「われら関学経済人」 出石 直史 さん

[ 編集者:経済学部・経済学研究科       2014年4月1日   更新  ]

われら関学経済人

出石さん

  
【卒業年月】 1994年3月
【名前】 出石 直史 (イズシ ナオフミ)
【出身高校名】 兵庫県立川西緑台高等学校
【研究演習名】 生田 種雄 教授
【勤務先】 神戸市役所

 ※本ページの内容は2013年11月現在のものです。

Q1

 

1994年4月に神戸市役所に就職し、現在は企画調整局調整課公民連携推進室という職場で、市民サービスの向上や地域経済の活性化など、行政課題解決に向けて、民間事業者が主体となった取組を推進しています。神戸市役所では3~5年程度で職場異動があり、さまざまな業務を経験してきました。
初めての配属先は、兵庫区福祉部の生活保護のケースワーカー業務で、1年目に阪神淡路大震災も経験しました。次に保健福祉局では福祉計画策定担当、市民局・生活文化観光局(今は職制改正でない局ですが)の経理担当(予算決算、市議会対応、局の政策決定など)を経験し、その後、係長として、水道局の業務見直しによる効率化を目指し各課と調整をする業務や、行財政局財務課の公債担当として、神戸市の資金調達(例えば投資家に神戸市債を購入してもらう)業務に携わり、現在、公民連携の業務に携わっています。このように地方公務員の仕事は、業務が多岐にわたり、異動のたび転職という感じで大変なところもありますが、自身のスキルアップにつながると感じているところです。

Q2

振り返るともう20年も前の話で、今の関学経済学部生とは大きく異なるかもしれませんが、私が入学した1990年は、元号が平成に変わり、バブルの絶頂期でした。勉学はそこそこにサークル活動にいそしんでおりましたが、授業にはきちんと出席し、勉学とサークル活動はきちんと分けて取り組んでいたと思います。なんと言っても関西学院の時計台を中心とした風景がすばらしく、私の大学生活の象徴であり、平日はずっと上ケ原キャンパスにいました。
勉学はそこそこでしたので、後に業務で資金調達に従事した際には、金融、経済に関する知識の薄っぺらさに過去の自分を恨みました。やはり振り返ると本当に貴重な4年間、もっと勉強しておくべきだったと思っています。

Q3

 

大学生活の4年間は、人生の中で一番輝く時期だと思います。それ故にあっという間に終わってしまいます。社会に出る前の準備期間であり、思う存分遊べる期間でもあります。ぜひ、充実した大学生活を過ごしてください。そして、多くの友人たちは一生の宝物です。友人との絆は今も続いています。社会人になるとどうしても、自分が従事する業界の人との付き合いが中心になってしまいます。大学時代の友人たちと集まると、自然と異業種の集まりとなり、視野も広がりますし、悩みもちっぽけなことだったり、みんな同じことで悩んでいたりと大変リフレッシュできます。友人は大切してほしいと思います。
また、阪神間の9つの関学出身の自治体職員が年に1回集まる機会があります。そういったつながりが続いていくことも関学生ならではだと思います。

Q4

経済は、世界規模で日々動いており、さまざまな要素が絡み合っています。経済学は今後ますます重要になってくることでしょう。地方公務員であっても経済情勢に無縁ではなく、地域経済の動向は、税収や雇用などさまざまな要素に影響してきます。絶えず経済情勢をウォッチしていく必要があります。
また、関学はすばらしいキャンパスがあります。私自身あの風景に憧れて関学経済学部に入学しました。そして、時計台のそばにある経済学部の建物には歴史を感じます。先輩方が築き上げてきた関学経済学部でぜひ学んでください。