2024.04.01.
公用語になったイギリス手話

公用語になったイギリス手話
山田 一美 手話言語研究センター研究員

 イギリスでの研究休暇を開始して3か月がたったクリスマスの頃、一緒に散歩をしていたルミアナ(受入教授)からイギリスで大人気の国民的テレビ番組のことを聞きました。視聴率が50%越えの時もあるという、Strictly Come Dancing(ストリクトリーカムダンシング)です。セレブ(主に芸能人)とトップ競技ダンサーがペアを組み、毎週勝ち抜き戦をしていきます。毎年秋ごろから始まり、クリスマスの時期に決勝戦です。ちょうどよいタイミングで教えていただいて、どのペアも胸が熱くなるような本当に素晴らしいダンスショーを見ることができました。

 私は毎朝テレビをつけてBBCのニュース番組でその日の天気を確認します。イギリスでは一日に何度も天気が変わることは珍しくないからです。すると、ある時間帯に必ずイギリス手話(British sign language=BSL)の説明がニュースに入ることに気が付きました。調べてみると、2022年にBSLはウェールズ語、スコットランド語、ゲール語と同様にイギリスで公用語として認められていました。BSL法案を提出したロージー・クーパー氏はコーダでBSLネイティブサイナーです。それは、イギリス社会において聴覚障害を持つ人々やそのコミュニティーへの理解を促進するための非常に重要な法案でした。この法案の実現に大きな役割を果たしたと言われているのが、ろう者の俳優であるローズ・エイリング・エリスです。ローズは2021年のStrictly Come Dancingでなんとチャンピオンになりました。音楽が聞こえないからダンスは踊れないという認識を一気に覆したのです。特に注目を集めたのは、ある週に披露したダンスでした。その中で数十秒間、音楽だけが止まりました。音の聞こえない世界で踊ることはどういうことなのかをローズとみんなが共有する時間だったのです。このサイレントダンスは2022年の英国アカデミー賞でMust-See Moment賞を受賞しました。

 ローズはダンスをカウントで覚えたこと、BSL通訳者を常に伴っていたこと、周りの話が理解できれば他の人たちと同じように仕事ができることをテレビで伝えました。ダンスパートナーのジョバンニ・パーニスも、ローズとはBSLで一生懸命話しました。彼らの姿が社会に与えた影響は言うまでもなく大きなもので、BSLコースのウェブサイトでは無料コースの登録者数が2800%増加という記事もあり、手話学習への関心が非常に高まったことを示しています。当時ローズは、耳の聞こえない子どもと保護者が手話を覚えるために授業料を払わねばならないのはとても残念であること、BSLを必要とするすべての人が自由に利用できるべきであることが社会に受け入れられる必要があるとインタビューで述べていました。

 BSLが公用語となったことで、公共サービスではBSL通訳者が多く採用され、アクセシビリティの向上につながっています。さらに、BSLがGCSE(イギリスの国家試験で義務教育修了の資格)に導入され、スペイン語やドイツ語などの外国語と同様に選択科目となることも協議されているようです。ローズの懸念が払しょくされるような社会がイギリスで実現されつつあります。