ES細胞を初期胚に近い状態へ巻き戻す仕組みを発見―人工胚の起点となる卵割期様幹細胞の樹立への応用が期待―
関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)生命環境学部生命医科学科の市崎野真季助教、関由行教授、理工学研究科博士課程前期課程の吉岡和真さん※、杉山昂太さん※、早川奈緒さん※らの研究グループは、マウスES細胞*1で、未受精卵に蓄積されている転写調節因子*2CtBP1/2(母性因子)の遺伝子を破壊すると、受精直後の卵割期に働く一連の遺伝子発現が広範囲に活性化されることを突き止めました。
近年、初期発生*3過程を試験管内で模倣する“人工胚”を用いた初期胚プログラム*4の解明が進んでいます。この人工胚の起点となる細胞として、卵割期様幹細胞*5が挙げられますが、ES細胞と卵割期様細胞*6が動的平衡状態*7にあることや、ES細胞が卵割期様細胞に移行する際に重要な転写調節因子DUXが長期間発現すると、細胞死(アポトーシス)を引き起こすことがあるなどの問題があり、卵割期様幹細胞の樹立には至っていません。
今後、本研究によって、ES細胞から卵割期様細胞への移行をDUX非依存的に制御する分子カスケード(連鎖反応)をより詳細に解き明かすことができ、さらにそのカスケードを安定化する培養条件を確立することができれば、“人工胚”の起点となる卵割期様幹細胞の樹立に繋がることが期待されます。
本研究成果は、国際学術誌「EMBO Reports」に2026年8月3日付で掲載されました。
※所属は研究当時
ポイント
- Ctbp1/2をノックアウトすると、内在性レトロトランスポゾン*8(MERVL)を発現する2細胞様細胞 (2CLC)の出現頻度が100倍以上増加することを突き止めました。
- ES細胞から2CLCへの移行を制御するマスター因子であるDUXをノックアウトすると、MERVLを強く発現している細胞(強陽性細胞)と、マイナーZGA遺伝子(胚自身のゲノムが転写を開始する前に、限定的に転写される遺伝子)の発現は消失しましたが、MERVLを弱く発現している細胞(弱陽性細胞)は残存し、初期胚で発現する大部分の遺伝子は、その発現が維持されていました。
- CtBP1/2は、DUX依存的と非依存的な2つの経路をもって、初期胚プログラムを抑える“ブレーキ”として働くことが分かりました。
- CtBP1/2によってブレーキをかけられているPRAMEL7(DNAの脱メチル化誘導活性をもつ初期胚特異的因子)は、メチル化*9調節因子UHRF1の分解を介したDNA脱メチル化により、初期胚プログラムを活性化することを明らかにしました。
研究の背景と経緯
受精直後の胚は、未受精卵に蓄積されている因子、いわゆる『母性因子』によって発生がスタートします。その後、2細胞期胚の頃に、卵と精子のゲノムが合わさった接合子ゲノム由来の転写 (ZGA)がスタートし、卵割を経てES細胞のもととなる胚盤胞まで発生が進みます。
マウスES細胞を培養すると、2細胞期胚の頃に、特徴的な遺伝子やMERVLを発現するごく少数の細胞が出現します。この細胞は2細胞様細胞 (2CLC)と呼ばれ、受精卵がもつ『全能性』(1つの細胞から完全な個体を形成できる能力)を解析するための有用なツールとして用いられてきました。しかしながら、出現頻度が低いこと、また2CLCへの移行に必要な転写因子DUXにアポトーシス誘導作用があること、さらにDUXをノックアウトしたマウスES細胞は正常に発生することなどから、DUX非依存的な初期発生プログラムの解明が求められてきました。
研究成果
研究グループは以前、母性因子として未受精卵に蓄積されているCtbp1/2を、マウスES細胞でノックアウトすることで、プライム型(分化前)からナイーブ型(分化の準備が整った状態)ES細胞への移行が破綻することを突き止めていました。この先行研究で取得したトランスクリプトーム*10データを詳細に解析したところ、初期胚特異的に発現する多くの遺伝子が活性化していることに気づきました。そこで、ES細胞の発生時計(細胞内の時間管理システム)が初期胚へと巻き戻った可能性があると考え、本研究をスタートさせました。
まず、既存の2CLCの出現頻度を、野生型ES細胞とCtbp1/2 ノックアウトES細胞で比較したところ、Ctbp1/2ノックアウトES細胞で100倍近く増加していることが分かりました。また、ES細胞から2CLCへの移行に必須と考えられている転写因子DUXをノックアウトしたところ、MERVL弱陽性細胞や、初期胚で発現する多くの遺伝子の発現が残っていることを見出しました。このMERVL弱陽性細胞における初期胚遺伝子GATA1(血液細胞、特に赤血球系の発生を制御するマスター転写因子)の発現を可視化したところ、Ctbp1/2ノックアウトES細胞でも、さらにDUXをノックアウトしたCtbp1/2ノックアウトES細胞でも、MERVL弱陽性細胞が残存し、GATA1が発現していたことから(図1)、Ctbp1/2による初期胚プログラムの抑制が解除されることで、DUX非依存的な新規卵割期様幹細胞が出現した可能性が示唆されました。
さらに、CtBP1/2が直接ブレーキをかける因子を探索したところ、PRAMEL7を同定しました。PRAMEL7をES細胞にて強制発現すると、ゲノム全体の脱メチル化を介した初期胚プログラムの活性化が起こることを突き止めました。
野生型ES細胞でDuxを破壊するMERVL-EGFP陽性の2CLCは消失する。一方で、Ctbp1/2 DKO ES細胞でさらにDuxをノックアウトしてもMERVL-EGFP弱陽性細胞が残存し、この細胞が初期胚特異的遺伝子GATA1を発現している。
今後の展開
本研究成果は、母性因子であるCtBP1/2がPRAMEL7の発現抑制を介して、ES細胞における初期胚プログラムを抑えていることを示しています(図2)。CtBP1/2がオンの状態ではDUX依存的な経路のみで2CLCへの巻き戻りが起きますが、CtBP1/2をオフにすると、DUX非依存的な経路が発動し、2細胞期胚よりも少し進んだ初期胚(4-8細胞期胚)までの巻き戻りが起きる可能性が示唆されました。人工胚の作製には、内部細胞塊、栄養外胚葉および原始内胚葉の3種類の細胞への分化能をもつ全能性細胞が必要ですが、2細胞期胚まで巻き戻す必要はありません。本研究は、CtBP1/2の機能阻害が新規卵割期様幹細胞の樹立に有用であることを示しており、現在、培養条件の改良に取り組んでいます。
用語解説
*1 ES細胞
胚性幹細胞と呼ばれる幹細胞。受精後3日程度経過した胚盤胞から取り出された細胞を、特殊な条件で培養して得られる細胞のこと。生体を構成するすべての細胞に分化して様々な組織や臓器に分化する多分化能を持ち、ほぼ無限に増殖させることができるという特徴がある。
*2 転写調節因子
DNA上の特定の配列に結合し、遺伝子の転写量を調節する因子。
*3 初期発生
1つの受精卵から、多数の異なる細胞や組織が作られる過程(発生)における極初期の段階。
*4 初期胚プログラム
初期発生の段階の胚(受精卵から胚盤胞形成まで)で働く遺伝子の発現機構。
*5 卵割期様幹細胞
卵割期様の状態にあり、その状態を維持しながら幹細胞として増殖・維持できる細胞。
*6 卵割期様細胞
卵割期様の状態にある細胞。
*7 動的平衡状態
ES細胞が卵割期様細胞に移行するのと同時に、逆の移行も起こり、見た目では2つの細胞数に変化がない状態。
*8 内在性レトロトランスポゾン
自分のコピーを作って、染色体の別の場所に移動できるDNA配列。
*9 メチル化
遺伝子が転写されないように、DNAを修飾すること。一方で、脱メチル化は遺伝子が転写される状態に戻ること。
*10 トランスクリプトーム
ある細胞や組織の中で、その時点で実際に転写されているRNAの総体。
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JPS)科学研究費補助金(JP18H02422,JP20H05375, JP22H04682)および関西学院大学個人特別研究費の支援により行われました。
論文情報
タイトル:CtBP1/2 restrict DUX-dependent and independent 2C-like programs in mouse embryonic stem cellsnts
著者:Kazuma Yoshioka, Maki Ichisakino, Kota Sugiyama, Nao Hayakawa, Selma Alamanda Abadi, Heekyoung Yoon, Miyu Marutani, Ryo Masuda, Kyo Takahashi and Yoshiyuki Seki*
*責任著者
掲載誌:EMBO Reports
DOI:https://doi.org/10.1038/s44319-026-00881-7
URL:https://link.springer.com/article/10.1038/s44319-026-00881-7