◇インターンシップ◇

[ 編集者:経済学部・経済学研究科       2019年4月1日   更新  ]

私たちはバリ島にある様々な場所に分かれて一か月半インターンシップを行ってきました。バリ島の観光雑誌のアピマガジンやホテル、サーフィン・観光バスを運営する会社、日本語学校、ウダヤナ大学です。インターン先ではゼミ生それぞれが悩み、考え、苦労することが多々ありました。しかしそのような試練に立ち向かったからこそ、私たちは一歩成長することができたと思います。この貴重な経験を大切にし、これからの人生に活かしていきたいです。

魚谷 航平

ずっと希望していたホテルでのインターン。それも五つ星ホテルだと最初に聞いた時にはワクワクが止まりませんでした。去年、ホテル内の日本レストランのメニューを改善した先輩の話をずっと聞いていたので、私も何かホテルの改革を行って、貢献してやるのだと意気込んでいました。しかし私が派遣されたのは、経営には一切関わることのできないフロント業務でした。最初は残念に思いましたが、まず現場のことを知らなくては何もホテルに提言できないだろうとすぐに切り替え、一人でもファンを増やすことのできるような接客を行うことを目標に業務に励みました。しかし、私の前に言語の壁が立ちはだかります。すでにセネガルで通訳と共に英語で調査をしていたので、何とかなるだろうと考えていましたが、甘い考えでした。通訳と話す英語とホテルマンとしてゲストに接する英語はまるで別物でした。相手の要望を聞きとることができず、何度も冷たい目で見られ、辛い思いもしました。「話しかけるなオーラ」を出してしまうほど接客が怖くなってしまった時期もありました。そんな時に支えになったのが日本人ゲストの方の「頑張ってね」という温かい言葉でした。「ホテルを改革する」と意気込んで始まったインターンでしたが、まずは目の前のゲスト一人一人と交流したいと思うことができました。とても印象的な経験があります。日本から来た老夫婦の対応をしている時でした。自分のできる限りの丁寧で親切な接客を心掛けました。すると、チェックアウトの際に彼らからチップをいただくことができました。チップは市場取引とは全く性質の異なる、気持ちから生まれるお金のやり取りです。私の頑張りがこの人に届いたのだ、ということを目に見える形で確認することができたのが大きな自信となり、喜びになりました。このチップで買ったビールが本当においしかった。こうした経験を積んで学んだホスピタリティは私にとって最も大切なバリのお土産になりました。

1. バリ(インターン①)魚谷航平

岡本 千裕

 私はバリ島のフリーペーパーを出版しているアピマガジンという会社に行かせていただきました。これまでイベントを何もないところから考え、実行するという経験がなかったので、あまり難しいものだとは考えていませんでした。学生の行うイベントであれば、自分たちの手が届く小規模なもので十分かもしれません。しかし今回はアピマガジンさんの名前をお借りしながら、協賛企業を募ったり、地域住民に呼びかけを行ったりする必要があり、考慮しなければならない点が多くありました。イベントの企画をするのに会社の名前がついてくることによって、自分だけでやっているわけではないという強い責任感を感じさせられました。やるからには自己満足ではなく、地域や観光客にとって意味のあるものにしなければならず、結果も求められます。当たり前のことかもしれませんが、よりその現実の厳しさを実感することができました。その一方で、これまで会社が築かれてきた他社との信頼関係の重要性も感じました。協賛を依頼するにしても、私たちだけではどうすることもできませんでしたが、これまで約20年、バリ島で直接顔を合わせてビジネスを行ってきたアピマガジンだからこそ、いくつかの企業からの協賛を承諾してもらうことができました。
これらの経験を通して、一人では何もできないんだということを学びました。どんなに飛び込むことが怖くても、周囲には支えてくれる誰かがいました。一人では何もできない、というより、一人だと思っていても一人で何かしているなんてことはないのだと思います。何かを本気でやろうとしているからこそ、こんなにも協力してくれる人がいるんだということに気付いたとき、「ビジネスは冷たいものだ」と思い込んでいたけれど、そこには働く人がいて、人と人の間には温かさもあるんだと感じることができました。会社という組織の中で働くということは、自分一人ではないからこそ、より大きな影響を社会に与えることができるのだと学びました。ている、見たことのある世界だけに閉じこもるのではなく、もっともっと沢山の人と話して、関わらなければ、関わりたいと、強く思いました。

1. バリ(インターン②)岡本千裕

金澤 昂季

セネガルから直接バリ島に移り、最初は天国にでも到着した気分でした。到着2日後にインターン初日を迎え、私は最初の3週間は「クラクラバス」というJTBの子会社で、残りの2週間はサーフスクールの「DEKOM」での勤務を行うことになりました。クラクラバスでは、バスの利用客が少ないという問題があり、その理由として日本人はそもそもあまりバスを使わないことや、バリ島の繁華街は異常なまでに渋滞が酷いことが理由として挙げられていました。それに加え、サービス開始から数年しか経っていなかったので、知名度が低いということも問題でした。去年の栗田ゼミのバリ島空港調査の結果から若年層の渡航、特に日本人女性客が多かったため、私たちは若者の視点から、情報拡散のためにインスタ映えをするようなチケットデザインへの変更を提案し、最終日には従業員の方と試作を作成するまでに至りました。従業員の多くない中小企業なので直に社長からお話を聞くことができたり、私たちの考えを社長に直接提案することができたりしたので、私にとって他の日本でのインターンには無いとても有意義な時間でした。その後、私のDEKOMでの勤務が始まりました。ここではスクール内の内装が開業当時から変化がなく暗い状態で、お客さん同士がレッスン後にスクール内において楽しく会話を交わせる場所がなかったので、壁面に明るい波のペイントを施し、サーフボードを再利用した長椅子を設置することでお客さんの憩いの場を提供すると共に、インスタ映えスポットを作成することに成功しました。また、レッスン後に「お客さんにレッスン中に撮った写真の購入を勧める」という業務がありました。しかし、写真の値段が高いために購入せずに残念そうに帰る方が多く、ボードに乗っている写真を持たずに日本に帰られていました。そこでボードと一緒に写った写真を私たちが別で1枚撮り、DEKOMのインスタの公式アカウントで上げさせてもらう代わりに、その写真をプレゼントするという方法で情報拡散を狙った改善を行いました。このように私たちの案が採用され、異国の地の会社の一部となっていくことにとても楽しみを感じられた1か月間でした。

1. バリ(インターン③)金澤昂季

金光 崇志

【日本とバリの架け橋として】
私は、大学の日本語学科講師のサポータとして、1か月半を過ごしました。赴任当初は、教師や学生達からは『日本の文学部で日本語を専攻している「プロ」が来る』と勘違いされていたようで、そのイメージの払拭から始まったインターンでした。「単なる日本語ネイティブでしかない自分が、日本語を本気で学んでいる学生に提供することのできる価値は何だろう?」自分がバリ島に来た意味を自問自答しながら、一日一日が過ぎていきました。
赴任中は、主に授業運営のサポートを担当しました。教師の方から『「普通」の日本語の使いかたを学生達に教えてほしい』と頼まれたのですが、「そもそも、フツーってなんだ?」という疑問からスタート…日本語の世界で守られて生きてきた私には、客観的に日本語と向き合うという観点がありませんでした。授業中に弾丸のような学生・教師の質問に回答した後は、ショッピングセンターの本屋で日本語の教科書を読むという生活が続きました。
そのうち、日本の歴史や文化と紐づけながら日本語を教えるというスタイルを確立することができました。「アニメが大好きで日本語に興味を持ったんです!」という嗜好の学生の多さには悶絶しましたが、彼らの興味関心に合わせながら授業を進めるという方針は、徐々に学生・教師にも受け入れられていきました。インターン後半に差し掛かると、2時間の授業時間全てを自分で運営するということが増え、負担も桁違いになりましたが、その分のやりがいも得ることができました。
結局、私がインターンで提供できた価値は、『日本語だけでなく日本「そのもの」を伝えることができた』ことに尽きるのではないかと思います。なお先日、とある学生から「たかしさん、来年のいつバリに来てくれますか?」という便りが届きました(来年に来ることは、彼女にとって前提になっているようです…)。せっかく見つけた自分自身の価値ですので、今後も自分の役割を何らかの形で果たしていきたいと考えています。

1. バリ(インターン④)金光崇志

川本 美早

「日本から来た、‘かわもとみはや‘です。よろしくお願いします。」日本語学校での初授業どう話せばいいのか全く分からずカチカチに緊張して初授業に参加しようと思ったらいきなり「センセ、カワイイ。ワタシト ケッコンシテ」正直びっくりを超えてなにも反応できませんでした。こっちは緊張して何をどんな風に伝えたらいいのかわからず戸惑っているのに、いきなりそんなことを言われて他のクラスメイトもそれを聞いて笑ったり「ワタシも」と謎の便乗をしてきて、これからどうしていったらいいのかと悩んだ記憶があります。今まで取り立てて仲が良かったわけではない女の子(=かえで)と実質二人暮らしで回りは謎のノリが激しいバリの実習生。現地の先生は日本語が堪能で語学面でのサポートもできそうにないし途方に暮れて毎晩なぜか日本のビフォーアフターを見ながら過ごしていました。
先生がバリの文化に触れさせようと様々なところに連れて行ってくれましたが実習生とはあまり関われずにいました。かえでが実習生にどこかに連れて行ってくれるよう頼もうといいだしました。私は変に気が小さいところがあるのでその場で同意したふりをしていただけで自分から動くことはなくただ便乗しました。今思えばそれがきっかけでした。そのお出かけをきっかけにどんどんほかの実習生とも仲良くなりました。気づけば毎週のように誰かがどこかに連れて行ってくれるようになりました。実習生と距離を縮める私たちをみた先生から冗談っぽく毎朝の運動や自炊に参加することを提案されました。その日以来私たちの朝型生活が始まりました。朝6時に起きて楓は運動、私は自炊、みんなと朝ごはんを食べて授業へ。授業に帰るとまた運動(私はさぼりがちでしたがかえではほぼ毎日参加してました)晩御飯を食べて授業準備をして日誌を書いて実習生と深夜までおしゃべり。帰国間近のころには睡眠時間は2時間程度の日もざらでした。ゴキブリとお風呂に入りました。教室で一緒に勉強するとかげの姿もありました。でもこんなに必死に自分の限界まで何かに取り組んだのは初めてでした。とてもいい経験でした。機会を与えてくださった先生、仲良くしてくれたバリ人は勿論ですが迷惑をかけても受け入れてくれて生活面でたくさん助けてくれた楓には本当に感謝しかありません。

1. バリ(インターン⑤)川本美早

佐藤 亜美

 私は「THE PATRA BALI RESORT AND VILLAS」という5つ星ホテルで、約1カ月半インターンシップに参加させていただきました。その中でもマーケティングの部署に配属され、最初はホテルの館内案内やお客様アンケートを英語から日本語に翻訳するという仕事を任されました。しかし常に何か仕事をくれるわけではなかったため、私だからできることは何か、今のホテルに足りていないことは何かを考えました。そこで、仕事が終わってから、ホテルの紹介動画を作る企画書を作成しました。日本でバリ島の観光業について勉強していたことを活かして、広報力が少し足りていないこのホテルにとって、日本人に宣伝する材料を一緒に作りたいと思ったからです。作成した企画書を見せると、上司も喜んで協力してくれました。
 私はこのホテルで、自分から行動しなければいけないということを学びました。初めて企画書を提出する時はとても緊張しましたが、私はたくさんの温かい上司や同僚のおかげで1カ月半充実した日々を送ることができました。一生懸命日本語で話しかけてくれる人や、遠くにいてもお辞儀をしながら挨拶してくれる人。知らない間に私のことをホテルのみんなが知ってくれていて、何かあればいつも助けてくれました。彼らに対する感謝の気持ちを忘れず、今後も学んだ事を活かしていきたいです。

1. バリ(インターン⑥)佐藤亜美

田仲 悠介

バリ島では、アピ・マガジンという観光雑誌の会社でインターンシップを行いました。そこでは主に、次回号の特集や雑誌の編集をしていました。読者が今欲しい情報は何なのか、また一言で商品の魅力を伝える難しさなどを学びました。
また、バリ島には環境汚染の問題があります。インドネシアには200以上の島から成り立っており、雨季になると波に流され漂流物がバリ島のビーチに流れ着きます。他にも観光客の増加に伴うゴミ排出量がバリ島のゴミ処理能力を上回り適切に処理できていない現状などがあります。このことに危機感を持ちビーチクリーンイベントを行いました。その為に私たちは、バリ島の5校の小学校に環境保護についての授業をしに行きました。また、バリ島にある4社の協賛を得て、ビーチクリーンイベントを開催し、60人の方に参加して頂きました。バリ島でのイベント開催は、想定していないところで躓きます。メールの返信が来ない。協賛の仕方が日本とは違う。新しくプロジェクトを作り、実行させてくれるのも栗田ゼミの良いところだと思っています。この活動で苦しいことの方が多かったはずなのに今はいい思い出になっています。そして、自分の力になっていました。挑戦することの怖さと楽しさを知ったバリ島でのインターンシップになりました。

1. バリ(インターン⑦)田仲悠介

向井 里於

私はバリ島のヌガラという場所にある日本語学校でインターンシップを行ってきました。ここは、バリ中心部から車で3時間ほどかかる田舎で、周りには観光名所と言えるような場所もなく、穏やかな町でした。先生から、私のインターンシップ先を聞かされたとき、“こんな遠くに行くのか、、”と驚きました。
 日本語学校に到着したその次の日からいきなり授業を持たされ、何をしたらいいのか全く分からない状況でインターンが始まりました。分からないままに授業をしてみたものの、やはり生徒に理解してもらえることはなく、手ごたえのない授業となってしまいました。それからも毎日1時間ほどの授業を担当しましたが、手ごたえのある授業がなかなかできず、毎晩明日の授業は何にしようか考え続けました。そんなときに去年訪れた栗田ゼミ先輩方の取り組みを参考にして、私たちも形に残る授業をしたいと想い、BEGINの島人ぬ宝を歌って、動画を撮ったり、折り紙をしたり、日本食の調理実習をしたり、日本の文化を通じた授業を行いました。すると今まで以上に生徒の反応も良く、何よりも私たちと生徒の仲が深めることができ、それからの授業もより良いものにすることができました。
 この一か月半という時間で私はかけがいのない経験をすることができただけでなく、かけがえのない仲間ができたと思います。私は本当に日本語学校の生徒・先生、そしてヌガラという町が大好きになりました。
 私は本当にヌガラの日本語学校でインターンシップできて良かったと心から思います。

1. バリ(インターン⑧)向井里於