K.G.
2025.12.23 [プレスリリース]

コロイドナノ材料における『構造』と『物性』相関の解明

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‐異種金属イオンによる半導体量子ドットの物性制御に関する新しい知見‐


関西学院大学(兵庫県西宮市、学長:森康俊) 理工学研究科化学専攻博士課程前期課程の山田彩莉さん、理学部化学科の谷口美空さん、江口大地助教(現 大阪大学レーザー科学研究所)と玉井尚登教授らの研究チームは、東北大学多元物質科学研究所の川脇徳久准教授、根岸雄一教授、東京都立大学理学部化学科の吉川聡一助教、山添誠司教授、立命館大学生命科学部応用化学科のI-Ya Chang博士(現 Department of Biological Science & Technology, National Yang Ming Chiao Tung University)、小林洋一教授との共同研究により、半導体量子ドット(QDs)*1における『異種金属イオンの局所構造』と『ホット電子緩和*2』の関連から、熱平衡状態よりも高いエネルギーを持つ電子状態が長く続く機構の解明に成功しました。
一般に、材料の構造と物性の間には密接な相関があります。QDsが異種金属イオンを取り込むことで、ホット電子の緩和が遅延することは知られていましたが、これらの異種金属イオンがQDs内でどのような局所構造を取っているかは明らかになっていませんでした。そこで、本研究では『SPring-8でのX線吸収微細構造 (XAFS) 測定*3』と『フェムト秒過渡吸収分光測定*4』を組み合わせることで、QDs内での『異種金属イオンの局所構造』と『ホット電子緩和』の関連を明らかにしました。異種金属イオンがQDs内に取り込まれている場合、ホット電子緩和が遅延し、一方取り込まれずに表面に偏析した場合にはホット電子緩和に影響を及ぼさないことが分かりました。
ホット電子はナノテクノロジーにおける新しい現象を引き起こすことが見込まれています。ホット電子が材料の中で長く生き延びる機構を解明することは、新しい機能を持つ材料開発に向けても不可欠で、太陽電池などの効率向上に寄与することが期待されます。本研究成果は、異種金属イオンによるQDsの物性制御に関する重要な成果であり、アメリカ化学会の学術雑誌「Nano Letters(ナノ レター)」に2025年11月29日付(日本時間)で掲載されました。

※所属は研究当時

ポイント
  • 異種金属イオンによりQDsの物性(光学特性、ホット電子緩和)が変化することは分かっていましたが、異種金属イオンがQDs内でどのような局所構造となっているかは分かっていませんでした。つまり、『構造』と『物性』の相関が未解明なままでした。
  • 本研究ではSPring-8でのXAFS測定と超高速レーザー分光を組み合わせ、『異種金属イオンの局所構造』と『ホット電子緩和』の関連を解明することに成功しました。
  • CdSe QDsでは銅イオンによりホット電子緩和が遅延したものの、InP QDsではそのような結果が観測されませんでした。前者では、異種金属イオンが母結晶内に取り込まれたのに対して、後者では表面に偏析していました。
  • 異種金属イオンで価数や酸化還元電位が異なるクロムイオンを用いた場合、InP QDsでもホット電子緩和が遅延し、XAFS測定の結果から母結晶内に取り込まれていることが分かりました。
  • この研究は、ナノ材料においても構造‐物性相関は重要であることを示し、異種金属イオンによるQDsのホット電子緩和制御を切り拓く重要な成果です。これは、高効率の太陽電池の創出に繋がると期待されます。
研究の背景と経緯

ホット電子の有効利用は、単接合太陽電池の光電変換効率における理論限界(ショックレー・クワイサー限界*5)を超える可能性に繋がることから、近年注目を集めています。そのためには、数百フェムト秒程度(1フェムト秒は1000兆分の1秒)であるホット電子の緩和を遅延させる必要があります。半導体量子ドット(QDs)への異種金属イオンドープは、パルス励起後に超高速でQDsから異種金属イオンへ正孔移動が起こることから、オージェ冷却*6の抑制により、ホット電子緩和遅延が起こります。このことから、QDsへの異種金属イオンの取り込みはホット電子緩和遅延に向けた有望な戦略です。異種金属イオンにより、QDsの物性が制御可能であるものの、その局所構造は未解明でした。構造‐物性相関の解明は基礎学理の発展だけでなく、材料の高性能化においても重要となります。
そこで本研究では、CdSe QDsおよびInP QDs内における異種金属イオンの局所構造とホット電子緩和の相関について、SPring-8におけるXAFS測定と超高速レーザー分光を組み合わせることで体系的に解明することに挑みました。

研究成果

銅イオン存在下で合成したCdSe QDs(Cu:CdSe QDs)とInP QDs(Cu:InP QDs)のホット電子緩和をフェムト秒過渡吸収測定で計測し、CdSe QDsおよびInP QDsとホット電子緩和速度の比較を行いました。CdSe QDsでは、銅イオンの存在によりホット電子緩和速度が10倍程度遅延したのに対して、InP QDsではそのような効果が観測されませんでした (図1)。

図1. CdSe、Cu:CdSe、InP、Cu:InP QDsでのホット電子緩和速度(1ピコ秒当たり緩和するエネルギー量)

SPring-8 BL01B1、BL14B2でXAFS測定を行い、局所構造の解析を行いました。CdSe QDsとCu:CdSe QDsではCdおよびSeのK端の測定結果は同様であり、銅イオンの存在にかかわらず母結晶となるCdSeの構造は変化していませんでした。CuのK端の測定結果を解析したところ、Cu:CdSe QDsではCu-Seの配位数は > 6、結合長は ~ 2.63 Åでした (図2上段)。閃亜鉛鉱構造であるCdSeでは、カドミウムイオンはセレンイオンより構成される四面体サイトを占有しており、Cu:CdSe QDsでの銅イオンも、この四面体サイトを占有すると考えられていました。しかし、配位数と結合長より、Cu:CdSe QDsでの銅イオンは四面体サイトではなく八面体サイトを占有していることが分かりました。InP QDsでも同様に銅イオンの局所構造をXAFS測定により解析したところ、広域X線吸収微細構造*3の振動パターンが参照物質であるリン化銅と同様であったことから、銅イオンは母結晶に取り込まれているのではなく、リン化銅として表面に偏析していることが明らかとなりました(図2下段)。

図2. Cu:CdSe QDs (上段) とCu:InP QDs (下段) のXAFS測定 (Cu K端) の結果

上記の結果から、異種金属イオンが母結晶内に取り込まれ、ホット電子緩和が遅延するためには、価数の違いと酸化還元電位が鍵になると考えました。そこで、InP QDsにおいて、異種金属イオンによりホット電子緩和遅延を達成すべく、価数や酸化還元電位が異なるクロムイオンを選択し、クロムイオン存続下、InP QDsを合成し、上記と同様の解析を行いました。その結果、ホット電子緩和遅延と母結晶内への取り込みを達成しました (図3、ZnSシェルをワンポットで形成するとクロムイオンの局所構造を抽出可能となったため、ここではCr:InP/ZnS QDsの結果を示しています。Cr:InP QDsのみでも同様にホット電子緩和は遅延します。)。

 

図3. Cr:InP/ZnS QDのホット電子緩和速度とXAFS測定 (Cr K端) の結果
今後の展開

このたびの成果は、単に基礎科学の新発見にとどまらず、光電変換材料の高効率化に向けた有用な設計指針を示します。単接合太陽電池において、ホット電子を有効利用することができれば、33%ほどであった光電変換効率の理論限界を76%程度まで引き上げることが可能になります。そのために、QDsへの異種金属イオンの取り込みは有用な手法です。本研究により、QDsのホット電子緩和を、異種金属イオンを用いて遅延させるには、母結晶との価数の違いだけでなく、酸化還元電位が重要であることが分かりました。研究チームは、他のQDsと異種金属イオンの組み合わせを検討し、高効率光電変換材料の創出に向け研究を進めていきます。

研究助成

本研究は、JSPS科学研究費補助事業 研究活動スタート支援(JP19K23654:江口大地)、基盤研究(B)(JP20H02578:玉井尚登)、若手研究(JP21K14480、JP25K17902:江口大地)、公益財団法人ひょうご科学技術協会(江口大地)、公益財団法人関西エネルギー・リサイクル科学研究振興財団(江口大地)、一般財団法人イオン工学振興財団(江口大地)、公益財団法人日本板硝子材料工学助成会(江口大地)、公益財団法人木下記念事業団(江口大地)、公益財団法人服部報公会(江口大地)の支援により行われました。本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1223MS1012、JPMXP1223KU0039、JPMXP1224MS1003、JPMXP1225KU0039:江口大地)の支援を受け自然科学研究機構 分子科学研究所及び九州大学超顕微解析研究センターで実施されました。XAFS測定はSPring-8(課題番号 2023A1675、2023B1825、2024A1698(川脇徳久)、2024B2104(吉川聡一))にて実施しました。

用語解説

*1  半導体量子ドット 半導体のナノ結晶。電子‐正孔対である励起子がナノ領域(~ 10-9  m)という微小空間に閉じ込められるため、大きな結晶では観測されないナノサイズの結晶に特有な量子閉じ込め効果が発現する。2023年に半導体ナノ結晶の合成と量子サイズ効果を発見した3名がノーベル化学賞を受賞。
*2  ホット電子緩和 光や電場で高エネルギー状態になった電子(ホット電子)が、周囲との相互作用で急速にエネルギーを失い、通常状態に戻る過程。
*3  XAFS測定 物質にX線を照射したときの吸収や蛍光スペクトルの微細な変化を解析することで、着目している元素の周辺環境を調べる手法。X-ray Absorption Fine Structureの略。観測する領域により、異なる情報が得られる。X線吸収端近傍構造(X-ray Absorption Near Edge Structure, XANES)では価数などの電子状態、吸収端より高エネルギー側の広域X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure, EXAFS)では対象の元素近傍の局所的な構造 (配位数や結合長) を解析可能。
*4  フェムト秒過渡吸収分光測定 超高速レーザー分光測定。1フェムト秒は10-15秒 (1000兆分の1秒)。物質を超短パルスレーザーで光励起し、生成した励起状態や反応中間体の吸収変化を時間的に追跡することで、励起状態のダイナミクスを解析する分光法。
*5  ショックレー・クワイサー限界 単接合太陽電池における光電変換効率の理論限界。透過損失と熱損失により決まり、光電変換効率の上限が約33%である。
*6  オージェ冷却 半導体量子ドットでは、励起子が微小な空間に閉じ込められており電子と正孔の相互作用が強いため、ホット電子は余剰エネルギーを熱に変換するのではなく、正孔に移動して最低励起子準位へ緩和する。この過程をオージェ冷却と呼ぶ。

論文情報

タイトル:Structure–Property Relationship between Heterometal Ions and Hot Electron Relaxation in Colloidal Quantum Dots 
              (コロイド量子ドットにおける異種金属イオンとホット電子緩和の構造と物性相関)
著者:Ayari Yamada, Miku Taniguchi, Daichi Eguchi*, Tokuhisa Kawawaki, Soichi Kikkawa, I-Ya Chang, Yoichi Kobayashi, Seiji Yamazoe, Yuichi Negishi, and Naoto Tamai*
          *責任著者
掲載誌:Nano Letters 
DOI:10.1021/acs.nanolett.5c04666
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.nanolett.5c04666