「われら関学経済人」 熊本 登 さん

[ 編集者:経済学部・経済学研究科       2013年5月13日   更新  ]

われら関学経済人

熊本さん

  
  【卒業年月】 1994年3月
  【名前】 熊本 登(クマモト ノボル)
  【出身高校名】 福岡県立宗像高等学校
  【研究演習名】 生田 種雄 教授
  【勤務先】 住友電気工業株式会社

  ※本ページの内容は2013年5月現在のものです。

Q1

 

 入社してもう20年近く経ちました。私は一貫してエレクトロニクス関連製品に携わっており、最初の3年間は工場で事業部や海外関係会社の予算管理などを行いました。その後、営業部門に配属となり今に至っています。中でも2004年から6年近くの香港駐在が、家族を含め、最も思い出深いものとなっています。
 2003年以降、SARSから立ち直った中国は、文字通り昇り龍の如く発展しました。その中で私は海外自社工場製品の輸入販売業務に携わりました。従来、お客様の大半が日系や香港・台湾系、欧米系などの非中国系だったところ、中国の経済発展と技術進歩に伴い、徐々に中国のお客様が増加。そうした変化点に立ち会い、活気溢れる中、ダイナミックに仕事ができたことはとても良い経験となりました。
 現在、私の会社もグローバル化とダイバーシティへの対応が加速しています。私個人もまたいつでも海外に出られるよう自己研鑽が欠かせない毎日です。

Q2

 日経新聞が好きだったこともあり、「経済」には大学に入る前から慣れ親しんでいたと思います。特に大きな視点から経済を捉えることに興味があり、ゼミもマクロ経済学を専攻しました。私が入学した1990年の日本は、まさにバブル景気の真っ直中。そしてバブル崩壊。史上に残る局面を、優れた教授陣からリアルタイムに学べたのは大変幸運でした。
 卒論は内外価格差の解消をテーマに研究しました。為替相場や購買力平価の考え方は、将来を見越して当時勉強したわけではなかったのですが、会社に入ってから仕事柄様々な場面で応用できているのはとても有り難いことです。
 とはいえ、学生時代を振り返ってみると、経済学をもっと徹底的に追究できたのではという思いは残ります。その意味で、当時から勉強を続け、今や立派な関学経済学部教授として活躍する、生田ゼミ同窓の上村敏之君を友人としてとても頼もしく思います。

Q3

 

 採用の関係で就活の関学生と面談する機会が毎年あり、強く感じることがあります。それは勉学に打ち込む学生さんが年々増えているということです。私が学生の頃はまだバブル景気の余韻もあったのか、正直、真剣味という点で今の学生さんの方が数段レベルが高いと感じます。例えばTOEICの点数でも、以前では考えられないようなハイスコアを当たり前のように取られています。またゼミ活動に非常に熱心に取り組む方が多くおられます。裏を返せば就職活動が年々厳しくなっているという事情もあるのかもしれません。学生さんには本当に大変な時代だと思います。
 しかし、フラット化する世界、より厳しい現実が社会では待ち構えています。したがって、きっかけは何であれ、自らの力で身に付けた知力は将来必ず役に立つことでしょう。皆さんは関学経済学部という素晴らしい環境におられます。最大限その強みを活かし、自分を高める努力を続けて頂ければと思います。

Q4

 「経済学部はつぶしが効く」というフレーズは今もあるのでしょうか。ともすれば、スペシャリストが求められる今の時代、この言葉にはネガティブな響きが感じられます。しかし、経済が現実として全ての社会活動の基盤であると私は思います。その証拠に、2008年のリーマンショックに端を発した世界同時不況は、100年に一度の経済危機と言われ、資本主義の終焉までも叫ばれましたが、震源地となった米国経済が真っ先に立ち直り、今や世界経済の回復を牽引しています。また、アベノミクスで沸き立つ日本も、その目玉は名前の通りエコノミクスなのです。このように私たちの日常生活やマインドを一変させる力を持つ経済を、学問として正しく学ぶことは間違いなく有益なことだと私は信じています。
 中でも歴史と伝統ある関学経済学部は、素晴らしい施設とカリキュラム、ハイレベルな教授陣に恵まれています。関学経済学部に入学され、我々の仲間となられることを心待ちにしています。