2023.03.03.
2022年度 懸賞論文/龍象奨学金の選考結果と講評について

懸賞論文

選考結果
部門 選考
結果
学生番号 学生氏名 演習担当者
氏名
論文題目 論文題目(副題)
個人執筆部門 入賞 25019001 伊藤 達也 栗田 匡相 大学生の性格特性(BIG5)GPAに与える影響 タイの大学生を事例に
佳作 25019542 芝本 尚暉 栗田 匡相

情報ナッジはCOVID-19で落ち込んだ観光業への志望をどのように回復させるか

インドネシア・バリ島大学生を事例に
共同執筆部門 入賞 25019041

林 魁星

東田 啓作 メタバースと現実の関連性

メタバースの土地と現実資産の時系列分析および広告的価値の測定

25019120 友綱 晃汰
入賞 25020307 任 百香 栗田 匡相 子どもの認知・非認知能力を促す
ピア効果の影響
マダガスカル農村で行った介入実証実験
をもとに
25020356 石橋 由唯
25020680 塚本 真世
講評

 経済学部では、1985年から優れた研究を表彰するため、懸賞論文制度を設けている。本年度は3つのゼミより、個人執筆部門に4扁、共同執筆部門に12扁、計16扁が提出された。昨年度との大きな違いは、個人執筆部門が大幅に減り、共同研究が活発化したことであった。
 応募論文の内容を一瞥すると、新領域開拓と斬新な手法の適用という2点が強調される。元来経済学の分析対象はリアルの世界であることが前提であったが、メタバースによって創出された仮想空間にまで対象を拡大した論文が出された。さらに手法面では、性格特性、認知機能と非認知機能、情報ナッジなどが途上国経済に与える影響に関心を寄せ、行動経済学の研究成果を応用している点も意欲的である。テーマや分析手法の選択に、最新の研究成果を反映させようとする姿勢から、本学経済学部生の研究レベルの高さを窺うことができる。
 反面、オーソドックスな論文の作法については、若干の物足りなさが残った。まず注記が少なく、先行研究のどの部分がどういった形で本論に活用されているのかがわかりづらかった。いまひとつ、統計分析に力が入りすぎ、実態や背景に関する叙述がうすいように思えた。統計的フィットの良し悪しだけでなく、数値がそのような動きになった要因をより詳しく論じる必要があると感じた。
 優秀論文の選考は、選考委員を2チームに分け、各委員が8篇の論文に目を通し、点数評価を行った。その結果、個人執筆部門においては、最も高得点であった論文を入賞、惜しくも入賞に及ばなかった論文を佳作とした。一方共同執筆部門では、2篇の論文が最高評価で同点となったため、異例であるが、2論文とも入賞とした。
 以下では、個人執筆部門と共同執筆部門に分けて、入賞・佳作論文の内容を紹介したい。

【個人執筆部門】

 個人執筆部門で最も高い評価を得た論文は、伊藤達也「大学生の性格特性(Big5)がGPAに与える影響―タイの大学生を事例に―」であった。
 本稿は教育に対する法整備や教育制度改革が実施され、高学歴化が進むタイにおいて、心理学でビッグ5と呼ばれている性格因子(外向性・協調性・勤勉性・神経症傾向・開放性)が、大学生のGPAにどのような影響を与えているかについて、考察したものである。
 近年教育経済学の分野では、IQや学力テストで評価される認知能力だけでなく、物事に対する考え方・取り組み姿勢など、非認知能力が経済発展や経済的成果と密接な関係のあることが指摘されており、その文脈からのアプローチと考えてよい。
 著者はタイの10大学666名の学生を対象に、性格特性を引き出す聞き取り調査を実施し、学業成績(GPA)を性格特性など非認知機能で説明する回帰分析を行った。すると、勤勉性、開放性、母親が大卒であることがプラスの影響を与え、協調性が負に作用しているという興味深い結論が得られた。
 タイの大学生を対象に、質問項目の設計から、実施、分析に至るまで、相当な時間と労力を投入したオリジナル性の強い研究であることに意義が認められた。今後は別の集団で同様の調査を行い、より一般的な知見が得られることを期待したい。

 次に僅差で佳作に選ばれたのは、芝本尚暉「情報ナッジはCOVID-19で落ち込んだ観光業への志望をどのように回復させるか―インドネシアバリ島大学生を事例に―」であった。
 本稿はコロナで大きなダメージを受けたバリ島の観光産業を復活させるため、観光業の担い手となる大学生に「情報ナッジ」を施せば、観光業への就職志望者が増えるかどうか、検証したものである。ここでナッジとは、人々が選択、意思決定する際の環境をデザインし、自発的な行動変容を引き出す効果をいう。経済的なインセンティブや罰則を用いて、強制的に行動変容を起こすものではないことに注意したい。
 分析の結果、書面の提供、さらに書面+動画の提供を受けた学生は、そうでない学生と比べ、観光業への志望動機が強いことが明らかになった。つまり、情報介入→観光業の担い手増→観光業および経済発展というシナリオが描けるのである。
 本研究の優れた点は、情報ナッジの概念を観光業の振興に適用したユニークさである。問題意識を明確にし、手堅い統計分析が行われている点も好印象であった。もっとも、観光振興の成功度は、提供する情報の内容によって大きく左右されると考えられる。具体的な情報内容についての言及があれば、より明快な展開になったであろう。対象となった学生が実際どれくらい観光業で働くことになったのか、是非継続調査も実施してほしい。

【共同執筆部門】

 次の2論文が全員一致で最高評価を得たため、双方を入賞に決定する。
 最初に友綱晃汰・林魁星「メタバースと現実の関連性―メタバースの土地と現実 資産の時系列分析および広告的価値の測定―」をみることにしよう。
 近年新型コロナ感染拡大の影響で、外出を控える傾向が強まり、仮想空間上でアバターによる活動を行うメタバースに注目が集まっている。The Sandboxという仮想空間では、現実世界と同じように土地取引が行われ、LANDと名付けられた価格が形成されている。このLANDの価格変動は、現実の株価指数(TOPIXおよびナスダック指数)や不動産投資信託指数(日米のREIT)の変動に影響を受けているのか、あるいは、LAND独自の要因で動いているのかを解明したいというのが、著者たちの問題意識である。
 とはいえ、メタバース自体の歴史は浅く、仮想空間上のLANDの変動要因については、従来の研究でほとんど解明されてこなかった。先行研究の少ない課題に挑戦したところに、本論文の希少性・重要性を見出すことができる。ここで著者らは、麗澤大学の鈴木英晃・高辻秀興氏が現実の株価や不動産価格の変動を解明するために行った先行研究や、多変数の時系列分析の手法を丁寧に追跡し、LANDに応用した。具体的には、単位根検定による各変数の定常性のチェック、単位根が認められたので、次に共和分関係があるかどうかの確認、共和分関係があったので、ベクトル誤差修正モデルの適用へと、細心の注意を払いながら手順を踏んだ。分析の結果、過去のLANDの上昇は、現実の諸変数の低下をもたらすことが判明した。そしてLANDが、現実の投資対象指数の影響を受けていないことも明らかにされた。さらにインパルス応答分析を用い、LANDは他の変数の影響を受けず、自身の値の変化が最も強い影響を及ぼすことが確かめられた。    
 著者たちはその後、阪急大阪梅田駅の利用者数と、広告収入のデータをThe Sandboxに当てはめ、広告収入の利回りを試算している。ここから、広告収入の利回りは高水準であるが、リスクも高いことが判明した。
 本研究は、メタバースという研究の蓄積が少ない新領域の課題にチャレンジしており、その点だけでも画期的な研究といえる。また経済学部の授業では扱われる機会の少ない時系列分析を着実に使いこなせている点も特筆すべきである。
 最後に本論文執筆者のひとり林魁星君は、昨年度に続き2年連続の入賞を果たした。日々のたゆまぬ研鑽に、深甚の敬意を表したい。

 次に任百香・石橋由唯・塚本真世「子どもの認知・非認知能力を促すピア効果の影響―マダガスカル農村で行った介入実験をもとに―」に注目しよう。
 日本では明治以来、近代的な教育制度の整備が進み、それが国民の幸福や経済の発展につながっていることに疑いの余地はない。最近では、慢性的な低成長からの脱却を目指し、教育への投資を拡大し、経済の好循環を実現しようという取組も見られるようになった。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンシカゴ大学教授は、就学前の幼児への教育投資が、その後の学力や収入を高めることを実証しており、幼児教育無償化への方策が模索されている。
 しかし全世界に目を向ければ、最貧国では十分な教育サービスの提供は行われておらず、低成長の罠から脱却できない状況が続いている。本稿が対象とするマダガスカルも例外ではなく、教科書が行き渡らない、教師の数が不足している、教師の質が低いといった初等教育の問題点が経済発展の阻害要因となっている。そこで著者たちは、マダガスカルの農村において、教材の配付、少人数の勉強会の開催といった「介入」を実施することにより、対象者の初等教育にどのような変化が生じたかについて、検証を試みた。すると、教材配付と少人数勉強会の開催は、子供の認知能力向上に寄与したことが明らかになった。
 本稿の意義は、300名近い現地人に「介入実験」を実施し、傾向スコアを用いた差の差分析の導入を通じ、政策効果を定量的に把握した点に見出すことができる。また類似の研究は、先進国を対象として多数行われているものの、途上国では少なく、その意味でも貢献は大きいといえる。

(懸賞論文選考委員会委員長 寺本益英)

龍象奨学金

応募者なし。