2022.11.16.
Vol.6 骨と宇宙と私の研究(人間科学科 河鰭 一彦 教授)

河鰭教授

人間福祉学部 人間科学科 河鰭 一彦 教授

1964(昭和39)年、最初の東京オリンピックの年に生まれた、わたしが5歳になる年の7月、アメリカ合衆国のアポロ11号が2名の宇宙飛行士を乗せ月面に着陸しました。最初に降り立ち月面に第一歩を刻んだニール・アームストロング船長は「That’s one small step for a man, one giant leap for mankind.-これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という言葉を発し、全世界に配信されました。日本では同日の朝9時の出来事でした。5歳になる前のわたしはなぜかこの映像の記憶があります。夏風邪に罹ったわたしを母が朝一番に病院へ連れて行ってくれまして、その病院がかなり大きな病院であったため当時はまだ珍しかった大型のカラーテレビがあり、映し出された月面着陸の映像をわたしは見ていたわけです(ヒトの記憶はかなり曖昧ですので真実ではないかもしれません)。一緒に映像を見ていた母はわたしに「あなたが大きくなった時には宇宙旅行や月面旅行ができるかもしれないし、月面や宇宙ステーションにヒトが移住するかもしれないわね」という趣旨の話をしてくれました。何のことやらわからず数年が過ぎ、小学生になったわたしは某学年別の学習雑誌の愛読者になりました。この雑誌のとりわけ恐竜などの古生物、人類の進化そして宇宙開発の記事に興味を持つようになり、いつか宇宙に行きたいなという夢を持つようになりました。

 さて21世紀の現在、わたしは宇宙旅行に行けたでしょうか?億万長者であれば宇宙旅行はできるようです。しかし、狭い機内が苦手で、研究仲間に海外学会参加を打診されても飛行機が嫌だと断るわたし、なによりわたしの給料では無理な話です。とにかくお金と時間(訓練に要する時間)があれば宇宙旅行は行けそうです。では、月面移住や宇宙ステーションの生活はどうでしょうか?これは今の科学技術をもってしても叶いそうにはありません。ボイジャー1号機は太陽系を飛び出し星間宇宙を飛び続け人類の情報を未知の知的生命体へ届けようとしています。つまり、宇宙船などのハードは長く宇宙空間に存在できそうです。しかし、われわれ人間は無重力や地球上より重力が低い所では正常な生理機能を働かせることが困難になります。筋肉(学術用語では筋)の量が宇宙ステーションの長期滞在実験で極度に小さくなることはよく知られた事実です。あるいは、無重力空間では受精卵の正常な発育は望めない可能性が強く示唆されています。

 無重力空間での我々にとってとりわけ大きな問題は「骨からのカルシウム流失」です。無重力な状態に晒された人体は骨がどんどん弱くなってしまいます。「無重力空間での骨の損失」が人類の宇宙への進出を阻んでいると言えます。私の研究分野にもかかわってきますが、この骨損失を防ぐためには身体運動、特に衝撃負荷をともなった運動が必要とされています。柔道やラグビー、アメリカンフットボール等の「接触・衝突型スポーツ」に参加する選手の全身骨密度が高いこと、つまり骨が丈夫であることはよく知られている事実です。

 私の実技の専門は柔道です。近年、種々の理由から柔道人口が減っています。特に怪我が怖い、痛いからなどという意見が聞こえてきます。けれども、わたしの研究からの知見では「痛いスポーツをした方が骨は丈夫になる」という結論が導かれました。乱暴な言い方ですが「少しぐらい怪我をした方が骨は丈夫になる(ただし、頭頚部の怪我は除きます)」ということです。わたし自身も実験被験者として自身の実験に参加した際、測定をしていただいた医師に「あなたの骨密度は普通のヒトの1.5倍はある」と言われました。測定結果の図表を見たとき、私の研究の正しさを実感することができました。ただし、わたしは膝をはじめ、様々な関節を痛めています。骨自体の丈夫さと関節を構成する軟部組織の問題は別なものかもしれません。なぜ「衝撃負荷が高い運動:痛い運動」が骨を丈夫にするかは完全には解明されていません。衝撃負荷から導かれる機械的刺激が骨リモデリング(骨の再生)に有効な条件を与えていることはあきらかです。

 わたしはこれからも身体運動と骨リモデリングの関係をより詳しく実験的手法を用いてあきらかにしていこうと考えています。


※所属や内容は掲載日時点のものです。また内容は執筆者個人の考えによるものであり、本学の公式見解を示すものではありません。