2017.10.26.
手話言語研究センター講話会(関東)を開催いたしました
去る10月15日(日)、東京コンベンションホールにて「講話会 ~手話を使う唖者はいつからいたのか~」を開催しました。秋雨の降る肌寒い日となってしまいましたが、約50名の方にお越しいただきましたことに、心より感謝申し上げます。
今年度の講話会テーマは「手話の歴史」で、既に7月には大阪で第1回目の講話会を実施しております(詳細は過去掲載分をご参照ください)。そして第2回目の講話会となる今回は会場を東京に移し、内容も講演2本と対談という、たっぷりしたものを企画しました。
まず、第一部では、日本手話学会会長/産業技術総合研究所の末森明夫氏から、「手話を使う唖者はいつからいたのか」と題し、ご講演をいただきました。講演スライドに映し出された数々の史料には、現代一般的に使われている「ろう者/聴覚障害者」、「手話」という言葉が、かつてどのような呼び方をされていたのかがはっきりと記されていました。
興味深かったのは、「手話」という言葉のバリエーションの多さです。「手真似(てまね)」と呼ばれていたのはよく知られていますが、他にも「手勢」「仕方」「手容」「態」「手語」など様々な語彙が存在していたようです。ですが、講演のポイントはそういった言葉の変遷の紹介ではなく、残された史料を元に系譜化することが大切だということでした。系譜化することにより言葉のルーツを辿ったり、また近似性を調べたりできるようになります。現在国内の手話言語研究にはそのような系譜化が進んでおらず、それが手話言語学研究の大きな課題だという認識を示していただけました。それは決して簡単な作業ではありませんが、手話言語学や手話歴史言語学を分析していくうえで必要不可欠なものだということを末森氏は強く語ってくださいました。
参加者からは、
「手話における歴史学・聾唖史学の重要性が大変分かりやすく伝えられていた」
「聾史や手話史の視点がガラッと変わるお話で大変興味深かった」
「もっと知りたくなった」
との感想をお寄せいただきました。
続く第二部では、農業環境変動研究センターの三中信宏氏をお招きし、「分類と系統の世界観―事物と知識を分けて繋いで体系化する―」というテーマでお話をいただきました。
生物統計学や生態系計測学、応用昆虫学をご専門とする三中氏の最初のポイントは、「ヒトは物を見ると分類したくなる」ということでした。三中氏のご専門分野から「分類」と聞くと、大変難しいものを想像された方も多かったと思いますが、示された例は、醤油鯛、バッグクロージャー(食パンなどの袋を止めるプラスチックの袋留め)、チキンラーメン、ポケモン、オジギビト(工事現場の看板に描かれているキャラクター)など、我々の生活に身近なモノでした。つまり身近なモノでも突き詰めて分析をしていくと、系譜化ができ、さらに系統樹までできあがるということなのです。そして、系統樹ができあがると、対象物のルーツ、進化や近似性が可視化できるというのです。モノの変遷が一度に目に見えることがいかに重要かをお示しいただいたお話でした。
そして、第一部の末森氏のお話にあったように、手話言語の系統分類の研究が進んでいない状況は、醤油鯛に負けているという残念な状況を浮き彫りにすることにつながりました。
参加者からは、
「身近なもので案外こんな研究が出来るんだなぁと改めて驚いた」
「分類学について興味を持つことができた」
「幅広い分類と系統の話は大変面白かった」
との感想をお寄せいただきました。
最後は、末森氏と三中氏の対談でした。まず、手話の系譜化に触れられた末森氏。手話の系譜化が難しいとされる理由の一つに、手話の音韻パラメーターの一つである「動き」の分類が容易ではないというのがあるそうです。確かに手話の「動き」には細かな違いがあり過ぎて、分類の基準を定めにくいという点があります。この課題に対し、「動物の求愛行為や仲間に危険を知らせる行為にも動きが伴うので、そちらから何かヒントが得られないだろうか」という三中氏の助言がありました。生態学をご専門とする三中氏の発想は、我々手話言語に携わっている者だけでは到底思いつかない視点ばかりで、そしてその異色の見解が手話言語研究に一筋の光となるような感触を受けました。「分類」「進化」というキーワードを通して、お二人の根底の部分には厚い深い共通点が垣間見えるような対談でした。
こちらについては、参加者から、
「研究畑が全く違うお二人の対談は楽しめました」
「手話を系統化するうえで、三中先生の専門性が使えると良いなと思った」
「お二人の幅広い知識に刺激を受けた」
との感想をいただきました。
今後さらに研究が進んで行くことが期待される手話言語学や聾史研究。その分野の専門家だけで議論を進めて行くのではなく、異色の分野の専門家の知識をどんどん積極的に取り入れ議論を交わすことで新たな発想を呼び、それが手話言語研究の進化に繋がっていくのかもしれません。今回の講話会ではそのようなメッセージが伝わったのではないかと思います。
こうした刺激的な場を共有いただきました、参加者の皆様、本当にありがとうございました。また、この講話会を支えてくださった、手話通訳の皆様、要約筆記の皆様にも、この場をお借りしてお礼を申し上げます。