2022.03.03.
2021年度 懸賞論文/龍象奨学金の選考結果と講評について
懸賞論文
部門 | 提出論文数 | 選考結果 | 学生番号 | 氏名 | 演習担当者氏名 | 論文題目 | 論文題目(副題) |
個人執筆部門 | 11 | 入賞 | 25018077 | 住岡 加奈子 | 猪野 弘明 |
経済学的側面から分析する、生産者段階における食品ロスについて |
理論的手法及び実証的手法から分析する、生産者過程における食品廃棄率の増減を決定する要因について |
佳作 | 25017176 | 大崎 勇 | 栗田 匡相 |
The Impact of Weather Shock on Intra-household Heterogeneity in Risk Attitudes |
Evidence from Rural Madagascar |
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共同執筆部門 | 7 | 入賞 | 25019041 | 林 魁星 | 東田 啓作 |
ベーシックインカムが人生設計に与える影響 |
ベーシックインカムが当たり前になった世界で人々はどのような人生を目指すのか |
25019058 | 肖 丹麗 | ||||||
25019282 | 高橋 萌里 | ||||||
佳作 | 25018230 | 山下 皓輝 | 田村 翔平 |
我が国における鉄道のダイナミックプライシング導入の際の最適戦略 |
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25018266 | 小堂 李成 |
経済学部では、1985年から研究演習Ⅰ・Ⅱの在籍者を対象として、懸賞論文を募集している。本年度は、個人執筆部門に11扁、共同執筆部門に7扁、計18扁が提出された。今年度から指導教員による推薦状の提出を求めたこともあり、昨年度と比して、個人・共同両部門とも、若干提出数が減少した。
続いて応募論文の分野に注目すると、非常に広範囲にわたり、テーマや手法も多様であった。しいて特徴を挙げるなら、企業活動に関わる実証的研究が多く、コロナ、環境、教育、家族といった具合に、政策面で緊急性・重要性が高いテーマに対する関心が高い印象を受けた。
選考委員会の審査は2次にわたって行われ、1次審査で4篇の論文が特に優れていると判断された。それらは偶然、個人部門2扁、共同部門2扁というバランスとなり、完成度の高さも拮抗していた。したがって、両部門から入賞と佳作を出すことが望ましいという結論に至った。二次審査において4扁の論文をあらためて精査し、最終的に次のように入賞・佳作と決定した。
【個人執筆部門】
まず個人執筆部門では、住岡加奈子「経済学的側面から分析する、生産者段階における食品ロスについて ―理論的手法及び実証的手法から分析する、生産者過程における食品廃棄率の増減を決定する要因について―」が入賞した。
本論文は、近年脚光を浴びているSDGsの到達目標のひとつである食品ロスの削減を取り上げたものである。著者の問題意識は、「生産者過程で発生する食品ロスは、市場に任せておけば自然に解決するのか?」というものであった。この課題を解明するため著者は、生産者過程における食品廃棄率の増減の決定要因を理論的に分析したハイレベルの先行研究を読み解き、その仮説の妥当性を、わが国の野菜や果物での実証分析で確認した。
理論分析で明らかになったのは、生産者過程において廃棄率を左右する要因は、需要の価格弾力性であり、それが大きいか小さいかによって、次のメカニズムが働く。
a 需要の価格弾力性大→ロス削減のインセンティブ→出荷量増加→生産者の利益増加
b 需要の価格弾力性小→ロス削減のインセンティブ→供給増加→価格低下→生産者損失
bのケースは一般に「豊作貧乏」と呼ばれており、そのような事態を回避するため、生産者は廃棄率を高める。
以上を整理すると、需要の価格弾力性が大きい(小さい)ほど、廃棄率は減少(増加)するという結論が導かれる。
しかし著者がわが国の野菜・果物で統計分析を行ったところ、需要の価格弾力性が大きいほど、食品廃棄率は増加するという理論的考察とは、正反対の推計結果が得られた。
理論分析と実証分析を見事に融合させ、実証分析では通説と正反対の結論を導出した点のインパクトは大きい。モデル展開、図解、叙述すべてが丁寧で明快である点も、本研究の価値を高めている。
僅差で佳作に選ばれたのは、Yu Osaki “The Impact of Weather Shock on Intra-household Heterogeneity in Risk Attitudes: Evidence from Rural Madagascar ”である。本研究は近年栗田ゼミが精力的に進めているマダガスカルの農村を対象としたもので、豪雨被害が、家族の構成員(具体的には世帯主とその配偶者)のリスクに対する態度に、どのような影響を与えているかの検証を試みている。分析目的に合わせたアンケート設計は容易ではなく、その実施が海外となれば、一層困難を伴う。さらにその分析には、パネルデータ分析の固定効果モデルという高度な統計的手法が用いられ、既存研究では解明されなかった新たな知見を導出している点が特筆に値する。具体的には豪雨被害を受けた男性には、損失回避的でなくなる傾向がみられた一方で、女性にはそのような兆候は読み取れず、ジェンダーギャップの存在を確認した点が本論文の大きな貢献といえる。なお本論文は英語で提出されている点でも、大きな労力が費やされている。テーマの性質上、海外への発信も期待したいところである。
【共同執筆部門】
次に共同執筆部門では、林魁星・肖丹麗・高橋萌里「ベーシックインカムが人生設計に与える影響」が入賞を果たした。ベーシックインカムとは、すべての国民に無条件で定期的に現金を給付する制度であるが、近年コロナの感染拡大に起因する生活困窮者の増大も相まって、各国で導入議論が活発化している。著者たちは、その制度概要とメリット、デメリットを要領よく整理したうえで、ベーシックインカムが導入された場合、人々の生活スタイルや人生設計がどのように変化するかを解明しようとしている。手法は大学生・大学院生を対象としたアンケート調査と統計分析であるが、オリジナルのアンケートの質問項目はよく練られ、仮説検定やプロビット回帰分析など、統計手法も手堅く活用されている。
以上の分析からベーシックインカムの導入により、社会は次のように変貌すると考えられる。
① 結婚に積極的になり、将来持ちたい子供の数は増える。
② アルバイトでは、現行より高い賃金を要求する。
③ 賃貸住宅における家賃の予算額は増加する。
④ 老後資産は減少する。
まだ導入されていない制度が導入されたあと、社会がどのように変化するかを予測するのは困難である。著者たちはこのような困難な課題に挑戦し、数々の興味深い知見を見出しており、その点が本研究が高く評価された根拠といえる。
佳作に選ばれたのは、山下皓輝・小堂 李成「我が国における鉄道のダイナミックプライシング導入の際の最適戦略」である。鉄道のダイナミックプライシング(変動運賃)の導入は、コロナの蔓延で三密を避ける必要性が高まり、特に大都市圏における通勤電車の混雑対策に有効な手段として、注目が高まっている。
ここでその制度設計をどのように行うかが課題となるが、著者たちは海外の事例と日本の現状についてふれた後、政府・鉄道会社・鉄道利用者の3主体が順に意思決定を行う逐次手番ゲームを用い、各主体の最適行動を解明するという手法をとった。モデルは最初、電車についてはピーク時とオフピーク時の 2 本、利用者については時間重視タイプと混雑度重視タイプを各 1 人ずつしかいない状況を想定し、続いて電車が 2 本、利用客が 2 人以上といり複雑なケースを扱っている。
主体の様々な行動パターンを順序も考慮して漏れなく拾いあげ、複雑なゲームの木を描きながら、政府がダイナミックプライシングを導入する条件、運賃の水準、利用者がA、Bどちらの電車を利用すべきかといった最適解を導き出している。
本研究はミクロ経済学の重要テーマである価格決定メカニズムをゲーム理論を活用して解明するとともに、鉄道の混雑緩和に向けた斬新な政策提言の意義も備えており、貴重な成果を生み出している。
(懸賞論文選考委員会委員長 寺本益英)
龍象奨学金
応募者なし。