも「被災者」や「市民」という言葉を使っている。ここで,前文の主語を「我々は」としたのは,多様性のある主体をイメージしているからである。この基本法は,現に災害に遭った被災者だけでなく,遭う危険のある全ての人を指し,また,自然人である個人のみならず,ボランティア団体,NPO団体,企業をも含めている。さらに,「我々」という抽象性を持たせた言葉の中には,被災地といった不可視のグループや,行政(国又は地方公共団体)をも意識し得る可能性を込めている。
この復興基本法案は,自然災害による復興を念頭に置いている。そのため,冒頭に「自然災害に遭った」ことを述べている。戦争等の人為災害による復興には,この理念を当てはめない。政府の愚行による戦争後の復興は,市民主体で進めるべき自然災害とは性質を異にするからである。
災害の評価について,被害の悲惨さや深刻さを強調したマイナス評価に止めることなく,それらを克服することによって得られた経験や知恵を広く次につなげるプラス評価として捉えるところからスタートすべきと考えている。そこで,災害について「多大な犠牲」に止まらず,それを代償に「数々の教訓を得てきた」と述べている。
現代の災害復興は,災害の大規模化,国際化を抜きに考えられない。災害復興支援は,まさにグローバル,ボーダーレスな視点が重要である。そこで,「地球規模」の連続災害を意識しつつ,日本の災害復興活動が世界をリードする役割を果たす立場にあることから「災害列島たる日本国土」の我々に課題が突き付けられているとした。そして,新たな災害が起きる度に,新たな問題意識や課題が生じることを経験している。そこで,復興の課題は「課題は尽きない」とコメントしている。
復興は,災害による被害が生じたからこそ始まるのであるが,“被害とは何か”という問題がある。被害については,人的被害(死者数,負傷者数),住宅の被害戸数,経済被害総額など,様々な指標がある。被害を客観的に示し,被害規模の比較をするときには,このような被害指標が必要である。しかし,復興は,災害の大小によって優劣を決すべきものではない。むしろ,それぞれの災害には“顔”があり,その災害の個性によって復興のあり方が変わってくるのである。そうだとすると,被害は上記のような数値指標から脱却することが第一であり,その地域における特有の価値が災害によって喪失・損傷することにこそ被害の本質があると考えるのが相当である。ここでいう“地域における特有の価値”には,上記の人的・物的・経済的な価値も当然含まれるし,文化,習俗,社会機能といった不可視のもの,人の尊厳,意欲,情熱,誇りといった精神,心の価値も含まれる。それを「かけがえのないもの」と表現し,これを喪失・損傷すなわち「失ったとき」に復興の道のりが始まるとした。
復興の課題を検討している中,被害が大きくなる重要な要因として,ヴァルネラビリティすなわち脆弱性というキーワードが浮かび上がってきた。平時には何ら問題がないように思われても,ひとたび災害が起きると思いがけず大きな被害が生じる。成熟した現代社会が抱える内在的な病理が,災害によって現実化するという側面があることが分かり,脆さ(もろさ)を自覚して,諸施策の検討上,まず念頭に置くことが不可欠である。そこで,脆弱性について一言指摘をした。
復興を進める上で,現代的な課題として不可欠のポイントを3つ挙げるとしたら,コミュニティ,福祉,情報である。かねて日本の地域共同体に当然のように存在したコミュニティが,現代では失われつつある。これを回復することが有為である。平時から存在する社会的弱者に加え,被災後には災害弱者が生まれる。彼ら彼女らを救済する福祉的な視点は欠かすことが出来ない。さらに,情報の的確な流通と提供は,被災者の自律的判断の全ての基礎になる。これらの充実を図ることを前文で謳った。
復興の定義については,様々な観点から,様々な表現で語られているところである。それ自体,的確に表現することは非常に困難な問題である。しかし,この基本法で,その点を避けて通るわけにはいかない。そこで,ここでは大きく柔らかく包み込むように普遍的に表現することとし,「被災地に生きる人々と地域が再び息づくこと」と表している。
日本国憲法は,日本のあるべき姿を具体的に示し,基本的人権の尊重をはじめとする価値原理を列挙している。“地震は自然現象,災害は社会現象,復興は政治現象”といわれることがあるが(広原盛明「復興デザイン研究第4号」『持続的なまちづくり活動の一環として』),復興が政治現象であるとすれば,我が国における究極の政治課題は憲法の実現である。憲法は,個人の尊厳を最高に置く価値体系をとっているが,人間復興を指向する復興観からすると,憲法の中における人権規定の実現こそが望まれることになる。そこで日本国憲法の保障する基本的人権の尊重を図ることが必要であると指摘した。
復興は,単に元の状態に戻すとか,そこに何かを付け加えるという意味ではない。時代は日々進化しており,二度と同じ状態というのはありえない。むしろ,災害を契機に,既存の課題,新たに現れた問題を乗り越え解決することにこそ復興の核心がある。そこには,被災者同士の協働,市民と行政の協働,被災者とボランティアの協働,その他のあらゆる障壁をものともしない協働が中核となるはずであり,「協働の社会を新たにかたち創る」とした。
この災害復興基本法は,これまで議論されてきた様々な思いを理念に引き直して明文化することに一つの目的がある。そして,この理念を土台にして,具体的施策の根拠となる諸制度を策定していくことにもう一つの目的がある。この二つの目的を締め括りに明らかにして本法の宣言とした。


第1条 復興の目的
復興の目的は,自然災害によって失ったものを再生するにとどまらず,人間の尊厳と生存基盤を確保し,被災地の社会機能を再生,活性化させるところにある。

災害復興の目的を冒頭に掲げた。何のために制度があるべきか,あらゆる制度についてミッションを明確にしておくことが必要である。復興の定義も,目指す目標とするゴールを明確にするために議論されるべきものであり,それは目的を明らかにすることと等しい。
まず,復興の最大の目的は,災害によって失われ,あるいは傷付いたものを再生させることを基本とする。“被害とは何か”という問題について,前文では,「かけがえのないものを失った」ことが被害であると定義したところである。ここには,インフラ等を含んだ公私の構造物だけでなく,住宅,生活,経済,産業,文化,コミュニティ,絆,健康,こころなど,あらゆるものが含まれる。これをできる限り元の状態に回復させ,あるいは,災害によって浮き彫りになった社会的問題を克服しようとするベクトルこそが,復興の第一の目的となるべきである。
しかし,単なる「再生」という概念は,現状復旧的な思想と混同されやすい。再生すべき本質部分を明確な目的として挙げておく必要がある。それが,「人」と「地域」の再生である。
そこで,二つ目の目的として,「人間の尊厳と生存基盤の確保」を挙げている。これは,憲法の最高価値である個人の尊厳を念頭に置いていることはもちろんである。そして,現代の格差社会や貧困問題を引き合いに出すまでもなく,人間の最低限の生存基盤が失われているケースでは,人格的自律を保持することさえ出来ないことが明らかである。災害によって,多くのものを失った被災者は,憲法25条で保障する生存権が脅かされる事態に追い詰められる。災害によって貧困が生まれ,格差が広がることも事実である。災害直後の被災者の保護を目的とする災害救助法は,生存権保障のための制度であるが,さらに時が経過した復興場面では,生存権を保障する制度が極めて手薄であるという実情がある。したがって,生存権を実現すべく,生存基盤の確保をも復興の目的とした。
三つ目の目的が「被災地の社会機能の再生,活性化」である。人間の尊厳が確保されるためには,単に個人の救済を行うだけでは足りない。これを支える被災地の再生,活性化が不可欠である。では,被災地の何を再生させるのかということであるが,これまでの復興場面では,インフラや公共構造物等の基盤の復旧にばかり目が向けられてきた。もちろん,これらの復旧は不可欠であるが,それだけでは足りない。あくまでも,そこに住む人々の営みに必要な機能の再生が求められているのであり,たとえば産業,経済,文化,伝統,習俗,宗教,コミュニティといった全てのものが生き生きと盛んな状態にする必要がある。これらの事項をまとめて「社会機能の再生,活性化」と表現した。


第2条 復興の対象
復興の対象は,公共の構造物等に限定されるものではなく,被災した人間はもとより,生活,文化,社会経済システム等,被災地域で喪失・損傷した有形無形の全てのものに及ぶ。

復興の目的とともに,復興の対象が何であるかを明確にしておくことが有益である。これは,復旧の対象が公共インフラに限定されてきたこと,国を中心とする災害対策基本法に基づく一連の災害施策が,原形復旧主義に偏って運用されてきたことに対する批判と反省を忘れないようにするためである。災害復興基本法が人間復興の理念に根ざしていることから,その人間そのものが復興の対象であり,具体的には,生活,文化,社会経済システムなど,あらゆるものが対象となることを謳っている。前文で,被害の内容を「かけがえのないものを失った」と表記したが,この被害の対象が,そのまま復興の対象となるのである。したがって,表現としては,いくつかの例示列挙をした上で「被災地域で喪失・損傷した有形無形の全てのもの」としている。
このように表記すると,全てのものが含まれることになって言葉の上では広すぎて無意味化するのではないかとの懸念もあり得るが,そうではなく,それぞれの災害ごとに復興すべき対象は様々かつ多様であって,それを法令等の条文によって一義的に括って制約すべきでないことを示しているのである。


第3条 復興の主体
復興の主体は,被災者であり,被災者の自立とその基本的人権を保障するため,国及び地方公共団体はこれを支援し必要な施策を行う責務がある。


復興の主体すなわち主役が被災者であることを宣言したものである。これまでの災害復興の場面では,被災者は,客体として扱われてきたし,被災者自身が客体としての意識しか持っていなかった。結果的に復興がうまくいかなかったケースでは,被災者も行政も,被災者が主体であることを忘れている場合が少なくない。日本国憲法においても,主体は日本国民とされ,市民が主体となることは立憲民主主義の基本原理である(なお,被災者は国民に限られるものではない。被災地で生活する全ての市民を指し,外国人も含まれる。)。被災後の復興場面でも,被災者が主体となることは当然の基本原理となるはずである。そこで,この基本を押さえておく必要がある。復興の主体が被災者であることから,次条に定める被災者の決定権が導かれるのである。
他方,行政である国及び地方公共団体も,主体が被災者であることを確認した上で,復興の諸施策も,基本原理が被災者の再起の支援にあることを忘れてはならず,それを行政の本来的責務とした。


第4条 被災者の決定権
被災者は,自らの尊厳と生活の再生によって自律的人格の回復を図るところに復興の基本があり,復興のあり方を自ら決定する権利を有する。


復興のあり方を決める権限,すなわち復興施策の正当性の源泉が,被災者自身にあることを明らかにしたものである。被災者が復興の主体であることは第3条で明らかにしているが,自ら決定権を持つことこそが復興の主体であることを裏付けることにもなる。
被災者が目指すところは,憲法13条が規定する自律的人格(自己決定権を行使しうる権利主体となること)の回復であり,それを確保するために,自らの人間としての尊厳を回復し,生活そのものを回復することが求められる。これを,「自らの尊厳と生活の再生によって自律的人格の回復を図るところに復興の基本がある」と表現している。こうして,自律的人格を備えた被災者が,自ら復興の道を決めることになる。
なお,ここで誤解が生じるおそれがあるのは,文意を個人主義的なものと狭く捉えてしまうのではないかという点である。確かに,一人ひとりの被災者が,自分勝手に好きなように復興方針を決めるということでは,地域の復興はままならない。一定の単位(家族,集落,町村,自治体)で決めるべき事項もあるが,これについても被災者が自律的人格を行使して,第11条に定める民主的手続によって決めることになる。この手続の行使も自律的人格に基づく決定権の行使であることから,正当性が認められるのである。
もっとも,被災者の決定権の行使も,被災者自身が主体的に行使してはじめて活かされるものである。したがって,被災者には,これを行使する努力が期待される。いわゆる自助・公助・共助のうち,自助の精神とその実行が求められる場面である。公的施策は被災者の自立の基礎を手当てするところに本来的な役割があり,また,ボランティア等の役割は被災者の自立を支援するところに意義がある。被災者自身が自らの自律的人格を自覚しなければ,公的施策もボランティア活動も有機的につながり合うこともない。憲法では,基本的人権は「国民の不断の努力によって,これを保持しなければならない」と定めているが(憲法12条前段),それと同じように,復興の場面でも,被災者が自らの決定権の重要性を自覚し,これを行使していく努力が期待されるところである。


第5条 地方の自治
被災地の地方公共団体は,地方自治の本旨に従い,復興の公的施策について主たる責任を負い,その責務を果たすために必要な諸施策を市民と協働して策定するものとし,国は被災公共団体の自治を尊重し,これを支援・補完する責務を負う。


災害復興の場面にこそ,地方自治が活かされるべきである。地方自治の本旨は,住民自治と団体自治である。そのうち,住民自治の理念は,前条の被災者の自決権の行使(手続については第11条)によって実現されるべきものである。本条は,団体自治の理念を具体化するものと位置付けられる。
まず,復興の公的施策について,主たる責任を負うのは被災地となった地方公共団体であるとしている。これは,いわゆる自助・公助・共助のうち公助そのものである。「主たる」責任としているのは,たとえ公的施策であっても,ひとり地方公共団体だけが施策の責任を負うのではなく,市民にも,その方針について決定権の行使が求められ(第4条),施策の実施状況を監督する役割が期待されていることを意味している。
第一次的な責任を地方公共団体が負うこととすることにより,地方と国の役割の主・従を明らかにしている。なお,地方公共団体が,基礎自治体を指すのか,都道府県を指すのかは,特に明らかにしていない。これは,災害規模にもよるだろうし,被災地を所轄する自治体の資質(知識経験,財政力,首長の資質等)にもよるだろうから,個々の災害毎に変わってくることを念頭に置いていることによる。
また,諸施策の実施については,市民と協働して策定することを求めている。これも,最終的には被災者が主体であるという原理に由来するものである。
国は,あくまで被災地である地方自治体の自治を尊重するべきであり,その役割・責務は,財政支援を中心とする支援活動であり,また,地方自治体の限界を補完するところにあることを,ここで明らかにしている。


第6条 ボランティア等の自律性
復興におけるボランティア及び民間団体による被災者支援活動は尊重されなければならない。行政は,ボランティア等の自律性を損なうことなくその活動に対する支援に努めなければならない。


ボランティアは,災害復興の場面において欠かすことのできない登場人物であるため,1条を割いてその存在について留意をすることとした。ボランティアの存在は,自助・公助・共助における共助の実践そのものである。したがって,ボランティア等が行う被災者に対する支援活動は尊重されなければならない。
なお,ここでいうボランティア等は,個人,団体を問わずあらゆるボランティアとしている。民間団体も並列的に列挙しているが,ここには民間の企業がCSR(社会的責任)として災害復興支援活動をすることも念頭に置いている。以下,これらを総称して「ボランティア等」と呼ぶこととする。
ボランティア等の復興における基本的役割は,被災者に対する給付・贈与ではなく,被災者の自立の支援である。第5条では,復興の基本は,被災者の尊厳と生活の再生による自律的人格の回復を図るところあるとしている。したがって,ボランティア等の活動も,当然,被災者の自立を支えるところに本質がある。
そして,ボランティア等は,被災者との協働,あるいは,行政との協働を図りながら,協働によって相互の関係は有機的につなげられていくことも期待される。そのためには,ボランティア等の存在は,公の支配に属することなく,自らの意思と判断によって活動が行われなければならない。行政のコントロールによって動くのではなく,自律的に活動するところにこそ市民活動の存在意義があり,だからこそボランティア等が「新しい公」として位置付けられる。
したがって,行政は,ボランティアの自律性を損なうようなことをしてはならない。そのことを後段で注意的に述べている。他方,ボランティア等の活動が,災害復興の場面において欠かすことのできない重要性があることに鑑みて,行政の責務として,これを支援する必要があり,そのように努めなければならないとしている。


第7条 コミュニティの重要性
復興において,市民及び行政は,被災地における地域コミュニティの価値を再確認し,これを回復・再生・活性化するよう努めなければならない。


復興場面におけるコミュニティの存在は極めて重要である。災害復興基本法の中でも,コミュニティの重要性は各所で指摘されているところであるが,本条では,あらためてコミュニティそのものの価値を再確認することを求めている。コミュニティは,被災者の自律的人格の再生や,被災地の再生・活性化に資する媒介として重要な役割を果たす。自助・公助・共助が活かされるためには,そのベースとしてコミュニティが不可欠であり,コミュニティが生きている社会には互助の精神と実践も期待できる。
そして,このような媒介的役割だけでなく,コミュニティそのものも価値あるものとして再生されるべきである。なぜなら,コミュニティそれ自体も,災害により崩壊することがあり,復興の対象となっているからである。そこで,被災者を含む市民,支援者,団体も,また,被災地自治体を含む行政一般も,コミュニティを回復,再生,活性化するように努めなければならないとした。


第8条 住まいの多様性の確保
被災者には,生活と自立の基盤である住まいを自律的に選択する権利があり,これを保障するため,住まいの多様性が確保されなければならない。


被災者の生活の基礎となるのが住まいである。住まいは,被災者の生存にとって不可欠な「医」「職」「住」の三本柱の一つに位置付けられる。
日本国憲法22条では基本的人権として居住の自由を保障し,25条では生存権を保障している。国際人権規約の社会権規約第11条でも,相当な生活水準についての権利として住居の権利を保障している。災害によって住まいを失った被災者には,住まいを求める権利があるというべきである。
もっとも,単に住居さえあれば足りるというものではない。過去,“避難所→仮設住宅→復興住宅”という単線型で,その余の選択肢のない住宅政策により,コミュニティ等が失われ自立性を喪失した高齢者等が孤独死に至ったという例が多数見られた。したがって,住まいの権利は,単なる住居の確保にとどまらず,もう一歩進化させた住まいの選択権として保障されるべきである。この住まいの選択権は,社会権として保障されるべきものであることから,被災者に対しては,選択するに足りる適切な質と場所を備えた多様な住まいの方策が提供されなければならない。この理念を示したのが本条である。


第9条 医療,福祉等の充実
医療及び福祉に関する施策は,その継続性を確保しつつ,災害時の施策制定及び適用等には被災状況に応じた特段の配慮をしなければならない。


医療や福祉に関する施策は,「医」「職」「住」の三本柱の一つに位置付けられる。災害時においては,とりわけ重要であり,現代福祉国家において,これらを欠いた地域再生は成り立ち得ない。医療,福祉については,災害時に新たに措置を講じても遅きに失する。平時から被災時を想定して,また,被災後もその後の平時の状況を想定して,継続的・連続性のある対応ができるよう検討されなければならない。すなわち,平時と災害時の両方をカバーするような福祉的施策については継続性が確保されるべきであるし,平時と災害時の福祉的施策が異なる場合にはそれぞれの施策同士に連続性が確保されなければならない。いずれにしても,福祉的施策については,様々な分野で拡充が図られる必要がある。
医療や福祉に関する施策は,平時の制度を適用したり修正したりしながら対応することが想定される。この場合,継続性と連続性を確保するため,平時制度の適用・修正を積極的・肯定的に捉えるべき点もあるが,しかし,その適用が過度に硬直的だったり,形式的な公平性を強調して,救うべき事柄を見捨てることがあったりしてはならない。そこで,災害状況に応じた特段の配慮を求めることを注意的に指摘している。


第10条 経済産業活動の継続性と労働の確保
特別な経済措置,産業対策及び労働機会の確保は,被災者の生活の基盤と地域再生に不可欠であることを考慮し,もっぱら復興に資することを目的にして策定,実行されなければならない。


経済措置,産業(農工商業)対策,労働機会確保は,これまでの災害復興の施策の中で,最も遅れている分野であり,ほとんど手つかずと言ってよい。これは,平時の経済施策との公平性や連続性の堅持が強調されたり,私有財産に対する公費の投入が過度に消極的であったり,あるいは,経済産業の再生が地域社会の復興に大きく寄与することに対する無理解が大きく影を落としたりしたものと思われる。そこで,平時施策に過度にとらわれることなく,復興施策の策定・実行を求めている。
なお,第9条や第14条でも指摘されているように,平時の取り組みとの連続性は保持されてしかるべきであり,むしろ,復興時と平時の施策が連続していくことが望ましい。これが逆に制約原理として働くことが問題なのである。
経済措置,産業対策,労働機会確保は,「医」「職」「住」の三本柱の一つに位置付けられ,営生権(福田徳三「復興経済の原理及若干問題」)の基礎を支えるそのものといえる。本条は,これらが,復興の目的である被災者の生活基盤の再生のために不可欠であり,コミュニティ再生につながる重要な鍵となることを確認し,積極的に推進されるべきことを指摘している。そうだとすると,経済措置,産業対策,労働機会確保は,もっぱら復興に資することを目的に謳うことにより,大胆で積極的かつ柔軟に取り組めるようになるはずであり,そのように策定・実行されることを期待している。


第11条 復興の手続
復興には,被災地の民意の反映と,少数者へ配慮が必要であり,復興の手続きは,この調和を損なうことなく,簡素で透明性のあるものでなければならない。


復興を進める手続は,民主主義的な手続が基本とされる。迅速性や合理性が要求される復旧作業の場面と異なり,復興計画策定の場面では,民意の反映が求められる。
日本国憲法は立憲民主主義を前提としていることから,多数決によって少数者となった者に対する配慮も当然に求められることになる。そこで,復興の手続には,「被災地の民意の反映」と「少数者へ配慮」の調和が必要であるとした。
手続は,往々にして複雑で不透明になりがちである。また,不透明な手続には公正性や信頼性に疑義が生じやすい。そこで,被災者が容易に分かるような簡素で透明性のあるものにしていくべきことをも求めている。


第12条 復興の情報
復興には,被災者及び被災地の自律的な意思決定の基礎となる情報が迅速かつ適切に提供されなければならない。


被災者が自決権を適切に行使するためには,自律的な意思決定が保障されるべきである。自律的な意思決定には,迅速かつ適切な情報提供が不可欠である。民主主義が正常に機能するために,表現の自由が不可欠とされているのと同様である。とりわけ,災害時には,情報の流通が阻害されたり,あるいは,誤情報が飛び交ったりすることがある。また,復興施策についても,被災者に正しく理解される形で情報提供されていない。被災者間の情報交換が適切に行われずコミュニティに悪影響が及ぶこともある。
災害復興を進めるためには,国や地方公共団体において,過去の災害によって得られた経験と知恵を不断に蓄積していくとともに,これらを被災の態様に応じて的確に政策メニュー,制度メニューとして提供していくことが重要である。そして,これらが十分に保障されてこそ,被災者の自己決定権が生きてくることになる。メディアの役割も当然大きく期待される。
そこで,復興における情報の重要性をあらためて確認すると共に,迅速かつ適切に提供されることを求めたものである。


第13条 地域性等への配慮
復興のあり方を策定するにあたっては,被災地の地理的条件,地域性,文化,習俗等の尊重を基本としつつ,社会状況等にも配慮しなければならない。


本条は,復興のあり方を策定するにあたって,重視すべき事項は様々あるが,これまでの復興事例の教訓を踏まえて特に留意すべき配慮事項を例示したものである。災害の特性は三つの条件によって決まると言われている。すなわち,一つ目は災害の種類・規模(たとえば,地震か水害か噴火か,大規模被害か局地被害か),二つ目は時代社会背景(たとえば,高度成長期か経済衰退期か),三つ目は地域性(たとえば,都市か山間地か,過疎地,限界集落か等)である。したがって,復興のあり方においても,これらを座標軸に据えて考えるのが有益である。
このうち,最も重視すべきは,被災地の地理的条件,地域性であるが,この中には文化や習俗等も含まれるためこれらを尊重することを基本としている。そして,時代情勢や経済事情,災害内容等の背景も含めた社会状況等にも配慮すべきとしている。


第14条 施策の一体性,連続性,多様性
復興は,我が国の防災施策,減災施策,災害直後の応急措置,復旧措置と一体となって図られるべきであり,平時の社会・経済の再生・活性化の施策との連続性を考慮しなければならない。他方,復興の具体的施策は目的・対象に応じて,速やかに行うべきものと段階的に行うべきものを混同することなく多様性が確保されなければならない。


具体的な復興施策の策定にあたって,特に行政の行う諸施策において留意すべき事項を三点指摘したのが本条である。行政施策は,基本的に縦割りで振り分けられることになるが,これまでの復興事例でその弊害が顕在したところから,その反省から得られた教訓といえる。
まず,我が国では防災,減災,応急措置,復旧措置について一定の施策が確立され,進化している。ところが,復興施策については,これらと切り離され,結果として取り残されたり,あるいは,施策として機能しなかったりしたことが多かった。しかし,災害対応としては,防災・減災・応急・復旧・復興というサイクルはあらかじめプログラムしておくべきことであり,相互に有機的に連関し合うことによって,効果が上がることは自明の理である。そこで,これら災害施策が,一体性を持って取り扱われるべきことを指摘している。
次に,復興施策は,被災者,被災地の再生・活性化が目的であるが,このような施策は,平時の地域再生・活性化の取り組みと共通する部分が多い。むしろ,被災時に現れる問題は,平時からの引き続く問題が深刻化したものであることも多い。たとえば,過疎地における災害は過疎化をより一層進行させ,衰退しつつある商店街における災害は衰退をより加速させる。福祉に関連した生活支援事業などは,平時と災害時との間に,本質的な差異はない。そうだとすれば,被災からの再生の取り組みは,当然,それ以前,あるいは,その後の平時における再生の取り組みと連続すべきものであって,これらを切り分けることは無意味で有害である。したがって,平時の社会・経済の再生・活性化の施策との連続性を考慮すべきであることを指摘している。
さらに,復興の取り組みには様々なものがあり,被災者の生活の再生や住まいの確保など「医」・「職」・「住」に代表される速やかに実施すべき取り組みと,復興まちづくりのようにある程度の時間をかけて段階的に行うべき取り組みなど,復興テーマ毎にタイムスケジュールのあり方が異なるものが混在している。たとえば,仮設市街地構想(一旦,速やかに仮設市街地を形成して,じっくり恒久的なまちづくりを検討するというまちづくり手法)のように段階的に行う事が予定されるものもある。これら様々な復興施策は,それぞれ個別的な目的が区々であって,混同されるべきではない。復興の取り組みには多様性が求められることを指摘している。


第15条 環境の整備
復興にあたっては,被災者と被災地の再生に寄与し防災・減災に効果的な社会環境の整備に努めなければならない。


復興場面において,自然環境,住環境,社会環境,それぞれの環境整備への配慮は不可欠である。全世界的に災害が発生していることに思いを致せば,復興施策を実行するときに,地球規模の防災・減災に効果的かどうかという視点が常に求められる。そこで,効果的な環境整備に努めるべきことを指摘したものである。
とりわけ,現代においては人為的に劣悪な環境が作出され,それが災害を深刻化させているケースも増加しつつある。社会環境の悪化は,復興にも大きく影を落とす。そのため,社会環境の整備は,復興の場面でも優先的課題として位置付けられるべきであり,これを実現するための努力が求められる。


第16条 復興の財源
復興に必要な費用は,復興の目的に資するものか否かを基軸とし,国及び地方公共団体は,常に必要な財源の確保に努めなければならない。


復興の財源については,これまで平時との公平性を過度に重視し,あるいは,平時の諸制度の枠組みにとらわれて硬直的に運用されてきた。また,個人の住宅再建のあり方をめぐっては私有財産への公費投入の是非ばかりが議論され,復興に資するかどうかという視点が忘れ去られてきた経緯があった。平時を想定した硬直的な議論は,被災地の現場から乖離したものとなりがちである。財政を検討する上で真に必要な視点は,復興の目的にかなうものかどうかである。たとえば,被災者生活再建支援法の立法目的にもあるとおり,個人の自立の基礎部分の再生のためには公的資金の投入が重要であり,被災者のために何が必要かという視点を肝に銘じる必要がある。そこで,復興に必要な費用は,平時との公平性に過度にとらわれることなく復興の目的に資するものか否かを基軸とするという方針を確認するため,あえて明定したのである。
また,復興のための財源は,単年度の予備費に頼っているのが実情である。しかし,これでは大規模災害には対応できず,それがために復興施策については抑制的になりがちである。前文でも指摘されているとおり,我が国は災害列島であり,いつどこで大規模災害に遭遇したとしても不思議ではなく,毎年のように自然災害による被災者が発生している。したがって,災害復興のための財源を恒常的に整備すべきである。災害対策基本法でも,被災者生活再建支援法でも,地方公共団体に対しては,基金の積み立てを要求している。これは,国においても同様である。たとえば,国における災害復興基金会計を創設するなど,新たな財源措置の検討をすべきことも視野に入れている。国と地方公共団体に「常に必要な財源の確保に努めよ」としているのは,基金や特別会計等の恒常的会計措置を講じることを期待したものである。


第17条 復興理念の共有と継承
復興は,被災者と被災地に限定された課題ではなく,我が国の全ての市民と地域が共有すべき問題であることを強く認識し,復興の指標を充実させ,得られた教訓を我が国の復興文化として根付かせ,これらを教育に反映し,常に広く復興への思いを深め,意識を高めていかなければならない。

復興の課題は,決して,災害を受けた被災者やその被災地だけの問題ではない。災害列島に暮らす我が国の全ての国民や地域が共有すべき課題である。しかし,そのことはあまり意識されておらず,災害復興の問題は局地的ローカルな問題として傍観されることが多い。実際の復興の課題は,復興基本法で明示されているように,極めて普遍的なテーマである。そのことを国民全体が強く認識すべきであることを指摘している。
もちろん,行政は,市民一人ひとりが将来被災者となりうることを念頭に置き,各地域の抱える脆弱性を克服するため,平時から,被災後の地域と人々の生活をどのように回復・再建していくかの目標像を明らかにし,そのための手順を事前に検討するため復興事前計画の策定などに不断に努力しなければならない。市民,企業,団体においても事業継続計画の策定が図られなければならない。
災害復興に取り組む毎に課題が生じ,新たな復興指標が検討される。この復興指標は次の災害にも有用であることからその充実が求められる。また,復興過程で得られた教訓は,極めて貴重な経験を土台とするもので,普遍性も認められることから,これを復興文化として根付かせる必要がある。
復興文化に高まった教訓等は,次世代へ承継させるべきものであって,“災害は忘れた頃にやってくる”などということのないように,教育に反映させていくべきである。こうした継続的な取り組みを長く続けることによって,常に平時から広く復興への思いを強め,国民全体の意識を高めていくことを求めている。
(文責・津久井進)

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