2024.06.12.
2024年5月24日札幌地方裁判所の判決を受けて

                        2024年5月24日札幌地方裁判所の判決を受けて

 

                     関西学院大学手話言語研究センター
                                              教員有志一同(代表センター長 松岡克尚)


 私たち、関西学院大学手話言語研究センターの教員有志一同は、手話言語の研究、教育及び啓発をその任とする立場から、標記に関する報道から知りえる情報を踏まえて、その見解を下記の通り示します。ただし、以下は関西学院大学としての見解を意味するものではありません。

                    記

・1994年の国連教育科学文化機関(UNESCO)によるサラマンカ声明では、全ての子どもを受け入れるインクルーシブ教育の実現を求める中で、「全ての人に質の高い教育を保障しながら、生徒の多様なニーズを認め、これに対応しなければならない」ことが強調されている。ここで言う「生徒の多様なニーズ」にはろうの生徒の「母語」である手話で学ぶことも含まれている。そして、1999年以来、UNESCOは2月21日を国際母語デーに制定し、あらゆる母語の重要性を説いている点は周知のところである。
・世界ろう連盟(WFD)による2007年「ろう児の教育の権利」においても、先のサラマンカ声明の考え方が継承され、ろう児が「母語」である手話を学ぶ権利を有することが強調され、またろう児の個別のニーズに対応することも求められていることを確認したい。
・日本が2013年に批准し、2014年に国内発効することになった障害者権利条約の第24条「教育」の第3項(b)においては「手話の習得及びろう社会の言語的な同一性の促進を容易にすること」を締結国に求めている。2022年8月スイス・ジュネーブで開催された同条約に基づく障害者権利委員会との建設的対話を受けて、同年9月に日本政府に対して出された勧告(総括所見)でも「日本手話が公用語であることを法律で認めること、あらゆる活動分野において手話を利用及び使用する機会を促進すること、有資格の手話通訳者の研修及び利用が可能であることを確保すること」が勧告されており、かつ総括所見で言う「あらゆる活動分野」には「学校」「教育の場」も含まれる点に留意したい。
・また、障害者権利条約第24条でいう「手話の習得」については、「母語」を日本手話としている人たちにとって日本手話を習得し、日本手話を使って学び、また日本手話を学習し、もって「ろう社会の言語的な同一性の促進」を獲得する権利を意味していることは明らかである。
・障害者情報アクセシビリティ・コミュニケショーン施策推進法(以下、推進法)では、障害者が「必要とする情報を十分に取得し及び利用し並びに円滑に意思疎通を図ることができることが極めて重要である」ことを強調し、「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る手段について、可能な限り、その障害の種類及び程度に応じた手段を選択することができるようにすること」が謳われている。教育の場における「情報の取得」等に係る「手段」としては書記日本語に加えて、母語を日本手話とする場合は日本手話が相当するものと解釈され、そうであればそれを「選択することができる」ことを推進する責務は、推進法の第4条で定めるように国、および地方公共団体に存在していることも確認しておきたい。
・日本手話の存在は言語学的に確立されており、かつ日本手話は日本語対応手話とは異なる言語であることは言語学および認知科学の諸研究により、その科学的根拠は数多く蓄積されてきている。ただし、今回の判決を踏まえ、それらの知見や事実について社会的に十分周知され、認知されていない現状があるのであれば、私たち有志一同としても一層の科学的知見とその成果を一般に広く発信していくことの重要性を再認識させられた次第である。もちろん同時に両言語の母語話者は対等に扱われるべきであり、それぞれの母語話者の主張は最大限に尊重されるべきであることは言うまでもないと考える。
・日本手話で教育できる人材の確保が急務であることは間違いなく、加えて日本手話の通訳者の養成と確保の問題も大きな課題であり、それは大学教育や研究の場においても全く事情は同じである。これらの解決のためには、単に個々の教育機関等における養成教育レベルの努力にとどまらず、施策(推進法第13条では「意思疎通支援者」の確保、養成および資質向上は国および地方公共団体の義務とされている)の一層の推進、さらには「手話言語法制定」などの立法的対応(今回の判決では、日本手話で学ぶことを保障する法律がないことが棄却理由に挙げられていた)にまで踏み込んだ対策が求められていると考える。私たち有志一同としても各種学会、関係団体と連携の上でこれらの問題の解決に向けて一層の努力を行うと同時に、そのための各種協力を惜しんではならないと思料する。

                          
                                      以上