2021.01.09.
マスクと手話

マスクと手話
下谷 奈津子 手話言語研究センター 研究特別任期制助教

 この時期だからこそ書けるコラムを、と思い、新型コロナウイルス感染防止策の筆頭格であるマスクと、マスク着用による手話への影響について書いてみようと思います。
マスクの品薄状態が深刻な問題になっていた1年前が遠い過去のように感じられるほど、今は様々なタイプのものが出回り、逆にマスク選びに悩んでしまいます。
 手話言語研究センターは2021年1月現在、スタッフ全員が大学に出勤し、飛沫感染防止と換気を徹底しながら、日々業務をこなしています。何も気にすることなく談笑できていた日々がすでに懐かしく思い出されます。
 さて、スタッフ同士の会話は手話で行われることが多いのですが、コロナ前にはなかった問題が我々の前に立ちはだかりました。今日のコラムの主役、マスクです。手話は非手指要素(NM)も大切な言語の一部です。マスクを着けると鼻から下、つまり顔の半分が隠れてしまい、頬や口が見えません。例えば、頬は膨らませたりすぼめたりすることで、人や物の太さや厚さを表すという重要な役割を担いますし、口には、「マウスジェスチャー」と言われる手話独特の口型(パ・ピ・ポ など)を表したり、固有名詞や同音異義語(同じ手話で複数の意味を持つもの)を区別する時に日本語の口型を表すなどの役割があります。それを隠してしまうマスクは天敵そのもので、聴スタッフにとってもろうスタッフにとっても、コミュニケーションを取るうえで今までにはなかった負荷がかかるわけですね。
 最初はスタッフ全員、手話で話をするときはマスクを外し、顔全体を見せるということをしていました。ところが、特に手話通訳をするスタッフは、読み取り通訳(音声使用)もしなければならず、そのたびにマスクを着けたり外したりしている余裕はありません。そこで、全員マウスシールドを使うことにしました。手話通訳時はもちろん、スタッフ間のZoomミーティング時などもマウスシールドに着け替えていました。
 顔全体が見えてこれにて一件落着!かのように思われたのですが、顔の部分に手を接触させる手話を表現する時に不便であることが判明(例:/構わない/、/無理/ など)。

/構わない/

/無理/

 光に反射して逆に顔が見えにくいということも分かりました。さらに、マウスシールドは上部が空いているため、感染予防には不十分だという問題もありました。そこからそれらの問題を解決すべく、反射をおさえた透明マスクや、鼻からぴったり装着できる医療用の透明マスクなど、様々なタイプのマスクを調べたり試したりする模索の日々が続きました。そのようなことを経て現在はどうしているかというと、結局一般のマスクを着用し、そのまま手話で会話をすることで落ち着いています。
 そういえば、ろう者同士がマウスシールドや透明マスクを着けて会話をしている場面ってあまり見かけませんよね。もちろん顔半分が隠れることで多少の不便は感じていらっしゃるようですが、一般のマスクを着けたまま問題なく会話が成立しているように見えます。
 では、「顔半分隠れても問題ないってことは、鼻から下のNMは重要度が低いのか」というと、実はそういうことではないようです。ろう者に裏技(?)を聞くと、例えば傘を持っていて片手しか使えないときは、片手手話で伝わるような工夫をするように、顔半分が隠れていたら、その状態でも伝わるような工夫をしているのだとか。例えば、同音異義語の使用を避け、別の表現に変えたり、どうしてもその手話を使いたいときは、前後に別の手話や指文字を追加して補足したりしているのだそうです。なるほど、私がよくろう者から「何?」と聞き返されるのはそういう工夫が足りなかったからなのか、と納得、反省です。 、とちょうどこのコラムを書いている時に早速やってしまいました。マスクを着けたまま/工夫/という手話をしたところ、ろうスタッフに「何?」と聞き返されてしまったのです。この手話は/研究//試験/(関西地方)という意味にもなるので、この場合は/工夫/の前に/思う/の手話を追加すると、意味が確実に伝わるのだと教わり、感心してしまいました。

/思う/

/工夫/

 さらに驚いたのが、頬の筋肉の動き方も、意味を理解する判断材料となるのだとか。うーん、恐れ入りました。
そんなこんなで、マスクを着用しての手話コミュニケーションの挑戦はまだまだ続きそうです。これを機に手話表現やNMのスキルがアップすることを期待しつつ。
 このコラムを書いている今は、緊急事態宣言期間の真っただ中です。コロナが1日も早く収束し、また前のように何も気にせず談笑できる日が来ることを願うばかりです。
皆様もどうぞお気を付けください。