「われら関学経済人」 三浦 公大 さん

[ 編集者:経済学部・経済学研究科       2014年4月1日   更新  ]

われら関学経済人

三浦さん

  
【卒業年月】 2006年3月
【名前】 三浦 公大(ミウラ コウダイ)
【出身高校名】 甲南高等学校
【基礎演習名】 三上 和彦 教授
【研究演習名】 野村 宗訓 教授
【勤務先】 三菱重工業株式会社(2/1より三菱日立パワーシステムズ株式会社)

 ※本ページの内容は2014年3月現在のものです。

Q1

 

入社後、長崎県の長崎造船所に配属となり3年半を過ごした後、社内のジョブローテーション制度により兵庫県の高砂製作所に異動となりました。
業務内容としては一貫して火力発電設備の営業職に従事しており、入社から3年半と現在は国内電力会社様に納入した火力発電設備のアフターサービス営業を担当しています。千円の部品から十数億円の設備改造工事まで幅広い案件がありますが、日本の電力安定供給のため、使命感を持って業務を行っています。
高砂へ異動後の3年半は中国のライセンシーとの協業ビジネスを経験しました。当社が開発したガスタービン・蒸気タービンをライセンスし、当社もライセンシーも共にWIN-WINの関係を築くため日夜努力しました。中国へ出張した際には徹夜での交渉となることもしばしばでしたが、お互いの意見を徹底的に議論することの大切さや、日本の常識が世界の常識でないことなど多くのことを身をもって学んだ3年半でした。

Q2

とにかく活動的な日々を送っていました。興味を持った講義は積極的に履修し、幅広い知識を習得できたと思いますし、所属していた学内のキャンプの団体やバイト、小学生のころから続けていたボーイスカウトなどの活動でとても充実した毎日でした。
研究演習(ゼミ)では、それまで履修した講義を踏まえ「より実践に近い経済学を学びたい」と思い野村宗訓ゼミを選択し、民営化や規制緩和などについて勉強をしました。当時、勉強の対象としていた電力業界に関わる仕事をしていますが、業界のバックグラウンドを学んでいたことがアドバンテージになった場面もありました。
また、学業以外にも学生時代に学内外の多くの人と出会い、話をしたことが社会に出てからの重要な糧になったと思います。とりわけ、社会人の方とお話する機会を持つことができたことで、自分が社会人としてどのような人間になりたいのか具体的なイメージを持つことができ、それが就職活動にも役立ちました。

Q3

 

大学生という時間は、漫然と過ごすこともできてしまう一方、自分から行動すればたくさんの知識を習得したり、経験を蓄積できるものだと思います。そして、関西学院大学には優秀な教授陣による講義、留学プログラム、OB・OGの話を聞く機会など、望む者には無限といってよいほど多岐にわたる選択肢が用意されています。
その素晴らしい環境を最大限に利用して、可能な限り多くの学び・経験をして下さい。大多数の方が卒業後は社会に出られると思いますが、学生時代の経験が社会に出てからの生き方を左右すると言っても過言ではないでしょう。ぜひ、勉学にも遊びにも全力で取り組んで欲しいと思います。
また、皆さんのまわりにはとても優秀な人材がたくさんいるはずです。大学時代に一生付き合える友人、仲間を作ることにも注力して欲しいと思います。

Q4

私が関西学院大学経済学部を志したきっかけは、「実家から近く、祖父・父親が共に関西学院大学経済学部卒だから」という単純なものでした。したがって、入学前に「経済学とは何か?」とか、「何を学びたいか?」「どういった社会人になりたいか?」といった問いに対して明確な回答を持ち合わせていなかったように思います。
しかし、入学後に様々な講義を受けたり、ゼミでディベートをするために仲間と勉強をしていく中で、自分なりに学びたい分野や将来どのような人間になりたいかというイメージを作っていくことができました。のびのびとした学風、美しいキャンパスの中で学んだ4年間があったからこそ今の自分があると断言できますし、一生付き合える友人、恩師にもめぐり合うことができました。
ぜひ、皆さんにも経済学部に入学し、輝ける未来を自らの手で作って頂きたいと思います。