原田ゼミ3回生でのゲストスピーカーによる授業(2019年10/7・10/18)の報告

[ 編集者:経済学部・経済学研究科      2019年11月7日   更新  ]

はじめに   

 3回生ゼミでは、19世紀前半のドイツの最大の経済学者フリードリヒ・リスト(1789~1846年)の経済思想について彼の『政治経済学の国民的体系』(1841年)や「農地制度論」(1842年)を講読して学んでいる。
 リストは、保護貿易による後発資本主義国の工業化という主張で有名であるが、国民経済で工業力が成熟してもそれと均衡する農業の存在が必要であると説いていた。そしてその延長線上で、バルカン半島やトルコへのドイツ農民の開拓運動を提唱していたのである。その主張は零細農民を健全な独立自営農民にするという彼の良心的な姿勢に由来するとはいえ、事実上その地方へのドイツの拡張・侵略を意味していた。
 この問題を20世紀と現代のふたつの問題に関連させて考える。ふたつとは、戦前・戦中のわが国の満州開拓問題と、現代のギリシャ債務問題である。こうしたリストの現代的意味を考えるにあたり、それぞれについてのエキスパートであるふたりのゲストスピーカーに講義していただいた。

1.胡桃澤伸氏による講義「『胡桃澤盛日記』と満州開拓およびその問題性」

苗木雄貴 

 10月7日ゼミに精神科医で劇作家の胡桃澤伸(くるみざわ しん)氏に来ていただき、「『胡桃澤盛日記』と満州開拓およびその問題性」というタイトルでお話しいただいた。
 リスト研究を進める過程でリストの思想に帝国主義、拡張主義的な主張が含まれていることが分かった。そして、そのリストの主張と同様の原理で日本の満州開拓が行われていたことを知り、胡桃澤伸氏の祖父である胡桃澤盛(くるみざわ もり。1905~46年)による『胡桃澤盛日記』(全6巻+別巻、「胡桃澤盛日記」刊行会編、2011~15年)に行きついたのである。
『胡桃澤盛日記』を知ることとなったきっかけは『決壊――祖父がみた夢』(信越放送、2018年)というテレビのドキュメンタリ-番組であり、それは、盛の日記から満州開拓の当時の状況や、盛が村長をしていた長野県河野村の満洲への移住と集団自決などについて、孫の伸が祖父の思いを探る形で展開されている。農民(村民)の困窮からの脱却を模索していた村長の盛は、国策としての満州開拓に希望を託すことになったが、開拓に行った村民たちは日本の敗戦とともに現地で集団自決するに至り、それを内地で知った盛も罪の意識で自殺する、というできごとがそれである。孫の伸氏は盛のことを「知性が足りなかったから、国にいいように使われ、満州開拓を行ってしまった。」と言う。伸氏は盛のことを美化せず、国策に乗せられてしまった愚か者という評価をするべきだとし、二度と満州開拓のような愚行を侵さないようにするべきだと語った。
 伸氏の講義を聴いて、郷土愛と侵略は紙一重のものであって、盛はそれを取り違えてしまった結果、満州開拓を進めてしまったのだと思った。また、リストの主張も似たようなものであり、もしも、リストの主張をそのまま取り入れてしまったならば、河野村のような悲劇を生んでしまう可能性があることを考えなければいけないと感じた。

講義後に講師胡桃澤伸氏(真ん中)と。各自『胡桃澤盛日記』の各巻を手に。

講義後に講師胡桃澤伸氏(真ん中)と。各自『胡桃澤盛日記』の各巻を手に。

2. 朴勝俊氏による講義「緊急危機とギリシャ救済の真相を理解するための基礎知識」

李映真 

 リストの経済思想とその現代的な意味を考察するにあたって、私たちは、経済的統合から政治的統合に至る例としてEUを、バルカン半島への拡張の例としてギリシャ債務問題を比較対象とした。10月18日のゼミのゲストスピーカー朴勝俊氏(本学総合政策学部教授)は、ギリシャ債務危機期のギリシャの財務大臣Y.バルファキスの『黒い匣 密室の権力者たちが狂わせる世界の運命――元財相バルファキスが語る「ギリシャの春」鎮圧の深層』(明石書店、2019年)の翻訳者でもある。
 ギリシャ危機でEU、IMF、ECBなどがギリシャのために救済融資を行うが、これは表面的な部分であり、実際にはギリシャに貸付けていたフランスやドイツの大銀行を救済することになった。ギリシャがこのようになった理由としては、もともとギリシャの産業基盤が弱く競争力が低いため、経常収支が赤字になりやすいことがある。そして、ドイツやフランスなどと対等な競争ができず、これらの国からの優れた製品がギリシャに流れ込み、ギリシャは産業をあまり発展させられなかった。そのため、自然にドイツからギリシャへの経済的および政治的影響力は高くなる、と思われる。
 リストは「農地制度論」でハンガリーやトルコなどに農民を移住させ、バルカン半島や全トルコまでの進出を主張した。そうした開拓的な進出ではないとしても、今日のドイツは経済・産業力を利用し間接的な方法でギリシャや他の国々へと影響力を強化していると考えられる。
 今回の講義で、今日にも見られるドイツのバルカン半島諸国への圧倒的な優位が窺われ、リストの経済思想とその現代的な意味について考えることができた。

講師朴勝俊氏(後列左2人め)を囲んで、プロジェクターでのバルファキス『黒い匣』と。

講師朴勝俊氏(後列左2人め)を囲んで、プロジェクターでのバルファキス『黒い匣』と。