◇調査◇

[ 編集者:経済学部・経済学研究科       2019年4月1日   更新  ]

Fieldwork

調査は、自分たちで条件にあった村の選定を現地で行い、ホームステイ先を探すため何村も足を運んで交渉しました。村の方は快く調査を引き受けてくれました。ティエスを中心とした内陸の地域と、サンルイを中心に海沿いの地域で行いました。調査は約1ヶ月行い、毎日朝早くから日が暮れるまで、一世帯あたり1~2時間ほど行いました。各班で、実験を考えていたため実験の前後の変化も調査しました。現地で衣食住を共にすることで、生活環境も知ることができ、現地の方ともとても良い関係を創りながら調査を行うことができました。

竹島 梨紗

異国の土地での調査は不測の事態の連続でした。私たちの班の調査では、まず村の数が予測の半分程度しかなかったことから始まり、現地に着いてからも調査内容の調整の繰り返しでした。各自が調査担当の村に行ってからは、電波が無くインターネットを使うことができないため、何か問題が出てきても使えるのは自分の頭のみでした。目の前の課題に対してインターネットの力を借りず、今まで学んだことや経験してきたことをフルに活用して解決策を考えてみる。そしてそれを実行に移してみてまたより良い方法がないかを探してみる。これは日本での生活の中では意外にできていないことだったように感じます。
次から次へと課題が現れてきても何とか乗り越え、無事に調査をやり遂げることができたのは、多くの人の支えや協力があったからです。調査はまず答えてくれる村人の方がいなければできません。セネガルの方々はおもてなしの精神が強く、優しくて気さくな人ばかりでした。調査の質問内容にはかなりデリケートなものも含まれており、回答を拒まれることもありましたが、私たちがこの研究でしたいことやそのためには必要な情報であることを話すと、多くの方が理解して快く回答してくださり、無事に必要なデータを取ることができました。
また現地語を話せない私たちが非常に助けてもらったのが、通訳の方です。村での交渉や調査から日常生活まで、彼らがいなければ私たちだけでは何もできませんでした。特に私のパートナーには調査以外のところでもたくさん助けてもらい、彼のような優しさと行動力を持った人間になりたいと常に思っていました。尊敬できて、大好きなパートナーです!
他にもホームステイ先の家族や、タクシーの運転手さんなど本当に多くの方々に支えられて送れた日々でした。この感謝の気持ちは「ありがとう」の言葉だけでは伝えきれるものではなく、現地では歯がゆい気持ちでしたが、この気持ちはこれからのゼミ活動や社会に出てから何かしらの形で返せればと思っています。

3. セネガル(調査①)竹島梨紗

村上 絢音

日本とは違う異国の地で、通訳とどうやって調査をしていくのか不安に思いながら、セネガルへ向かいました。通訳の大学生たちに初めて会ったとき、私の隣に座りに来てくれた女の子が「私と組もう」と誘ってくれて、とても嬉しく心強かったです。私の班は工場で働いている人に調査しました。仕事を中断して調査を行うということで断られることもあったのですが、通訳の子の笑顔とコミュニケーション力に救われました。調査にかかる時間を減らす工夫やどのようにしたら調査に協力してもらえるかなど一緒に考えました。また大学のテストで調査に参加できないときは友達を代わりに連れてきてくれ、その友達に調査の内容まで説明してくれて、助かりました。工場ではセネガルの伝統的なお茶をよく頂きました。テランガというセネガルのおもてなしの精神を感じました。お茶はとても甘くて、ミントも入っていて、ハマりました。お茶をつくる人によって、甘さが違い、どこの工場が一番おいしいだろうかと味比べするのも楽しかったです。工場で働いている様子に驚きを隠せませんでした。工場はボロボロなところもあり、働いている人は作業着や手袋もつけずに危険な作業をしていて、終始心配になることもありました。このように自分の目で見ることが大切だと感じました。調査中の一番のハプニングは8月末に「タバスキ」というイスラム教のお祭りがあり、工場が何日間か休むということで調査を早めに切り上げないといけないことでした。まさかお祭りがあるとも知らず、通訳から聞いたときは驚きました。予定を変更して、どうにか調査をし終えました。タバスキは通訳の子に誘われ、彼女の家で過ごしました。彼女の家族と輪になってご飯を食べ、お話できて楽しかったです。羊のお肉を一生分食べたのではないかというぐらい食べました。今でも通訳の子と連絡を取ることがあり、調査によって出会えた通訳とも働いている人とも出会えたことが一番の宝だと思います。

3. セネガル(調査②)村上絢音

寺川 楓

 海外経験がほとんどない私は、現地の生活や調査に不安しかありませんでした。まず現地で痛感したのが、英語力のなさでした。調査票を通訳に英語で説明するのですが、うまく伝えることができず、周囲はうまく関係を築けている中、調査が始まってもうまく関係を築くことが出来ませんでした。調査が進む中で、自分が人に頼りすぎていたこと、もっと自分から積極的にコミュニケーションを取らなければいけないと強く思いました。その日から、自分が伝えたいことを必死で伝えるようにしました。補えない分は、調査が終わった夜のうちに、次の日の調査の準備、課題点を書き留め、翌日の調査がスムーズに進むようにしました。通訳とは、生活の面でもよく喧嘩をすることはありました。お互いの生活や文化、宗教を理解するのは思っていたよりずっと難しかったです。しかし、コミュニケーションをとるうちにお互いの共通点も見えてくるようになり、彼女のポジティブな性格に元気をもらいながら猛暑の中調査を終えることが出来ました。苦しい時もたくさんありましたが、調査をやりきれ、私の通訳が彼女で本当に良かったです。
 ホームステイをする上で、村の方々には本当にお世話になりました。村人の生活を間近で見ることが出来、自分も衣食住を共にすることで村人とも距離を縮めることが出来たと思います。村長に調査をしたいですといきなり押しかけたにもかかわらず、快く受け入れてくれ、娘のように扱ってくれました。村長は毎日私たちの様子を気遣ってくれて、困っていることはないか、ご飯はちゃんと食べることが出来ているかなど聞いてくれました。村の人々も初めは驚いていたけれど、調査を快く受け入れてくれたりご飯に呼んでくれたりしました。毎日いるので、挨拶しながら村を歩いていると、名前を呼んでくれたり話しかけてくれたりしました。子どもたちに農場が見たいというと連れて行ってくれ、言語は違いますがジェスチャーを使いながら説明してくれました。マンゴーが珍しいというと、調査をしに行ったほとんどの家からマンゴーをいただき、部屋がマンゴーで溢れていることもありました。日本はおもてなしの国と言われますが、セネガルもおもてなしの国です。一人一人の心の温かさを、村でホームステイをしながら近くで感じることが出来たのは大きな経験です。これからもあの村は第二の故郷でこの経験を忘れることはありません。

3. セネガル(調査③)寺川楓