2022.12.23.
We can see light even in the dark time like now.

We can see light even in the dark time like now.
松岡克尚 人間福祉学部教授 手話言語研究センター長

2022年は、新型コロナの流行が繰り返された上に、ウクライナ戦争に代表されるように国内外で大きな出来事が起こり、半導体不足や物価高などの形で私たちの生活にも直接間接の影響が今なお及んできています。後世の人たちは、2022年という年を果たしてどのように位置づけることになることでしょうか。誠に残念なことですが、どうやら手放しで祝福された年として記憶されることはなさそうな印象ですね。

しかし、日本の手話を取り巻く環境に関して言えば、良きニュースの到来が何度か告げられました。まず5月に「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律 (障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)」が制定、施行されたことが挙げられます。同法は、「障害者による情報の取得利用・意思疎通に係る施策を総合的に推進」することを目的にしており、そのために、第3条の基本理念で以下の4点があげられています。
①障害の種類・程度に応じた手段を選択できるようにする 
②日常生活・社会生活を営んでいる地域にかかわらず等しく情報取得等ができるようにする 
③障害者でない者と同一内容の情報を同一時点において取得できるようにする 
④高度情報通信ネットワークの利用・情報通信技術の活用を通じて行う

 改めて日常生活、社会生活において情報アクセスが持つ意義の大きさを確認し、その点で障害があることによって格差が生じてはならないという点を確認することができます。当然、サイナーの場合は情報アクセスには必ずしも手話のみではないにしても、手話がそこに占める割合は大きいものになります。この点に関して、必要な情報には音声言語によるものが多いことを鑑みて、デジタル化でカバーしつつも(先の原則④)、手話通訳者の確保、養成、資質向上を図ることが、国と自治体の義務として明記されました(第13条)。
 手話通訳者については、現在、高齢化が進む一方で、新たな成り手の確保がままならず、人材面でまさしく危機的と言っていいほどの状況にあります。今回の法制定でこうした現状を打開していく契機が少しでも生まれてくることを期待したいものです。そのために、多くの手話通訳者やサイナーからの「お知恵拝借」が必要なことは言うまでもありません。

 もう1つ、日本が加盟している障害者権利条約の条約履行状況に関する対日審査が8月に実施され、国連の障害者権利委員会から日本政府に対して総括所見(Concluding observations)が9月9日に公表された点も2022年を忘れない年にしたことではないでしょうか。その勧告内容の実施が義務づけられているわけではありませんが、かといって勧告されたのに無視するわけにもいかないでしょう。勧告内容には、日本の障害者施策が抱えている様々な問題(分離教育や精神障害者の強制入院制度など)を的確に指摘し、その改善に向けた行動を促していました。
手話に関しては、第21条の「表現と意見の自由、情報へのアクセス」の中で触れられています。その内容を見てみましょう。まず「日本手話が公用語として法律で認められていないこと、手話教育が行われていないこと、生活のあらゆる場面で手話通訳が行われていないこと」が懸念される(concerned about)と指摘されています。そしてその改善を図るべく「日本手話を国レベルの公用語(an official language at the national level)として法律で認め、生活のあらゆる場面で手話へのアクセスとその使用を促進し、有能な手話通訳者の訓練と利用可能性を確保すること」が勧告(recommends)されました。日本手話の公用語化となかなか思い切った内容になっています。
 近年、自治体レベルで手話言語条例制定の動きが広がってきており、一般財団法人全日本ろうあ連盟の「手話言語条例マップ」によれば、2022年12月16日現在で、34都道府県、17特別区、321市、84町、3村の計459自治体で条例が制定されていることになります。総務省によれば、現在1,718もの自治体があるということなので、その制定比率は約27%とようやく4分の1を超えたレベルに留まっています。制定された自治体でも「手話は言語である」という認識が自治体住民に広がったかと言えば、低調な数字が報告されています。その意味では、国レベルでの公用語化などは夢のまた夢と言われても仕方がない現状があります。
 しかし、こうした状況に対して国際的な目はしっかり注がれています。すぐには国レベルの公用語化は難しいにしても、条例制定の自治体が増え、かつ条例制定後に住民の手話に関する認識が変化していったという積み重ねが必要でしょう。もちろん、国レベルでの公用語化となれば、それこそ国民レベルの議論が欠かせません。ましてや一朝一夕で成立するはずはありません。それでも、グローバルな「目」がまさしくそうした私たちのこれからの営為に向けられていることをしっかり認識し、これから始まるかもしれない議論に私たち手話言語研究センターがどんな貢献ができるのかと強く思わされた次第です。

 この秋のテレビドラマ「Silent」の影響で、手話に興味をもつ若者が増加しているようです。SNSでも手話や「#Silent」がトレンド入りし、UDトークのダウンロードも大幅に増えたと聞いています。手話監修の力もあって、描かれたリアルな手話の世界が、主人公たちが紡ぎだすストーリーと絡まってドラマに奥行きを与え、観る者に深い余韻と手話への関心を引き出すことに成功したのかもしれません(恋愛ものは苦手なので、私はドラマを観てないのですが)。音声言語、手話、黒板への筆記、あるいは花言葉などなど、人と人との間をつなぐ言葉の多様性が実感されたドラマでした。これもまた、2022年を彩る手話に関する「良きニュース」なのかもしれません。新たな「手話世代」の誕生に期待したいものです。

 ともあれ2022年は過ぎようとし、次は2023年を迎えることになりますが、改めて平和であることの大切さを想い、人々の違い、対立や葛藤を乗り越える力と英知が私たちにあることを信じて、そして新たな祝福のニュースが到来するように、そのために一人一人が何をできるかを考え、実行し、そして手話を取り巻く状況にも祝福がたらされる一年にしていくことができればと思っています。みなさま、良いクリスマスと新年をお迎えください。