「われら関学経済人」 三谷 一夫 さん

[ 編集者:経済学部・経済学研究科       2012年8月10日   更新  ]

~関学経済学部生からのメッセージ~「われら関学経済人」

三谷 一夫さん(1998年3月卒)

      
【卒業年月】 1998年3月
【名前】 三谷 一夫 (ミタニ カズオ)
【出身高校名】 関西学院高等部
【研究演習名】 高林 喜久生 教授
【勤務先】 株式会社映画24区 代表取締役

※本ページの内容は2012年8月現在のものです。

これまでどんな仕事をされてきましたか?

私は大学卒業後、三菱東京UFJ銀行に就職し、企業向けの融資や銀行システム構築に約10年間携わりました。まだ銀行に入行して間もない頃、自分が担当していた小さな映画会社が経営危機に陥りました。小さい頃から映画が好きだった私は何とか会社を救いたい一心で多方面を奔走しましたが、自分自身が微力ゆえ十分な支援をすることができず、目の前で倒産していく会社を見過ごさざるを得なかった辛い経験があります。と同時に、もっと勉強をして経験を積み、いつか映画業界に何らかの形で貢献したいという思いをずっと持っていました。
何事も思い続ければチャンスはやってくるものです。入社して10年目、再び経営危機に陥った映画会社が私の目の前に現れました。この会社が発信する強い映画に何度も魂を揺さぶられた私は「自分のスキルと経験で映画界に貢献したい」と思いたち、銀行を辞めて映画界に飛び込み、会社の経営再建に取り組みました。その後3年、会社の再生も無事完了し私の役割は終わりました。その後は自ら会社を興し、業界の弱点である映画俳優・脚本家・プロデューサーといった人材育成を柱とし、意欲的な映画の製作・配給に取り組んでいます。

株式会社映画24区HP(http://eiga24ku.jp/)

経済学部ではどんな学生でしたか?

私は小学1年から高校3年まで長年サッカーをやっていましたが、関学に入学と同時に体育会アイスホッケー部に入部しました。まったく新しい分野に自分がどこまで取り組めるか試してみたかったからです。一般のスケート場の営業が終わった後、深夜から翌朝までの間は私たち部員が練習する時間でした。翌日1限目に授業がある日は出席するのが辛かったのですが、毎日どこか隙間の時間で睡眠をとりながら、スケート場のある難波と上ケ原キャンパスを往復していたように記憶しています。大学4年時には主将を務め、OB会からの至上命令であった関西2部リーグ優勝、1部昇格を果たすことができました。
経済学部では高林先生のゼミに所属させていただきました。経済学の勉強が役にたったと実感したのは、銀行にいた10年よりも映画業界に転職してからです。映画や音楽といった芸術の世界では、クリエイティブ面での議論は日々盛んに行われていますが、ビジネスの視点でものづくりを捉えることができる人が多くありません。大学時代に金融・財務・会計といった分野を学んだこと、銀行時代に実務経験を積んだことが映画界に身をおく私にはとても強力な武器になっています。

今の経済学部生にメッセージをお願いします!

関学を卒業すれば、ほとんどの学生が職に就けると思います。だからこそ関学生はこの次元に留まっていてはいけないと思うのです。自分が生きる長いようで短い人生の中で、何に影響できるのか。もしくはしたいのか。妻や子供のために働く。これはもちろん大事ですが、それは自分が家族を養うと決めた以上当たり前の話であって、もっと関心事を日本社会全体、さらに世界に目を向ける必要があります。私は関学の精神“Mastery for service”がいつの時代も変わらない普遍的な素晴らしいメッセージであることを卒業後15年、ようやく実感しています。
私が在籍する映画界は大学で経済を学んだチャレンジ精神あふれる若者が不足しています。是非門戸を叩いてください。一緒にこの業界を変えていきましょう。

これから経済学部を目指す高校生にメッセージをお願いします!

学生時代はどんなジャンルでもいいので映画をたくさん見てほしい。特にヨーロッパやアジアなど単館系の外国映画には良質の作品がたくさんあります。映画鑑賞は自分以外の人の人生を垣間見ることができる貴重な時間であると同時に、その国の生活や経済、価値観などを知ることができる贅沢な時間でもあります。
専門的なことは大学にいって勉強すればよいでしょう。今は自分の身の周りでおきていることだけでなく、日本国内や他の国で起きていることに関心を持つことが将来自分のやりたいことが見つかる早道となるでしょう。私も皆さんと映画界でお会いすることを楽しみにしています。