―嚢胞性線維症の新治療に道―
嚢胞性線維症ナンセンス変異の治療効果を制限する仕組みを解明
関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊)生命環境学部の沖米田司教授らの研究グループは、現在治療薬が存在しないCFTRナンセンス変異を有する嚢胞性線維症*1(ナンセンス型嚢胞性線維症)の新たな治療戦略を開発しました。
嚢胞性線維症のナンセンス変異*2ではCFTR*3タンパク質の産生が途中で中止されます。翻訳リードスルー誘導薬(TRID)*4によってCFTRタンパク質の産生を回復させても、細胞内のタンパク質品質管理機構により分解されるため治療効果が失われます。本研究では、ユビキチンリガーゼ*5RFFLがTRIDにより回復したCFTRタンパク質を分解する主要因であることを明らかにし、RFFLを抑制することでCFTRタンパク質の機能回復が大きく向上することを示しました。
本研究成果は、Springer Nature社が刊行する生命科学分野の国際学術誌「Cellular and Molecular Life Sciences」に2026年2月21日付で掲載されました。
ポイント
・ナンセンス型嚢胞性線維症に対する治療法(リードスルー誘導薬(TRID))の効果を抑制する分子メカニズムを解明しました。
・ユビキチンリガーゼ RFFL が、TRIDによって回復したCFTRタンパク質を分解する主要因であることを明らかにしました。
・RFFLを抑制すると、TRIDによって回復したCFTRタンパク質の細胞膜での安定性と機能が大きく改善することを示し、RFFLを抑制することが新たな治療戦略となる可能性を示しました。
研究の背景と経緯
嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis:CF)は、CFTRという細胞膜に存在する塩化物イオンチャネルタンパク質の遺伝子変異によって発症する遺伝性疾患で、主に肺や消化器に重い障害を引き起こします。CFTR遺伝子には多数の変異が知られており、現在では変異の種類に応じた治療法の開発が進められています。近年、CFTRモジュレーター*6と呼ばれる薬剤が開発され、最も多い変異である F508del などの変異に対して高い治療効果を示しています。例えば、elexacaftor / tezacaftor / ivacaftor(Trikafta® / Kaftrio®)は世界的に広く使用されるモジュレーターとなっています。しかし、CF患者全体の約10%を占めるCFTRナンセンス変異に対しては、有効な治療法がまだ確立されていません。代表的なナンセンス変異である G542X ではCFTRタンパク質がほとんど作られないため、現在のモジュレーター薬は効果を示しません。この問題を解決する方法として、TRIDが研究されています。TRIDは、翻訳の途中で止まってしまうタンパク質合成を再開させ、完全な長さのCFTRタンパク質の産生を促す薬剤ですが、TRID単独では治療効果が十分ではないことが知られていました。研究グループは、その要因として「TRIDによって作られた完全な長さのCFTRタンパク質が細胞内で分解されている」という仮説を立て、その分子機構の解明を試みました。
研究成果
本研究では、CFTRナンセンス変異体が発現する培養細胞を用いて、TRIDによって回復した完全な長さのCFTRタンパク質が、細胞内のタンパク質品質管理機構によって分解されている可能性を調べました。解析の結果、CFTRタンパク質の分解に関与するユビキチンリガーゼとして、RNF5、RNF185、RFFLの3つの酵素を同定しました。特に RFFL は、形質膜品質管理機構により、細胞膜に到達した異常なCFTRタンパク質を認識して分解するという重要な役割を果たしていることが分かりました。さらに、RFFLの発現を抑制するとCFTRタンパク質のユビキチン化が減少し、細胞膜でのCFTRの安定性が増加することにより、CFTRチャネル活性が大きく回復することが明らかになりました。特に、TRIDとCFTRモジュレーター(elexacaftor / tezacaftor / ivacaftor)の併用治療と組み合わせると、CFTR機能の回復が著しく増強されました。また、この効果はG542X変異だけでなくW1282X、R553X、R1162Xなど、複数のCFTRナンセンス変異でも確認されました。これらの結果は、TRIDによって作られた完全な長さのCFTRタンパク質が完全に正常ではなく、形質膜品質管理機構において、RFFLの分解対象であることを示しています。
今後の展開
本研究は、ナンセンス型嚢胞性線維症に対する治療薬の効果が抑制されてしまう現象に、RFFLによる品質管理機構が関与していることを分子レベルで明らかにしました。RFFLを標的とした薬剤の開発により、TRIDと臨床で用いられているCFTRモジュレーターを組み合わせた治療の効果をさらに高めることができる可能性があります。今後は、RFFLを阻害する化合物や分子標的薬(核酸医薬など)の開発を進めることで、現在有効な治療法が存在しないナンセンス型嚢胞性線維症患者に対する新しい治療戦略の確立が期待されます。
研究助成
本研究は科学研究費助成事業(21H00294, 23K23840, 25K02231)、公益財団法人 武田科学振興財団 研究助成金などの支援を受け実施されました。
用語解説
*1 嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis):CFTR遺伝子の変異によって発症する遺伝性疾患。粘液の異常な蓄積により、肺や消化器の機能障害を引き起こす。
*2 ナンセンス変異:遺伝子配列の途中で翻訳停止シグナルが生じ、完全なタンパク質が作られなくなる変異。
*3 CFTR:細胞膜に存在する塩化物イオンチャネル。体液の分泌や粘液の性状を調節する重要なタンパク質。
*4 翻訳リードスルー誘導薬(TRID):ナンセンス変異による翻訳停止を回避し、完全なタンパク質の産生を促す薬剤。
*5 ユビキチンリガーゼ:不要なタンパク質にユビキチンという分子を付加し、分解へ導く酵素。
*6 CFTRモジュレーター:CFTRタンパク質の機能や折りたたみを改善する薬剤群。Trikafta®などが代表例。
論文情報
タイトル:RFFL-mediated protein quality control limits functional rescue of TRID-CFTR modulator combination therapy for cystic fibrosis nonsense mutations
(RFFLを介したタンパク質品質管理は、嚢胞性線維症のナンセンス変異に対するTRID-CFTRモジュレーター併用療法の機能的回復を制限する)
著者:Hazuki Tateishi, Yukako Doi, Yuka Kamada, Tsukasa Okiyoneda*
*責任著者
掲載誌:Cellular and Molecular Life Sciences
DOI:10.1007/s00018-026-06114-3
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00018-026-06114-3