K.G.

脂肪を構成する脂肪酸を光で定量的に分析する技術を開発
―病気予防技術の開発に貢献―

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関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)生命環境学部の佐藤英俊教授、岩崎啓太助教、理工学研究科のBibin Bintang Andriana准教授、Pradjna N. Paramitha氏(博士課程後期課程)、尾崎幸洋名誉教授と、東北大学大学院農学研究科の仲川清隆教授、乙木百合香助教、楠本惟吹助教らの研究グループは、生きた細胞の中に蓄積する脂肪の組成を定量的に分析できる技術を開発しました。
本研究成果は、「Analytical Chemistry」に2026年3月9日付(日本時間)で掲載されました。

ポイント
  • ラマン分光法は試料に光を照射するだけで分析できるため、顕微鏡下の生きた細胞でも、人の体でも、あるがままの状態を知ることができます。
  • 脂肪(トリアシルグリセロール)は脂肪酸という部品で構成されており、脂肪酸は食べ物から吸収されるだけでなく体の中でも作られます。異なる細胞は異なる脂肪酸に反応し、例えば、肝臓細胞は高濃度のリノール酸で細胞死を誘導することがあります。
  • ひとつの細胞の中の脂肪は極めて微量なため、従来の方法では分析が困難でした。今回新たに開発した方法を用いることで、細胞の中の脂肪滴一つひとつまで、どのような脂肪酸からできているのかを、細胞が生きたままで分析することができます。
研究の背景と経緯

長い人類の進化の中で、体の中に多くの脂肪が蓄積するほどに、たくさんの食べ物にあふれ運動も不足するようになったのは、ここ100年程度が初めてであると考えられており、人間の体の細胞は高脂肪状態に慣れていません。脂肪は脂肪酸として血中を巡り、様々な臓器に伝達されますが、一部の細胞は特定の脂肪酸に対して抵抗性を持っていない可能性があります。細胞の中や体の中で、脂肪に何が起きているのかを詳細に調べ、病気を予防するような健康管理技術の開発は現代社会において急務であると言えます。

研究成果

脂肪、すなわちトリアシルグリセロール中の様々な脂肪酸を詳細に分析するためには、クロマトグラフィー*1という方法が一般的に用いられます。クロマトグラフィー分析では脂肪を試料から抽出して装置に導入する必要がありますが、細胞内の脂肪滴に含まれる脂肪は数アトリットル(10-15 L)程度と微量過ぎるため、抽出は極めて困難です。一方、ラマン分光法は顕微鏡で見えるものであれば何にでも焦点を合わせて測定できますが、ラマン分光法を脂肪酸の分析に応用することは困難でした。分析の過程においてラマンデータから脂肪酸の濃度を割り出すために多変量解析を用いますが、解析に必要な「定量分析モデル」を作るためには具体的な濃度が判明している校正試料がたくさん必要となります。しかし、トリアシルグリセロールは種類が非常に多く、ほとんど手に入らない上、純粋な試料は非常に高価でした。研究グループは純粋試料が容易に手に入る脂肪酸メチルエステルで校正試料を作り、得られたスペクトルからシミュレーションでトリアシルグリセロールのラマンスペクトル*2を再構成して定量分析モデルを構築する技術を開発しました。また、この分析モデルにより培養脂肪細胞を分析した結果、世界で初めて、個々の脂肪細胞が蓄積する脂肪の種類に違いがある可能性が示唆されました。

図:脂肪細胞内の脂肪滴の写真(A)と脂肪滴のラマンスペクトル(B)。脂肪滴のラマンスペクトルを開発した定量分析モデルで解析した結果とガスクロマトグラフィー(GC)の結果の比較(C)。GC結果は培養皿全体の細胞の平均値。ラマン分析結果は30細胞の平均値。ラマン分析結果のエラーバーの大きさは、細胞間での濃度の分散を表す。
今後の展開

研究グループはこれまでも、皮膚に触れさせるだけで皮下脂肪を測定することができるラマンプローブ*3を開発してきました。これに、今回新たに開発した技術を掛け合わせることで、痛みなく体内の脂肪の組成を詳細に知ることができ、かつ様々な細胞で脂肪酸の代謝数理モデルを作ることも可能になります。それにより得られたデータを活用することで、健康を管理して病気を未然に防止する病気予防技術の開発へと発展していくことが期待されます。

用語解説

*1 クロマトグラフィー:2相(固相と液相など)間の分配により、異なる性質を持つ分子をカラムを通して分離・分析する技術。
*2 ラマンスペクトル:レーザー光を試料に当てると分子と光が衝突し、一部の光が分子固有のエネルギー情報を持って散乱放出される。このエネルギーの分布を表すスペクトル。
*3 ラマンプローブ:ラマン分光システムから離れた位置でラマンスペクトル測定ができる、特殊な光ファイバーでできた装置。

論文情報

タイトル:Raman Spectroscopy - Based Quantitative Analysis of Fatty Acid Compositions of Lipid Droplets in Live Cells
著者:Pradjna N. Paramitha, Keita Iwasaki, Bibin B. Andriana, Yurika Otoki, Ibuki Kusumoto, Yukihiro Ozaki, Kiyotaka Nakagawa, and Hidetoshi Sato*
   *責任著者
掲載誌:Analytical Chemistry
DOI:10.1021/acs.analchem.5c04227
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.analchem.5c04227