2023.01.12.
Vol.7 日本語や英語の単語の記憶や文の理解について(中野 陽子 教授)

中野陽子 教授

人間福祉学部 中野 陽子 教授


 外国語はどうやったら上達するのだろう、と思ったことはありませんか。日本語を母語にしているひとに限らず、ある程度成長してから新しい言語を勉強し始めると、上達するのがなかなか難しい、ということは誰しも感じることのようです。それはなぜなのか、ということが研究されています。わたしは特に語の記憶や文を理解する仕組みという観点から研究しています。
 何語であっても文を読んだり聞いたりしているとき、私たちの脳内では文に出てきた語句の記憶が活性化されています。記憶が活性化されると、その記憶を取り出しやすい状態になると考えられています。二つ以上の言語を使用しているひとが、両方の言語に共通に存在する語を読んだり聞いたとします。すると、そのひとの意思やそのとき使っていた言語に関係なく、両方の言語におけるその語の記憶が活性化されるという仮説があります。このような仮説を「言語非選択的活性化」と言います。たとえば、giftは英語では「贈り物」と言う意味ですが、ドイツ語では「毒」という意味があります。英語が母語でドイツ語に堪能な人が英語の文を読んでいるときにgiftと言う語が出てきたとします。すると、英語の文を読んでいるのに、その人の意思と関係なく、英語の「贈り物」と言う意味だけではなく、ドイツ語の「毒」と言う意味の記憶も活性化されてしまうのです。

 

 言語非選択的活性化は、完全に二言語間で語が一致していなくても、綴りや発音が類似していても起こると考えられています。英語で会話をしているときに日本語の単語が思い浮かびやすい状態になったり、日本語で会話をしているときに英語の単語が思い浮かびやすい状態になったりするのは、会話の邪魔になるのか、それとも、一言語しか使用していない人よりも豊かな発想ができると考えたらよいのか、短所と長所がありそうです。現在はまず言語非選択的活性化仮説が正しいのかどうか調べています。

 文の理解についても研究しています。aとbの例文をできるだけサラっと読んでみてください。  

a. The egg on the menus were cracked mistakenly.
b. The egg on the menu were cracked mistakenly.

 いかがでしたか。例文aの方がbより文として良さそうに感じませんでしたか。 実はaもbも文法的には誤った文です。述部のwereは複数形の主語を必要としていますが、主語のeggが単数形だからです。英語が母語のひとがaの文を読んだときaの間違いに気が付かず、正しい文だと思ってしまうことが結構あるそうです。このような現象は文法的錯覚と呼ばれています。 英語の授業で現在形の文では、主語が三人称単数形のとき、動詞の終わりにsを付けると習いますが、英語を書いたり話したりしているときsを付けるのを忘れてしまったり、間違いに気が付かなかったりすることがあります。母語話者でも誤りに気が付かないことがあるのです。学習者が間違う原因は、日本語の文法と英語の文法が違うからかも知れませんが、学習者にも文法性錯覚が起きているからかも知れません。この問題はまだ解明されていないので、現在取り組んでいるところです。 では最後にcの例文を読んでQuestionに答えてください。

c. The son of the queen who was on the balcony was smiling.
 Question:Who was on the balcony?

 答えはThe sonだと思いましたか、それとも the queenだと思いましたか。 どちらも正解です。ただし、英国で英語が母語のひとに同じような文について質問したところ、関係節 who was on the balconyは、関係節に近い方の名詞句 the queenについて述べていると感じる人の方が関係節より遠い方の名詞句について述べていると感じる人よりも多いことが報告されています。 では、cの例文を日本語に訳して、同じような質問をしてみましょう。

d. バルコニーに立っている女王の息子は微笑んでいた。
質問:誰がバルコニーに立っていますか。

 日本語が母語の人では、関係節の「バルコニーに立っている」は、遠い方の名詞句について述べていると感じる人が近い方の名詞句について述べていると感じる人よりも多いことが報告されています。日本語が母語の人がcの文を読んだとき、日本語風に解釈するとバルコニーにいるのはthe sonだと思ってしまうかも知れません。わたしは、なぜ言語によって、解釈が異なっているのか、学習者はどのように解釈しているのかについても研究しています。 このような研究が英語を学んだり話したりときのヒントになればと期待しています。

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