植物と菌の共生を支える“栄養交換器官”を可視化 - CARSイメージングで明らかになったタンパク質・脂質ドメイン -
関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)理学部の重藤真介教授、生命環境学部の武田直也教授、理工学研究科の祖父江編さん(博士課程前期課程、研究当時)らの研究グループは、アーバスキュラー菌根菌*1(AM菌)が植物の根の中に形成する共生器官「樹枝状体(アーバスキュル)」の内部構造を分子の種類ごとに可視化することに成功しました。今回、研究グループは特殊なレーザー光を用いて分子の違いを鋭敏に見分ける顕微鏡技術である「超広帯域マルチプレックスコヒーレント反ストークスラマン散乱*2(CARS)イメージング」を活用し、特定の分子を染める必要なく、あるがままに近い状態で樹枝状体の化学構造を観察しました。これにより、従来は難しかった「多様な分子の分布をまとめて見る」ことが可能になりました。その結果、樹枝状体では、タンパク質に富んだ領域(ドメイン)と脂質に富んだ領域が、まるで役割ごとに区画分けされたように分かれて存在していることが明らかになりました。タンパク質が豊富な領域には、栄養の輸送に関わるタンパク質などが集まっていると考えられ、一方で脂質が豊富な領域には、植物からAM菌へ供給されるエネルギー源が蓄えられている可能性があります。このように、共生の最前線である樹枝状体を分子レベルで“そのまま”可視化したのは本研究が初となります。本成果は、植物とAM菌の間でどのように物質がやりとりされているのかという基礎的な理解を深めるだけでなく、肥料に頼らない持続可能な農業や作物の栄養利用効率の向上につながることが期待されます。
本研究成果は、アメリカ化学会が刊行する国際学術誌「Chemical & Biomedical Imaging」に2026年3月17日付で掲載されました。
ポイント
- 特定分子の標識を用いることなく、植物と菌の共生構造を可視化することに成功しました。
- 栄養交換の場に、タンパク質が多い領域と脂質が多い領域が分かれて存在することを発見しました。
- 共生における物質輸送の理解を深める新たな化学イメージング手法の有効性を実証しました。
研究の背景と経緯
陸上植物の多くはAM菌と共生しています。この共生関係において、植物は光合成産物(糖や脂質)をAM菌に与え、その代わりにAM菌は土壌中から吸収したリンなどの無機栄養素を植物に供給します。この栄養のやりとりは、植物の根の皮層細胞内に形成される「樹枝状体」で行われます。樹枝状体は、AM菌の菌糸が枝分かれして広がった構造で、植物とAM菌が密に接触するインターフェースとして機能します。これまでの研究では、蛍光タンパク質*3などを使って特定の分子を追跡する方法が主流でした。しかし、このような「ターゲット型解析」では、あらかじめ狙った分子しか観察できず、樹枝状体内部に存在する多様な分子を一度に把握することは困難でした。そこで本研究では、ラマン分光法*4に基づく非標識イメージング技術である「超広帯域マルチプレックスCARS顕微鏡」に着目し、樹枝状体内部の化学構造を直接的に可視化することを試みました。
研究成果
本研究では、マメ科植物ミヤコグサの根に代表的なAM菌であるRhizophagus irregularisを共生させた試料(図1)を用い、超広帯域マルチプレックスCARS顕微鏡によるイメージングを行いました。その結果、樹枝状体の内部において次のような重要な知見が得られました。まず、枝分かれした構造とその周辺にはタンパク質が豊富な領域が存在していました(図2)。ここには、リンなどの栄養を運ぶトランスポーター*5や共生に関わるタンパク質などが集まっていると考えられます。一方で、樹枝状体の「幹」に相当するAM菌の菌糸部分には、脂質が多く蓄積している領域が確認されました(図2)。その脂質は主に不飽和トリアシルグリセロール*6を含んでおり、宿主植物からAM菌へ供給されるエネルギー源である可能性があります。このように、樹枝状体の中でタンパク質が多い領域と脂質が多い領域が空間的に分かれて配置されていることを、非標識で直接捉えた例はこれまでにありません。
今後の展開
本研究で用いたイメージング技術は、特定の分子の標識を必要とせず、生体内の化学情報を高解像度で取得できる点が大きな特徴です。今後はこの手法を応用することで、樹枝状体が形成される過程の時間変化の解析、栄養交換効率の高い植物と菌の組み合わせの探索、乾燥や栄養不足などの環境ストレスが共生に与える影響の解明などが進むことが期待されます。これらの研究を通じて、微生物共生を活用した新しい農業技術の開発や、持続可能な食糧生産への貢献が見込まれます。
研究助成
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(JP19H05681, JP25K09669, JP25K09683)の支援により行われました。
用語解説
*1 アーバスキュラー菌根菌
植物の根の中に菌糸を侵入させて共生し、皮層細胞内に栄養交換器官である樹枝状体(アーバスキュル)を形成する菌類(カビ)の総称。
*2 超広帯域マルチプレックスコヒーレント反ストークスラマン散乱
複数のレーザー光との相互作用によって物質中に強制的に作り出された分子振動に起因する散乱現象。特に1つのレーザー光として、通常のレーザー光とは異なり非常に幅広い波長を持った光を用いる場合に、「超広帯域マルチプレックス」と冠する。
*3 蛍光タンパク質
特定の波長の光を吸収して別の波長の光(蛍光)を発する性質を持ち、生体内の観察や標識に用いられるタンパク質。本研究でも用いた緑色蛍光タンパク質(GFP)が有名。
*4 ラマン分光法
物質に光を当てた際に発生する散乱光のうち、当てた光と波長が異なるごく一部の散乱光(発見者にちなんでラマン散乱光と呼ぶ)を測定して分子の振動に関する情報を得る分光手法。
*5 トランスポーター
細胞膜などに存在し、特定の分子やイオンを細胞内外へ輸送するタンパク質。
*6 不飽和トリアシルグリセロール
中性脂肪の1つで、構成要素である脂肪酸部分に不飽和結合を含むものを指す。
論文情報
タイトル:Ultrabroadband Multiplex CARS Imaging Reveals Distinct Protein- and Lipid-Rich Domains in Arbuscules
著者:Amu Sofue, Naoya Takeda, Shinsuke Shigeto*
*責任著者
掲載誌:Chemical & Biomedical Imaging
DOI:10.1021/cbmi.6c00006
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/cbmi.6c00006