2021.10.29.
共生社会というカタチ

共生社会というカタチ
前川  和美 手話言語研究センター 研究特別任期制助教

 2021年も残すところ2ヶ月となりましたが、こんなにも手話やろう者の存在が世に知れ渡り、理解が深まった年はなかったのではないかと感じるくらい、さまざまな変化が見られた年でした。

  振りかえってみますと、手話通訳者が意外なところから話題になった“事件”と言えば、そう、政府が「令和」という新元号を発表した記者会見。 当時の菅官房長官により掲げられた「令和」の額縁に手話通訳のワイプが被り、肝心の元号が見えなかった、というあの出来事だったのではないでしょうか。 実際その様子がモデルになったICカードも出回ったくらいですから、良くも悪くも「手話通訳」が話題となったことに素直に喜んだのは、今から3年前のことです。

  2020年から新型コロナウイルスが猛威を振るい始め、テレビでは連日、その日の感染者数や緊急事態宣言に関する措置など、政府や知事によるコロナ関連の会見が報道されましたが、ある時を境に手話通訳が配置され始め、ついにはテレビのどのチャンネルを見ても手話通訳がいる、という、これまでにはなかった事態が起こり始めました。 さらに、日本手話の文法の一部である顔の表現がマスクにより半分覆われてしまうというマスクの問題(本センター下谷のコラム 「マスクと手話」 をお読みください)、ここでも手話通訳や、ろう者、そして、日本手話という言語の特性にスポットが当てられるようになりました。

 そして何よりも今年いちばん注目されたのは、世界中の人々が熱気に包まれた東京オリンピック・パラリンピックですね。 ここでは、オリンピックの閉会式および、パラリンピックの開会式/閉会式の放映にろう通訳が配置されました(松岡当センター長のコラム 「2020 東京オリンピック開会式に思うこと」 をお読みください)。「手話の人」という言葉がトレンド入りし、発言がない時にスクリーンに顔を向ける様子(これも立派に「今はスクリーンをご覧ください」という情報を提供しています)を真似する人が出てきたことや、さらに、その「手話の人」が実はろう者だった、ということも大きな反響を呼びました。

 ついに日本にもろう通訳の時代到来!と喜ぶと同時に、 「手話ができる = 手話通訳ができる」と短絡的に考えてしまう人が出てきて、通訳の訓練を受けていない人たちがあちらこちらで通訳をし始めないかという懸念もあります。 実は今回通訳を担当した方々は全員、ろう通訳者・フィーダー養成講座(NPO法人手話教師センター)を修了した人たちです。そして、画面には映っていませんが、ろう通訳の視線の先には、音声日本語を目に見える形で瞬時に情報を送ってくれる「フィーダー」と呼ばれる人がいます。そのフィーダーを担う聴通訳者とろう通訳者がチームを組んで、この通訳が成り立っているのです。 ろう通訳の存在意義はズバリ、「利用者と同じろう者で、手話を第一言語としていること」だと思います。 これまでのろう者としての経験から、何をどう伝えれば一番伝わるのか、瞬時に最適な形として伝えることができるのです。ですので、その現場でベストの通訳サービスを提供するために、聴者による通訳か、ろう者による通訳か、という選択肢があっても良いのではないかと思いますし、利用者は通訳を選ぶ権利を与えられるべきなのです。

 日本ではまだまだ知られていない「ろう通訳」ですが、実はアメリカにはずいぶん前からろう者の手話通訳士(CDI と呼ばれます)制度が存在しています。 日本の今の手話通訳制度では、手話通訳者/士の資格が取れるのは聴者だけで、ろう者はその対象にすら入っていません。 これは今後考えていかなければならない問題だと思いませんか。「手話通訳者=聴者」というステレオタイプをそろそろ壊していく時がきているのではないでしょうか。
 
 私の父が見ていた夢がようやく現実のものとしてカタチになってきた・・・ そんなことを感じた2021年です。 完全な共生社会にむけ、これからも前進し続けたい、そう気持ちを新たにしたのでした。