2022.07.12.
Vol.2 フィールドワークから貧困を捉える(社会起業学科 白波瀬 達也 教授)

白波瀬 達也 教授
人間福祉学部 社会起業学科 白波瀬 達也 教授

SDGsの一番目の目標を知っていますか?
皆さんは貧困問題を身近に感じたことはあるでしょうか。最近は中学校や高校でもSDGs(持続可能な開発目標)について学ぶ機会が多くあると思います。SDGsには17の目標がありますが、一番目の目標が何かご存知でしょうか。実は「貧困をなくそう」なのです。貧困をなくすことが世界規模の最重要課題ということです。

では「貧困をなくす」という言葉を目にした際、どのような貧困を思い浮かべたでしょうか。飢餓に苦しむ発展途上国をイメージした人も多いのではないかと思います。もちろんSDGsでは1日2ドル以下の生活を余儀なくされるような極度の貧困(絶対的貧困※1)の撲滅を重大な目標にしていますが、先進国で問題視されている相対的貧困※2の是正にも目を向けています。

※1 絶対的貧困…食べるものがない、住む家がないなど、人間として最低限の生存を維持することが困難な状態を絶対的貧困という。
※2 相対的貧困…世帯の所得がその国の等価可処分所得の中央値の半分に満たない状態のことを相対的貧困という。

日本は豊かな国? それとも貧しい国?
ところで日本は世界の先進国と比較した時に貧困が目立つ国なのでしょうか、それとも目立たない国なのでしょうか。40年ぐらい前にこの質問をすれば「日本は貧困が目立たない国」「日本は裕福な国」という説明が成り立ったかもしれません。しかし、この30年ぐらいの間に日本を取り巻く社会状況は大きく変わり、貧困が目立つ国になっています。近年の日本の相対的貧困率は15%ほど。先進国ではかなり高い数値になっており、およそ7人に1人が貧困状態に陥っています。

日本では1980年代ぐらいから産業構造が大きく変容し、知識産業が台頭します。逆に製造業をはじめとする工業は規模が縮小し、非正規化が進むようになりました。大多数が正社員で勤める時代が終わり、学卒後の早い段階から長期にわたり非正規雇用で働かざるをえない人々も増えるようになりました。「働きさえすれば食べていける」時代は過去のものとなり、「働いても食べていけない」「働くことさえままならない」状況は日本でも深刻化しています。

数字上は貧困がかなり広がっていますが、大学で出会う学生たちと接してみると、どこか縁遠い印象をもっているように見えます。彼らの多くは「頭では貧困が広がっていることは認識しているけど実感がない」と語るのです。

住み分けが進むことで減退する「他者」への想像力
どうしてこのような認識と実感のギャップが起こるのでしょうか。一つの理由として接触機会が乏しいことが挙げられます。アメリカの格差社会の問題点を鋭く突いたロバート・パットナムの名著『われらの子ども』は、社会経済的に安定している人々と、不安定な人々の接触機会がこの30〜40年ぐらいの間に乏しくなっていると指摘しています。アメリカでは学歴や所得によって住み分けが進み、貧困層が安定層・富裕層と地域社会で交わることがどんどん少なくなっているのです。 このような社会階層別の住み分けをセグリゲーションといいます。セグリゲーションはアメリカだけで起こっている現象ではなく世界規模で見られます。日本にもこうした傾向ははっきりと存在します。大学進学が当たり前の地域がある一方で、それが例外的な地域がある、といった具合に。また最近では小学校や中学校の段階から私立の学校に通うケースが珍しくなくなってきました。こうした学校選択の広がりも社会階層間の交わりが少なくなる一因になっています。貧困は確かにこの社会に存在するのに気付きにくいのです。

出典:ロバート・D・パットナム 著 柴内 康文 訳『われらの子ども』創元社

貧困地域のフィールドワーク
前置きが長くなりましたが、私はこうした社会経済的な安定層と不安定層の分化・分断に注目して研究をしています。とりわけ貧困が集中する地域社会(コミュニティ)に関心を持っています。

なぜ特定の地域に貧困が集中するのか。貧困が集中することでどのような問題が派生するのか。貧困の集中を解消するためにはどのような政策が講じられているのか。これらのことをフィールドワークの手法で研究しています。

具体的には自身が貧困地域に足を運び、課題解決に向けた取り組みに参加したり、困難の只中を生きる人たちにインタビューしたりしています。このように実地でしか把握できないデータを収集し、見えづらい貧困の実態を可視化する研究をしています。研究は単に現地を取材するだけではありません。国内外の事例と比較することで共通する課題や独自の課題を発見したりすることも研究の醍醐味です。

フィールドワーク現地(筆者撮影)

■ 薄っぺらい知識の危うさ
インターネットの発達は現地に出向かなくても「分かったふり」ができる状況を促進しています。確かに簡単に情報が得られることは便利ですが、体験に根差さない情報は表層的だと思いませんか。

フィールドワークに基づく研究は格差や分断が広がる社会の中で「違い」を理解する感性を育むだけでなく、格差を是正するための経験的な知をたくさん与えてくれます。フィールドワークに基づく貧困研究はじっくり時間をかけて課題を捉え、自身も現地で汗をかきながら課題解決に向けた知恵を絞る営みです。

私の長年のフィールドワークの成果は『貧困と地域 ―あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中公新書)という本にまとめています。手に取りやすい価格の本なので、興味があれば是非読んでみてください。そして面白いと思ったら、ぜひ現地に足を運んで自身の五感を働かせてみてください。このような経験の積み重ねが確かな知識となり、皆さんの学びをさらに深めることにつながるはずです。

私の個人的な研究の話が長くなりましたが、人間福祉学部はフィールドに出向いて学ぶ機会が豊富にあります。何かと効率性が重視される時代ですが、こうした風潮に違和感をおぼえる人たちも少なくないはずです。そんな人たちにこそ地に足の着いた研究の面白さを味わってほしいと思います。

貧困と地域

出典:白波瀬 達也 著『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』中央公論新社

※所属や内容は掲載日時点のものです。また内容は執筆者個人の考えによるものであり、本学の公式見解を示すものではありません。