同和対策審議会答申 (その三)

[ 編集者:人権教育研究室       2009年3月20日 更新 ]

第三部 同和対策の具体案

これまでの同和対策は、明治維新の際の太政官布告を拠りどころとするものであって、それはそれなりに無視することのできない意義をもっていた。けれども現時点における同和対策は、日本国憲法に基づいて行なわれるものであって、より積極的な意義をもつものである。その点では同和行政は、基本的には国の責任において当然行なうべき行政であって、過渡的な特殊行政でもなければ、行政外の行政でもない。部落差別が現存するかぎりこの行政は積極的に推進されなければならない。
したがって同和対策は、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業職業の安定、教育文化の向上及び基本的人権の擁護等を内容とする総合対策でなければならないのである。
以上の諸施策は、各々その分野において強力に推進されなければならないが、同時に、総合対策として統一的に把握され、有機的かつ計画的に実施されなければならない。
なお、この際とくに次の諸点に留意する必要が認められる。

【1】 社会的、経済的、文化的に同和地区の生活水準の向上をはかり、一般地区との格差をなくすことが必要である。このためには、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業職業の安定、教育文化の向上等の諸施策を積極的かつ強力に実施しなければならない。なおこの場合、地区住民の自覚をうながし、自立意識を高めることが強く要請される。
【2】 地区住民に対する差別的偏見を根絶することが必要である。このためには、学校教育、社会教育を通じて同和教育の徹底をはかるとともに、人権擁護活動を活発に展開しなければならない。なおこの場合、部落差別は古い因習や迷信と無関係ではあり得ない。したがって、このような弊風を温存する非合理性の強い、おくれた地域社会の体質を改善し、その近代化をはかるためにも適切な対策を講ずることがきわめて大切である。
【3】 同和問題を社会開発および経済開発の中に正しく位置づけ、前進する日本の政治態勢の中でその解決をはかることが必要である。たとえば多年の懸案である生活環境の改善や就職の機会均等などの諸施策は、このような現在の前向きの姿勢の中で積極的に推進されなければならない。

一 環境改善に関する対策

(1) 基本的方針

同和対策としての環境改善対策は、健康で文化的な生活を営むため、その生活基盤である環境を改善し、地域にからむ差別的偏見をなくすことである。すなわち、住むところが違うという意識を醸成する劣悪な環境を改善することは、社会福祉の充実、経済生活の確立及び教育水準の向上などの諸施策の基底となるもので、特に重要な意義をもっている。
したがって、この対策の実施推進にあたっては現行の制度や施策にとらわれることなく、前向きの姿勢で積極的に取りくむ必要があり、とくに、社会開発の重要な課題として計画的に推進されなければならない。
【1】 立地条件の改善
部落が劣悪なる生活環境におかれている原因は、河川敷、堤防下、崖の上、谷間、低湿地、浜辺といったような大風雨や豪雨によって、たちまち災害を受けるようなことが多いからであり、中には人間の住むところではないといったような地域もみられる。すなわちこのような居住地域については、その実態を調査し、抜本的に改善する対策を樹てる必要が認められる。
【2】 同和地区環境の改善
同和対策としての環境の改善は、現在の地区の実態を根本的に解消するというねらいを持つものでなくてはならない。その方針としては地区整理を実施する必要性が認められる。住宅地区改良事業、土地区画整理事業などの現行制度による改善が行なわれるにしても、特別な基準または特別な手法で行なう必要がある。
【3】 小部落地域の改善
農山漁村の中の特に戸数の少ない地区の環境改善は、特別の配慮を必要とする。地理的条件はもちろん、経済的、社会的条件にも欠けているこれらの地区は、農政が曲がり角にきたといわれる中で取り残される実情の下にある。それは地区が経済的にゆきづまってきたことや、青少年が都会に流出しつつあることによってうかがわれる。その意味ではこれらの地区においては、住民の移住、転居をも考慮した適切な環境改善が必要である。
【4】 環境改善対策の総合性
環境改善対策は、社会福祉の充実、経済生活の確立および教育水準の向上などの諸施策と相まって、実施されなければならない。住宅、道路、水道、下水などの基本的な施設はいうまでもなく、隣保館、保育所、診療所、集会所、共同浴場、共同作業場、児童遊園等の福祉施設もそれぞれの地区の実情に即して適当に設置される必要がある。
【5】 環境改善と国の責任
環境改善対策は、その歴史性と社会性に鑑みて、基本的には国の責任において実施されなければならない。現行制度の諸施策は府県や市町村など、地方公共団体の財源難のために、ゆきづまっているものが多い。いわんや用地の確保、造成に対する特別措置等、地区整理の目的を達成するような対策は、原則的には国の責任において実施することが必要である。

(2) 具体的方策

【1】 地区整備対策
市街地地区及び農山漁村地区の抜本的な環境改善をはかるため、住宅の建設、改修及び移転、道路及び上下水道の設置、集会所、保育所、隣保館等の施設の建設などを総合的に行なう基本計画の作成を含む地区整備の制度を設けること。
その際、災害危険区域その他立地条件の劣悪な地域については、防災的施設の整備、要すれば部落の移転についても行ないうる制度とすること。
【2】 住宅対策
〈1〉 公営住宅及び改良住宅の建設を積極的に行なうこと。
〈2〉 住宅または宅地のための長期低利融資制度を充実すること。
〈3〉 住宅改修のための長期低利融資制度を充実すること。
〈4〉 農山漁村向住宅の特殊性を考慮した制度を検討すること。
【3】 生活環境の整備
〈1〉 地方改善事業対策
地方改善事業については、対象地区の実態に即した環境改善事業が推進できるよう更に一層拡充強化をはかること。
特に地区道路、下水排水施設、橋梁施設等の整備拡充、隣保館、共同浴場、共同作業場等の共同利用施設の整備拡充、その他共同井戸、共同炊事洗濯場、共同便所、墓地移転、納骨堂、火葬場、ごみ焼却炉、し尿貯溜槽、と場移転等の各種施設の整備拡充をはかること。
〈2〉 上水道普及の促進
都市的地域はもとより、中小都市、農村地区における上水道の普及率はきわめて低い。全般的には水道の共同利用ないし井戸利用の形態が多い。したがって、都市、農村地区を問わず、普及率のいちじるしく低い地区に重点をおき、上水道、簡易水道の敷設、普及をはかる。ことに傾斜地、山間などの立地条件の悪い部落では、水資源の確保、給水能力の向上をはかること。
〈3〉 下水、し尿・塵芥処理
下水設備の未整備、し尿、塵芥などの公的機関を通じての衛生的な処理のおくれや、公的な環境衛生施設の未整備については都市、農村地区とともに早急の解決をはかること。
〈4〉 公害対策
都市的地区ないしは近郊農村地区に屡々集中してみられる零細な部落産業、家内工業の諸設備は完全な整備をみる場合が殆どない。ことに河川、下水の汚濁、騒音、悪臭など非衛生的な生活環境は、周密な部落の生活環境を阻害し、健康を害するおそれがでている。地区内の零細な諸産業の密集とともに、こうした公害問題の発生をみる。これに対しては、地区の公害問題の検討を促し、その防除を可能にする助成措置を保健福祉の面から積極的にすすめること。
〈5〉 公園、緑地、児童遊園等
部落内には公園、緑地、児童遊園等の諸施設の設置が不十分であるので積極的にこれらの施設を整備すること。

二 社会福祉に関する対策

(1) 基本的方針

地区は「差別のなかの貧困」の状態におかれている。原始社会の粗野と文明社会の悲惨とをかねそなえた地区の実態は、日本社会の構造的欠陥の集約的なあらわれにほかならないが、その低劣な生活実体を媒介として差別の観念が再生産され、助長されるという悪循環がくりかえされる。それゆえ、地区には一般平均をはるかにこえる生活保護受給率がみられるばかりでなく、疾病、犯罪、青少年非行など社会病理現象の集中化が顕著である。したがって地区における社会福祉の問題は、単なる一般的な意味での社会福祉ではなく、差別と貧困がかたく結びついた同和問題としての社会福祉の問題としてとらえるべきで、その対策の目標と方向は、
【1】 憲法(第十四条、第二十五条)の条文を現実の社会関係に具現し、対象地区住民の基本的人権を完全に保障することによって同和問題の根本的解決を実現することが究極の目標でなければならない。
【2】 当面の目標としては、現行社会保障制度を改善拡充、整備して国際的水準の社会保障制度を確立すること、さしあたり少なくとも、社会保障制度審議会の答申内容を早急に、全面的に実現すること。
【3】 同和問題の特殊性にかんがみ、対象地区住民の個人および集団の諸問題を社会福祉の対象とし、一般的な社会福祉との関連の下に同和問題としての社会福祉を位置づけ、実効ある諸施策を積極的に実施すること。
【4】 対象地区住民の近代精神を育成、助長して人権意識と国民的自覚を喚起し、自立向上の意欲を高揚すること。

(2) 具体的方策

〈1〉 社会福祉関係の公的機関、施設および民間関係団体の同和問題に関する認識と理解を普及徹底させる措置を講ずること。
〈2〉 公的機関を通じて対象地区に関する社会福祉調査を行ない、国はその調査資料に基づく社会福祉計画を樹立し、総合的、計画的に所要の諸施策を実施して目標の達成に努めること。
〈3〉 対象地区の社会福祉活動を推進する専門ワーカーの養成、配置に努めること、そのために社会福祉関係大学等の教育機関との連携を緊密にし、専門ワーカーの養成を委託する等適切な措置を講ずること。
〈4〉 福祉事務所、保健所、児童相談所、隣保館、公民館などの関連諸機関、施設および社会福祉協議会、新生活運動協議会などのほか学校、地域団体などを包括する協議機関、活動組織を設け、対象地区の社会福祉を積極的に推進すること。
〈5〉 既設の隣保館、公民館、集会所などを、総合的見地に立って拡充し、その施設のない地区には新設して、欧米諸国にみられるコミュニティセンターのごとき総合的機能をもつ社会施設を設置するとともに、指導的能力ある専門職員を配置すること。
〈6〉 公的扶助の保護基準額を引上げること、また、各種社会保険の被保険者負担を軽減するとともに保険給付の内容を改善すること、さらに保険未加入者解消のための適切な措置を講ずること。
〈7〉 児童福祉、身体障害者福祉、老齢者福祉などを一層増進するための制度の充実、改善を促進するなど所要の施策を積極的に行なうこと。
〈8〉 対象地区において顕著な疾病に対する治療、予防、健康管理等の措置を積極的に行なうとともに、リハビリテーションの推進、医療機関の整備などに万全の措置を講ずること。
〈9〉 伝染病予防、衛生思想の普及徹底、巡回診療、集団検診など公衆衛生の増進施策を積極的に行なうこと。
〈10〉 対象地区における心身障害者対策を強化し、乳幼児の特別検診による早期発見、療育相談の定期実施、身障者更生相談の実施などを積極的に行なうこと。
〈11〉 対象地区婦人の就労状況に鑑み、乳幼児保育所および児童の健全育成のための児童館等の設置を促進すること。また各種医療機関、保健所など公的機関、施設による家族計画、育児、母子保健、生活の合理化などに関し適切な指導を強化すること。

三 産業・職業に関する対策

(1) 基本的方針

同和地区の産業・職業状態をみると、まさにわが国産業経済の二重構造の最底辺を形成している。同和地区の農漁村は、非近代的なわが国農漁業のうちでもとくに遅れた前近代的な零細経営であり、皮革履物等の伝統的産業は、中小企業以下の生業的な過小零細経営が圧倒的多数を占めている。これら同和地区の産業は、歴史的・社会的制約により日陰の存在としてわが国の経済発展から取り残されているのであるが、それはまた、わが国経済の高度成長を阻害する制約ともなっていることは見逃せない。とくに注目しなければならぬことは、同和地区住民は、不当な差別により就職の機会均等が完全に保障されていないため、近代産業から締出され、いわゆる停滞的過剰人口が同和地区に数多く滞留していることである。
それゆえ、地区住民の生活はつねに不安定であり、経済的・文化的水準はきわめて低い。これは差別の結果であるが、同時にまた、それが差別を助長し再生産する原因でもある。かくて、同和問題の根本的解決をはかる政策の中心的課題の一つとしては、同和地区の産業・職業問題を解決し、地区住民の経済的・文化的水準の向上を保障することが必要である。
以上の見地に立つとき、同和対策としての産業・職業に関する対策の基本的方向と目標は、次のごとくでなければならない。
【1】 同和地区のような経済的基盤の劣弱な後進地区では、社会開発と経済開発を併行的に行なうかあるいは社会開発を経済開発に先行させることが必要である。すなわち、同和地区の非近代的な社会経済構造を改革して近代的な地域社会を建設する目標の下に、経済開発計画と関連させて地区住民の生活、文化、福祉の向上をはかる諸施策を積極的に実施し、地区の経済開発を推進する方向で地区の整備を行なうこと。
【2】 同和地区には多数の停滞的過剰人口が滞留しているが、さらに経済の高度成長の過程で地区の産業の衰退に伴う失業者、転廃業者の多発が予想される。しかも差別のために就転困難という事情が加わるので問題は一層深刻である。このような地区の停滞的過剰人口を良質の労働力として育成して近代産業部門に就労せしめる人的能力の開発が必要である。とくに新規学卒の若年労働者に重点を置いて積極的に実施すること。
【3】 同和地区の経済開発は、わが国経済のいわゆる二重構造を解消する政策の一環として、地区の特殊事情に即した特別の配慮をもって行なわれなければならない。すなわち、地区の農林水産業、各種製造業、各種販売業およびサービス業の実態を把握し、わが国産業経済の助成発展に対応して近代的企業として存立しうる条件を持つもの、あるいはその可能性を有するものに対しては、特別の助成および融資等による保護育成の方針をとり、衰退産業部門に属する過小零細企業で早晩没落の運命を免れえないものに対しては、職業の転換を円滑に推進する等の諸施策を行なうこと。

(2) 具体的方策

【1】 農林水産対策
〈1〉 土地改良、土壌改良、農地の開発造成、農道、水利、排水等の設備、土地の交換分合等の施設事業に対する助成と指導を積極的に行なうこと。
〈2〉 動力、機械、科学技術等の導入、作業場、倉庫等共同利用施設の整備拡充などに必要な経費の補助と技術改良の指導を積極的に行なうこと。
〈3〉 畜産、養蚕、酪農、果樹、園芸、農産加工など適地適産の多角経営への移行を奨励指導し、それに必要な共同施設の整備に要する経費の補助、低利長期の融資等を積極的に行なうとともに生産経営等に関する技術指導を行なうこと。
〈4〉 国有、公有の開墾可能な山林、原野、沼沢等を払下げ、開墾、営農及び住宅建築などに対する助成、低利長期の融資等援助措置を積極的に行なうこと。
〈5〉 山林、草地など共有地の入会権、慣行水利権等に絡む差別を撤廃し、その利用と管理の民主化を促進する適切な行政措置を講ずること。
〈6〉 離農を希望する農家の転業、転職を円滑ならしめるため、転業資金の融通、職業指導および職業訓練、就職斡旋など所要の援護措置を積極的に講ずるとともに離農者報償金制度の急速な実現に努めること。
〈7〉 漁礁、養殖場など漁業生産基盤の整備、動力漁船の建造、漁具の整備、漁港の築造または改修など漁業の施設の整備改善に要する経費の補助と低利長期の融資を積極的に行なうこと。
〈8〉 他産業への転業、転職を希望する零細漁民に対しては、職業転換を円滑ならしめるため、転業資金の融通、転業指導、職業訓練および就職斡旋などの援助措置を講ずるとともに漁業から離れるものに対する報償金制度の特別措置を講じ、生活の安定と向上とを図る施策を積極的に行なうこと。
〈9〉 農山漁村失業者対策および出稼ぎ対策を樹立し実施すること。

【2】 中小零細企業対策
〈1〉 事業協同組合等の組織化を奨励指導するとともに既存組合の拡充、運営改善の指導と援助を行ない、企業集約化等の合理化と雇用関係、労働条件等の近代化を促進する諸施策を積極的に行なうこと。
〈2〉 協同組合等の共同施設に対する設備近代化資金貸付制度を活用し、企業の近代化を促進し生産性向上をはかる諸施策を積極的に行なうこと。
〈3〉 現行技術改善費補助金、技術指導費補助金制度を拡充改善するとともに公設試験研究機関を拡充強化し、「部落」中小零細企業の技術革新を促進すること。

【3】 就業状態の改善対策
〈1〉 新規学卒者の近代産業への雇用を促進するため職業安定機関と教育機関の連携協力を一層緊密にし、職業指導、就職斡旋、定着指導等の諸施策を拡充強化すること。
〈2〉 対象地区関係の就職者が要望する場合は雇用促進事業団において身元保証を行なうこと。
〈3〉 職業安定協力員制度を拡充強化、対象地区関係者の就職を円滑に促進するため協力員の人選および配置に特別の措置を講ずること。
〈4〉 職業訓練所を増設、拡充し、対象地区出身の中高年齢労働者、失業者、不完全就業者、転廃業者等の職業訓練を積極的に行なうとともに訓練手当増額支給の措置を検討し、その実現に努めること。
〈5〉 職業訓練所を拡充強化し、対象地区出身の若年労働者に対する職業訓練を積極的に行なうとともに訓練手当増額支給の措置を検討し、その実現に努めること。
〈6〉 農漁業および中小零細企業の転廃業者および従業員の雇用を促進するための諸施策を積極的に行なうこと。
〈7〉 求人者側の理解を求めるために必要な諸施策を積極的に行なうとともに、雇用の選考基準、採用方針、選考方法などに関する差別待遇を根絶するため、職業安定法に基づき啓発と指導を強力に行なうこと。
〈8〉 「部落」出身の中高年者等就職困難な求職者の雇用を促進するため、職場適応訓練を拡充すること。
〈9〉 失業者就労事業における労務者の待遇改善、就職促進、新規失業者登録条件の実情に即した取扱等失業対策を拡充強化すること。
〈10〉 社外工・臨時工等不安定な雇用関係の下にある労働者の常用化を促進する措置を講ずること。
〈11〉 中小零細企業における労働法規、社会保険制度などの厳正なる実施適用に関する指導監督を一層強化すること。

四 教育問題に関する対策

(1) 基本的方針

同和問題の解決に当って教育対策は、人間形成に主要な役割を果すものとしてとくに重要視されなければならない。すなわち、基本的には民主主義の確立の基礎的な課題である。したがって、同和教育の中心的課題は法のもとの平等の原則に基づき、社会の中に根づよく残っている不合理な部落差別をなくし、人権尊重の精神を貫ぬくことである。この教育では、教育を受ける権利(憲法第二六条)および、教育の機会均等(教育基本法第三条)に照らして、同和地区の教育を高める施策を強力に推進するとともに個人の尊厳を重んじ、合理的精神を尊重する教育活動が積極的に、全国的に展開されねばならない。特に直接関係のない地方においても啓蒙的教育が積極的に行なわれなければならない。

【1】 同和教育についての基本的指導方針の確立の必要
同和対策としての同和教育に関しては遺憾ながら国として基本的指導方針の明確さに欠けるところがある。
人権尊重の民主主義教育の推進が、地域格差の解消に役立つことを否定するものではない。しかし、戦後の民主教育がその方面に効果をあげつつも、戦後二〇年の今日、依然として恥ずべき差別が日本の社会に厳として存在していることは反省されなければならない。
すなわち、憲法と教育基本法の精神にのっとり基本的人権尊重の教育が全国的に正しく行なわれるべきであり、その具体的展開の過程においては地域の実情に即し、特別の配慮に基づいた教育が推進される必要がある。しかも、それは、同和地区に限定された特別の教育ではなく、全国民の正しい認識と理解を求めるという普遍的教育の場において、考慮しなければならない。このような認識の上に同和教育の基本的指導方針が、国として確立される必要がある。
なお、同和教育を進めるに当っては、「教育の中立性」が守らるべきことはいうまでもない。同和教育と政治運動や社会運動の関係を明確に区別し、それらの運動そのものも教育であるといったような考え方はさけられなければならない。
【2】 教育行政機能の積極性
国の指導方針の不明確の現状は、都道府県教育委員会などの対策においていちじるしい格差を生じ、民間教育団体の動きにもまた、さまざまな相違が生じ、その影響は義務教育段階においてとくに著しい。このような格差のある教育行政の存在は同和地区解放に大きな影響を与えるものである。全国的に均衡のとれた行政体制の確立が要望される。
【3】 同和教育指導者の不足と充実
同和教育は、学校教育、社会教育、さらに家庭教育をふくめたすべての教育の場で進められる。そのさいとくに必要となるのは地区と一般区の別を問わず、同和問題に関して深い認識と理解をもつ指導者の不足していることである。
同和教育が効果的に進められている地方は、この方面の教育に関心をもつ教員や指導者数に比例するともいえる。すなわち、地方の実情からすると、学校教育にせよ、社会教育にせよ、熱意のある指導者の存在するところが、同和教育は行届いているといえる。
地区住民の生活向上、社会の差別意識の撤廃等は、その根本は深く、かつ広いので、その打開は必ずしも容易でない。とくに解放の基礎となる生活と文化を高めるために、指導者の必要性が痛感される。
【4】 政府機関相互の連絡の調整あえて、同和教育ばかりをいうのではない。しかし、とくに同和対策関係諸官庁の横の連絡には、欠陥が多い。
学校教育における長欠、不就学の処置は、厚生省所管の生活保護ならびに社会保障との関連を必要とし、中学卒、高校卒の就職は、進路指導にともなって、労働省関係の職業訓練、就職斡旋と関係する。社会教育については、社会教育関係団体である青年団体、婦人団体との連携を密にし、厚生省所管の隣保館などの福祉施設と、文部省所管の公民館ならびに集会所との関係など、調整を要する部面も少なくない。

(2) 具体的方策

【1】 学校教育
〈1〉 同和教育の目標、方法の明示
同和教育の具体的な指導の目標、および具体的な方法を明確にし、その徹底をはかること。
とくに差別事象等の発生した場合には教育の場においてそれの正しい認識を与えるよう努力すること。
〈2〉 学力の向上措置
同和地区子弟の学力の向上をはかることは将来の進学、就業ひいては地区の生活や文化の水準の向上に深い関係があるので、他の施策とあいまって、児童生徒の学力の向上のため、以下に述べるような教育条件を整備するとともにいっそう学習指導の徹底をはかること。
〈3〉 進路指導に関する措置
同和地区生徒に対する進路指導をいっそう積極的に行なうこと。
特に就職を希望する生徒に対しては、職業安定機関等の密接な協力を得て、生徒の希望する産業や事業所への就職が容易にできるようにするとともに、将来それらの職業に定着するよう指導すること。
〈4〉 保健、衛生に関する措置
同和地区児童生徒について、集団検診を励行するなど、保健管理および保健指導について特別の配慮をすること。
〈5〉 同和地区児童生徒に対する就学、進学援助措置
a 経済的事由により、就学が困難な児童生徒にかかる就学奨励費の配分にあたっては特別の配慮をすること。
b 高等学校以上への進学を容易にするため特別の援助措置をすること。
〈6〉 同和地区をもつ学校に対しては、教員配分について関係府県の教育委員会は特別の配慮をすること。
〈7〉 教職員の資質向上、優遇に関する措置
a 教員養成学部を置く大学においては、教員となるものに対し、同和問題に関し理解を深めるよう特別の措置を講ずること。
b 教職員(教員、校長、教育委員会職員)に対し同和教育に必要な資料を作成配布すること。
c 同和地区を持つ学校の教職員については特別昇給等の優遇措置を講ずること。
〈8〉 学校の施設、設備の整備に関する措置
貧困家庭の多い同和地区をもつ小中学校および幼稚園の施設設備をいっそう促進するため、特別の配慮を行なうこと。
〈9〉 同和教育研究指定校に関する措置
国および府県は同和教育研究指定校の増設および研究費について増額すること。
〈10〉 同和教育研究団体等に対する助成措置
同和教育に関し、教育研究団体等の行なう研究に対し、補助を行なうこと。

【2】 社会教育
〈1〉 同和地区における青年、成人、婦人等を対象とした学級、講座、講演会、講習会等の開設、開催を奨励援助し、住民がその教育水準を向上して家庭および地域社会における人間関係の改善をはかるとともに生活を合理化するための機会を提供すること。
〈2〉 一般地区における青年、成人、婦人等を対象とした青年学級、成人学級、婦人学級、家庭教育学級、講演会、講習会等において、人権の尊重、合理的な生活の態度、科学的な精神、社会的連帯意識等の課題を積極的に学習内容にとりあげるとともに、地域の実情に即して同和問題について理解を深めるよう社会教育活動を推進すること。
〈3〉 同和地区における住民の自主的、組織的な教育活動を促進し、住民みずからの教育水準の向上を助けるために、子供会、青年団、婦人会等、少年、青年、婦人等を対象とした社会教育関係団体の結成を援助し、その積極的な活動を奨励すること。なお、地区の実情等に即して同和問題の理解を深めるよう、同和地区における学校、社会、家庭の有機的な連携をとるよう奨励すること。
〈4〉 差別事象がおきた際には、社会教育においてもその事象に即して適切な教育を行なうよう配慮すること。
〈5〉 同和地区の社会教育施設の効果的な運営をはかるため、当該施設に専任の有能な職員を配置すること。
〈6〉 社会教育における同和教育の指導者の資質の向上と、指導力の強化をはかること。
〈7〉 指導者の資質の向上のために教育委員会その他の社会教育に関係のある機関においては、地方の実情等に応じて社会教育における同和教育の参考資料を作成し、同和教育に関する指導者研修会等において相互に事例発表、情報交換等を積極的に行なうこと。
〈8〉 同和地区における教育水準の向上をはかるために同和地区集会所の整備、充実をはかること。なおその際、隣保館との有機的な連繋に配慮すること。
〈9〉 同和地区集会所の設置費国庫補助については、坪単価、補助対象面積、補助対象設備品等の改善をはかること。なお市町村が設置する同和地区集会所の事業費についても国の助成措置を拡充するよう配慮すること。
〈10〉 同和地区集会所の運営にあたっては、これを単に住民の公共的利用に供するばかりでなく、集会所みずから学級、講座等、社会教育活動を積極的に展開し社会教育施設としての機能を十分発揮するよう考慮すること。

五 人権問題に関する対策

(1) 基本的方針

日本国憲法は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、または社会的関係において差別されないことを基本的人権の一つとして保障し、立法その他の国政の上でこれを最大に尊重すべき旨を宣言している。
しかし、審議会による調査の結果は、地区住民の多くが、「就職に際して」「職業上のつきあい、待遇に関して」「結婚に際して」あるいは、「近所づきあい、または、学校を通じてのつきあいに関して」差別を受けた経験をもっていることが明らかにされた。しかも、このような差別をうけた場合に、司法的もしくは行政的擁護をうけようとしても、その道は十分に保障されていない。
もし国家や公共団体が差別的な法令を制定し、或は差別的な行政措置をとった場合には、憲法一四条違反として直ちに無効とされるであろう。しかし、私人については差別行為があっても、労働基準法や、その他の労働関係法のように特別の規定のある場合を除いては「差別」それ自体を直接規制することができない。
「差別事象」に対する法的規制が不十分であるため、「差別」の実態およびそれが被差別者に与える影響についての一般の認識も稀薄となり、「差別」それ自体が重大な社会悪であることを看過する結果となっている。

【1】 人権擁護制度組織の確立
基本的人権の擁護を法務省の一内局である人権擁護局の所管事務とし、しかも民事行政を主掌する法務局および地方法務局に現場事務を取扱わせている現在の機構は再検討する必要がある。戸籍や登記事務を扱っていた者が人権擁護の職務に配置されるという組織にも不適当なものがある。
また、基本的人権の擁護という、この広汎重要な職務に、直接たずさわる職員が全国で二百名にも達せず、その予算も極めて貧弱なことが指摘される。
【2】 人権擁護委員の推薦手続や配置されている現状や人権擁護の活動状況等からみて、その選任にはさらに適任者が適正に配置されるよういっそうの配慮が要望される。
実費弁償金制度等についても職能を十分にはたせるだけの費用が必要である。
【3】 同和問題に対する理解と認識
現状における担当者および委員の同和問題についての理解と認識は必ずしも十分とはいえない。研修、講習等の強化によってその重要性の把握に努力する必要が認められる。
【4】 人権擁護活動の積極性
人権擁護機関による擁護活動は、人権を侵害したものに対し、人権尊重について啓発して、侵害者自身の自発的な意思によって侵害行為の停止、排除、被害の回復等の措置をとらせることであって、人権擁護機関が直接その権限によって、侵害行為を停止させる措置がとられるのではない。したがって、このような方法によらざるをえない現状ではとくに担当者および委員に差別意識を根絶するための啓蒙活動について自覚と熱意が必要である。

(2) 具体的方策

〈1〉 差別事件の実態をまず把握し、差別がゆるしがたい社会悪であることを明らかにすること。
〈2〉 差別に対する法的規制、差別から保護するための必要な立法措置を講じ、司法的に救済する道を拡大すること。
〈3〉 人権擁護機関の活動を促進するため、根本的には人権擁護機関の位置、組織、構成、人権擁護委員に関する事項等、国家として研究考慮し、新たに機構の再編成をなすこと、しかし、現在の機関としても、次の対策を急がねばならない。
a 担当職員の大幅な増加をはかり、重点的な配置を行なうこと。
b 委員委嘱制度を改正し、真にその職務にふさわしい者が選出されるようにし、またその配置を重点的に行なうこと。
c 人権相談を活発にし、かつ実態調査につとめ、これらを通じて地区との接触をはかりその結果を担当職員および委員に周知せしめる措置をとること。
その他、つねに同和問題についての認識と差別事件の正しい解決についての熱意を養成するため研修講習の強化に努力すること。
d 事件の調査にあたっては、地区周辺の住民に対する啓発啓蒙をあわせて行ない、不断にこれをつづけること。
e 以上の諸施策を行なうための十分な予算を確保保障すること。

結 語

――同和行政の方向――

同和問題の根本的解決にあたっては、以上に述べた認識に立脚し、その具体策を強力かつすみやかに実施に移すことが国の責務である。したがって国の政治的課題としての同和対策を政策のなかに明確に位置づけるとともに、同和対策としての行政施策の目標を正しく方向づけることが必要である。そのためには国および地方公共団体が実施する同和問題解決のための諸施策に対し制度的保障が与えられなければならないが、とくに次の各項目についてすみやかに検討を行ない、その実現をはかることが、今後の同和対策の要諦である。
【1】 現行法規のうち同和対策に直接関連する法律は多数にのぼるが、これら法律に基づいて実施される行政施策はいずれも多分に一般行政施策として運用され、事実上同和地区に関する対策は枠外におかれている状態である。これを改善し、明確な同和対策の目標の下に関係制度の運用上の配慮と特別の措置を規定する内容を有する「特別措置法」を制定すること。
【2】 同和対策は、今後の政府の施策の強化により新らしい姿勢をもって推進されるべきであるが、このためにはそれに応ずる新たな行政組織を考慮する必要がある。政府の施策の統一性を保持し、より積極的にその進展をはかるため、従前の同和問題閣僚懇談会をさらに充実するとともに施策の計画の策定およびその円滑な実施などにつき協議する「同和対策推進協議会」の如き組織を国に設置すること。
【3】 地方公共団体における各種同和対策の水準の統一をはかり、またその積極的推進を確保するためには、国は、地方公共団体に対し同和対策事業の実施を義務づけるとともに、それに対する国の財政的助成措置を強化すること。この場合、その補助対象を拡大し、補助率を高率にし、補助額の実質的単価を定めることなどについて、他の一般事業補助に比し、実情を配慮した特段の措置を講ずること。
【4】 政府による施策の推進に対応し、これを補完し、かつ可及的すみやかにその実効を確保するため、政府資金の投下による事業団形式の組織が設立される等の措置を講ずること。
【5】 同和地区内における各種企業の育成をはかるため、それらに対する特別の融資等の措置について配慮を加えること。
【6】 同和問題の根本的解決と同和対策の効率的な実施のためには、長期的展望の下に、総合計画を策定し、環境改善、産業、職業、教育などの各面にわたる具体的年次計画を樹立すること。

同和対策審議会答申関連リンク

同和対策審議会答申 (その二)関連リンク