栄養の質ではなく、量を感じる腸細胞
-栄養素の量を細胞内の流動性で感知する新機構の発見-
概要
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター動的恒常性研究チームのユ・サガンチームディレクター(関西学院大学大学院理工学研究科客員准教授)、中村友奏研修生(研究当時、関西学院大学大学院理工学研究科博士課程前期課程(研究当時))らの研究チームは、ショウジョウバエ[1]の腸細胞が、食餌(しょくじ)中に含まれる栄養素の総量を細胞質の流動性[2]として感知し、腸細胞の生死の運命を決定する機構を備えていることを発見しました。
本研究成果は、生物が外界の栄養環境に適応するための新たな仕組みの存在を示し、ヒトを含めた動物の食餌による腸恒常性維持[3]機構の理解につながることが期待できます。
動物の腸は栄養素を吸収する器官であり、腸の細胞は栄養条件の変化を認識し、適応する仕組みを備えています。一般に栄養学では、細胞に取り込まれた栄養素はその種類によって異なる分子機構で感知され、それぞれ異なる細胞機能を制御すると考えられてきました。
今回、研究チームは、ショウジョウバエを用い、食餌中に含まれる栄養素の種類ではなく総量が、腸細胞の中の流動性を制御し、それにより腸細胞の生死が決定されることを発見しました。このような機構で細胞数が変化し、栄養条件の変化に適応することができます。具体的には、食餌中のアミノ酸[4]濃度が高い(栄養が多い)状況では細胞質流動性が低下して腸での細胞死が起こりにくくなり、アミノ酸濃度が低い(栄養が少ない)状況では細胞質流動性が上昇して腸細胞死が増加しました。これは、栄養が少ないときに不要な腸細胞を減らして細胞維持のコストを下げ、腸の恒常性維持を図る仕組みの一つと考えられます。
本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』オンライン版に8月3日の週に掲載されます。
背景
生物を取り巻く栄養条件は、周囲の環境によって大きく変化します。腸は外界の栄養分に直接さらされる器官であり、腸の細胞は栄養条件の変化に常に対応する必要があります。その仕組みの一つとして、さまざまな動物の腸では、細胞が日々入れ替わることで腸の恒常性が維持されています。
ユチームディレクターらは、ショウジョウバエの腸において、新しいタイプの細胞死を発見し、暗黒の細胞死(エレボーシス[5])と名付けました注)。エレボーシスはショウジョウバエの腸細胞の新陳代謝を制御する細胞死であり、腸の機能・形態の恒常性維持に重要な役割を果たしていると考えられます。本研究では、食餌中の栄養成分が腸細胞のエレボーシスを制御するかどうかを調べました。
注)2022年4月26日プレスリリース「暗黒の細胞死の発見」
https://www.riken.jp/press/2022/20220426_2/
研究手法と成果
これまで栄養学の分野では、糖分やアミノ酸など種類の異なる栄養素がおのおの違う分子機構を介して細胞に感知され、それにより細胞の機能が制御されると考えられてきました。そこで研究チームはまず、餌に含まれる成分の違いが腸細胞の生死に影響するかどうかを調べるために、アミノ酸あるいはブドウ糖の量が異なる餌をショウジョウバエに与え、腸細胞のエレボーシスへの影響を観察しました。その結果、ブドウ糖量を変えてもエレボーシスの頻度に影響はありませんでしたが、アミノ酸量が低いとエレボーシスが起きやすく、逆に高アミノ酸でエレボーシスが抑制されることが分かりました(図1)。
各餌条件の腸を、エレボーシスの頻度ごとに三つのカテゴリー(低頻度、中頻度、高頻度)に分けたグラフ。数字は観察例数を示す。低アミノ酸(29.6ミリモーラー(mM、M(モーラー)はmol/L(モル毎リットル)で、1mM=1mol/m3)アミノ酸)は高頻度エレボーシスが多く観察されており、エレボーシスを引き起こす傾向にある。一方で高アミノ酸(592mMアミノ酸)はエレボーシスを抑制する。p値はフィッシャー検定による値で、統計的な有意差を評価する。
生物がタンパク質の材料として利用するアミノ酸は20種類あり、栄養学的には、体内で合成できない必須アミノ酸[4]と合成できる非必須アミノ酸[4]に区別されます。腸の細胞死においても、特定のアミノ酸がそのアミノ酸固有の働きをしていることが想定されるため、どのアミノ酸がエレボーシスの抑制に寄与するのかを調べました。興味深いことに、必須アミノ酸や非必須アミノ酸に関係なく、どのアミノ酸でも一定量以上入れるとエレボーシスが抑制されることが分かりました(図2)。すなわち、エレボーシスが起こるかどうかに関しては、摂取する栄養素の種類は重要ではなく、アミノ酸の総量に左右されるということです。
各餌条件で飼育した個体の腸を観察し、エレボーシスの頻度ごとに三つのカテゴリー(低頻度、中頻度、高頻度)に分けたグラフ。数字は観察例数を示す。代表的なアミノ酸であるグリシン、セリン、グルタミン、アスパラギンのどれを加えても高頻度エレボーシスの観察数は無添加(ー)に比べて低く、エレボーシスが抑制されたことを示した。データは示していないが他のアミノ酸でも同様の効果がある。p値はフィッシャー検定による値で、統計的な有意差を評価する。
アミノ酸がどのようにしてエレボーシスを制御するのかを明らかにするため、アミノ酸の種類に関係しない共通の性質として、全てのアミノ酸が細胞内で分解されたときの最終産物であるアンモニア、尿素、尿酸に着目しました。実際、高アミノ酸の摂取でこれらの量は増加するのですが、いずれの増加を阻害しても、エレボーシスの抑制を打ち消すことはできませんでした。さらに、細胞に取り込まれても利用されない(代謝できない)アミノ酸類似物質のアミノイソ酪酸[6]でも、通常のアミノ酸と同様にエレボーシスを抑制する効果があることも分かりました。これらの結果は、アミノ酸の分解やタンパク質への合成といった代謝とは関係なく、エレボーシスが制御されていることを示します。
それでは、どのようにして食餌中のアミノ酸が細胞の状態を制御して、エレボーシスが抑制されるのでしょうか。研究チームは、餌中のアミノ酸など小分子が細胞内に取り込まれ、細胞質の流動性を変化させている可能性に着目しました。細胞質の流動性をGFP FRAP[7]という手法を用いて解析したところ、高濃度アミノ酸やアミノイソ酪酸を食べさせたショウジョウバエの腸では、細胞質の流動性が低くなることが分かりました(図3)。
各餌条件の腸を用いて、GFPのFRAP解析を行った。細胞内に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現させた上で、観察領域に強いレーザー光を照射して退色させる(蛍光強度を0にする)。その後、周囲のGFPが拡散により観察領域に入っていく経過時間(撮影フレーム数)を観察して、蛍光強度の回復速度によりGFPの細胞質内での拡散を測定する。回復が早ければ、拡散が早く、細胞質流動性が高いと考えられ、逆に回復が遅ければ、拡散が遅く、細胞質流動性が低いと考えられる。
さらに、アミノ酸やアミノイソ酪酸以外でも、体内で代謝されず細胞質の流動性のみに影響を与える糖分の一種デオキシリボース[8]、アラビノース[8]といった小分子においてもエレボーシスが抑制されることが分かりました。最後に、これら一連の観察結果が、人工餌ではなく自然界でのショウジョウバエの食物でも起きるか調べるために、アミノ酸濃度の低いバナナとアミノ酸濃度の高い酵母菌を食べさせたときの細胞質流動性やエレボーシスへの影響を解析しました。その結果、バナナは酵母菌に比べて、細胞質流動性を上昇させエレボーシスを引き起こすことが分かりました。
以上の結果をまとめると、食餌のアミノ酸濃度が高い(栄養が多い)状況では細胞質流動性が低下し、腸細胞死は起こりにくくなります。一方、アミノ酸濃度が低い(栄養が少ない)状況では細胞質流動性が上昇し、エレボーシスによる腸細胞死が増えます(図4)。これは、栄養が少ないときに不要な腸細胞を減らすことで細胞維持のコストを下げることができるという意味で、生物にとって理にかなっているシステムだと考えられます。
栄養が多ければ細胞質流動性が下がり、エレボーシスが抑制されて細胞の生存につながる。栄養が少なければ細胞質流動性が上がり、エレボーシスを引き起こす。低栄養時には腸細胞を維持するコストを下げて、腸の恒常性を維持する仕組みと考えられる。ただし、細胞質流動性がどのようにして細胞内で感知され、エレボーシスにつながるのかは未知であり、今後の課題である。
今後の期待
本研究成果の意義は、大きく二つあります。一つは、細胞は異なる個別の栄養素を個別に感知するという従来の考え方を見直し、少なくともショウジョウバエの腸細胞には、栄養素の総量を細胞質の流動性によって感知する分子機構が存在するということを示したことです。もう一つは、2022年にユチームディレクターらが発見したエレボーシスは、いまだにその分子機構の詳細は解明されていませんが、栄養が細胞質の流動性を介してエレボーシスを制御するということを示したことです。
今後は、細胞質の流動性がどのような分子機構でエレボーシスにつながるのかを解明することが大事です。またこれらの発見が、ヒトなど哺乳類にも応用できるのかを明らかにすることがこれからの課題です。
論文情報
<タイトル>
Cytoplasmic fluidity couples nutrient availability and enterocyte fate in vivo
<著者名>
Yukana Nakamura, Motohiro Morikawa, Tomomi Takano, Sa Kan Yoo
<雑誌>
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
<DOI>
未定
補足説明
[1] ショウジョウバエ
さまざまな研究分野でよく使用されるモデル生物であり、体長2~3mm前後の大きさで、飼育が容易であり、遺伝学的な解析に優れた特徴を持つ。
[2] 細胞質の流動性
細胞質の流動性は、細胞の中の粘度やタンパク質などの分子の数によって規定される。流動性が高いほど、細胞の中の分子は動きやすい。
[3] 恒常性維持
ここでは、皮膚や消化管など新陳代謝の盛んな組織において、老化・変性した細胞が死んで新しい細胞に置き換わることで、組織の機能や形態が維持されること。
[4] アミノ酸、必須アミノ酸、非必須アミノ酸
アミノ酸はタンパク質を構成する成分であり、生物にとってなくてはならない栄養素。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、動物が合成できないアミノ酸を必須アミノ酸と呼び、食餌から摂取しなくても炭水化物や必須アミノ酸から合成できるアミノ酸を非必須(可欠)アミノ酸と呼ぶ。
[5] エレボーシス
腸の細胞を新陳代謝させる分子機構として、ユチームディレクターらが2022年に報告した新しいタイプの細胞死。古代ギリシャ語で「暗闇」を意味する「エレボス」が由来。
[6] アミノイソ酪酸
通常のアミノ酸と構造は似ているが、細胞内ではタンパク質に組み込まれず、また分解もされない分子。
[7] GFP FRAP
GFPは緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein)で、細胞の中の一部の領域でGFPの蛍光を強いレーザー照射により消し、周りのGFPがその領域に入っていく速さを計測するのがFRAP(fluorescence recovery after photobleaching)。GFPのFRAPにより、細胞質の流動性を推定できる。
[8] デオキシリボース、アラビノース
いずれも五炭糖(5個の炭素原子を含む糖類)の一種。細胞に取り込まれても、エネルギー源としては代謝されない。
研究チーム
理化学研究所 生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームディレクター ユ・サガン(Sa Kan Yoo、兪史幹)
(関西学院大学大学院 理工学研究科 客員准教授)
研修生(研究当時) 中村友奏 (ナカムラ・ユカナ)
(関西学院大学大学院 理工学研究科 博士課程前期課程(研究当時))
大学院生リサーチ・アソシエイト 森川源大 (モリカワ・モトヒロ)
テクニカルスタッフⅠ 高野智美 (タカノ・トモミ)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「エレボーシスを切り口とした腸恒常性維持機構の解明(研究代表者:兪史幹、JPMJFR216F)」による支援を受けて行われました。
発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームディレクター ユ・サガン (Sa Kan Yoo、兪史幹)
(関西学院大学大学院 理工学研究科 客員准教授)
研修生(研究当時) 中村友奏 (ナカムラ・ユカナ)
(関西学院大学大学院 理工学研究科 博士課程前期課程(研究当時))
<発表者のコメント>
ショウジョウバエの腸細胞におけるエレボーシスの研究から、栄養状態の感知や細胞質の流動性の変化について、新たな知見を得ることができました。特にアミノ酸の『質』ではなく『量』が影響しているという発見は、とても面白いと感じています。多くの皆さま方のお力添えに恵まれ、こうして研究成果を報告できたことに深く感謝いたします。(中村友奏)
アミノ酸がどうやってエレボーシスを制御するのかを追求していった結果、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て細胞質の流動性にたどりついたのは、全くの想定外でしたが、その過程はまさに研究の醍醐味(だいごみ)でした。中村さんを中心としたラボメンバーに感謝しています。(ユ・サガン)