2022.07.05.
コーダと手話から、多言語多文化共生社会の実現を思う

コーダと手話から、多言語多文化共生社会の実現を思う
中島 武史 手話言語研究センター客員研究員 (兵庫教育大学 特別支援教育専攻 講師)

 みなさんは、「コーダ」ということばを知っていますか?英語では、Children of Deaf Adultsの頭文字を取ってCODAと表します。コーダ:CODAとは、「ろうの親(Deaf Adults)を持つ聞こえる子どもたち」のことです。親目線からすれば「ろうの親のもとに生まれた聞こえる子どもたち」という感じでしょうか。

 最近ではYouTubeなどでコーダ自身が色々と発信しているので、SNSを通してコーダについて知った人もいると思います。また、2022年1月から日本でも上映された映画『コーダ あいのうた』に触れて、コーダということばを知った人も多いのではないでしょうか。このコラムを書いている私もコーダです。私の場合は父がろうで、母は聞こえます。私自身が自分はコーダだと知ったのは、大学を卒業してろう学校で働き出してからでした。今と違って、コーダということばがほとんど知られていなかった頃です。ある時、コーダを持つろうのお母さん保護者に「中島先生は、コーダだよね。」と言われました。最初は、何のことだか分かりませんでしたが、コーダの集まりがあるよと紹介してもらい、今ではたくさんのコーダとつながっています。
  なぜ手話言語研究センターのコラムでコーダの紹介をするのかと言うと、コーダの中には手話と日本語のバイリンガル話者がいるからです。考えてみれば「そうだよなー」と思えることかもしれませんが、ろう親の言語が手話の場合、コーダが育つ家庭内の言語は手話です。手話での言語生活を送れば手話を身につけるコーダがいるのも納得がいきます。そこで、手話言語研究センターの調査としてコーダの言語使用について少し調べてみました(中島2019)。30名のコーダに協力をしてもらったアンケートの中で、自分の使う言語について聞いてみると次のような結果でした。この部分の有効回答は27名です。

手話が第一言語で、日本語が第二言語 2人
手話も日本語も第一言語だが、手話の方が得意 2人
手話も日本語も第一言語だが、日本語の方が得意  13人
日本語が第一言語で、手話が第二言語 8人
日本語のみが第一言語 2人

 この結果を見て、どう感じますか?「手話を使うコーダ」という数え方なら、①~④の25人が当てはまります。27人のうち25人なので、高い割合だと言えそうです。こうして見ると、確かに手話と日本語のバイリンガルになるコーダが相当数いることがわかります。

 しかし実際には、ろう親とうまくコミュニケーションが取れないコーダもいます。「明日は友達とUSJに遊びに行く。」「晩御飯は何?」など手話で必要最低限の簡単な会話ならできても、高校入試に関することや思春期の悩みなどもっと複雑で細かい内容になると手話では満足に話せないようなケースです。④や⑤のコーダが当てはまるかもしれません。③のコーダにもそのような経験があるかもしれません。

 実は、似たようなことが移民の子どもたちにもあります。例えば、ベトナムやカンボジア、ブラジル、中国などから日本に移住した人の子どもたちです。この子どもたちの中には、親の第一言語であるベトナム語やカンボジア語、ポルトガル語、中国語を十分に理解できないケースがあります。家庭内ではそれぞれの親の第一言語があるはずですが、家庭を出れば圧倒的に日本語環境が優勢です。家庭内でもテレビや漫画などは日本語がほとんどであるように、親が何らかの努力や工夫をしなければ、子どもが触れる言語は日本語だけになりやすい状況です。コーダの場合も同じように、コーダを取りまく環境は手話より日本語が圧倒的に優勢です。

 言語が壁となり、親と十分にコミュニケーションが取れない子どもたちがいることについてどう考えれば良いでしょうか?日本ではまだ浸透していないですが、言語的人権という考え方があります。言語権とも言います。日本では日本語を使うのが普通だと暗黙の了解のように考えられているかもしれませんが、それは実は日本語以外の言語を使って生活している人を暗に排除する言動につながってしまいます。人種や肌の色の違いによる差別はダメなことだとみんな知っています。同じように、言語の違いによって特定の人たちに不利益を与えることもダメなことで、人権侵害なのです。世界人権宣言でも言語の違いによる差別が禁止されています。ろう親と手話で十分に話せないコーダがいること、日本に移住した親世代と十分に話せない移民の子どもたちがいることの一因は、日本語だけを使うことを当然とする日本社会の通念が影響しているでしょう。

 日本では、もうかなり前から多文化共生や多様性が叫ばれています。言語の面でも「多言語」多文化共生という理解が進んでほしいものです。コーダの言語使用について考えながら、そんなことを思いました。私は、手話言語研究センターの取り組みは日本の「多言語」多文化共生社会の構築に貢献する可能性があると思っています。今後も、ぜひ当センターの活動にご理解ご協力をお願いします。

中島武史(2019)「コーダイメージと言語意識‐移民の子どもとの類似・相違‐」『社会言語学』19:85-99